第2話

 希望なんてたぶんポカリスエットとかアクエリアスとかそんな感じのスポーツドリンクみたいなものだと安恵は考えた。


 清涼な。若干の甘さで喉を潤す。けどその甘味が故に結局は勢いよくゴクゴクと喉を通して飲み干してしまう。


 希望はだからポカリスエットだ。あるいはアクエリアスだ。


 だって嬉しいとか救われたて気持ちはその瞬間だけで、明日になれば辛い現実が待っている。どんなにその瞬間満たされたところで明日になれば、心は黒く燻る。


 ただレジ打ちしか与えられない自分の業務。誰かが向けていると感じる冷たい視線。


 スーパー店内で流れる耳障りでポップなBGM。安いよ安いよとちゃきちゃきする感じで連呼されるその声は、安恵自身の存在が安いものだと言っているように感じられ。


 事実安恵の存在安く、そして軽かった。


 このスーパーマーケットでは安恵はいてもいなくても忙しいし。レジ打ちしかさせられない安恵の存在はいてもいなくてもどうだっていい。


 ソレはあの人がいないと仕事が回らないどころか、あの人がいなくなればもっと職場が良くなるのにすらない。


 いてもいなくてもどっちでもいい。それが安恵が働くスーパーマーケットでの役割であり。安恵はスーパーマーケットを世界ととらえた。


 つまり安恵はこの世界にいてもいなくてもどちらでもいい。


 どちらでもいいのなら。わたしはいる。ただそれだけ。安恵は世界にただいる。ただただいるだけだった。


 安恵はスーパーマーケットで働いてる時以外で、息を吸う。飯を食う。風呂を入る。歯を磨く。排泄をしまくる。それ以外は小説を書いてる。


 お金が無くて。かつ他にもする事が無いから小説を書いている。


 以前、それに虚しくなり小説を消した際に、顔も知らない誰かに止められた。誰かと繋がれたそんな希望はもうとっくに無い。希望はポカリスエットであり、アクエリアスだから。


 休憩時間。ずっとレジ前に立たされ続けていた安恵は業務時間にはトイレに行くのも我慢していたので。即トイレに籠もる。それから戻ると店の裏側で一人寂しく菓子パンを頬ぼる。


 ゲームのキャラクターをモチーフにした甘い生クリームが詰まった菓子パン。それを頬張り、外に設けてある喫煙所でiQOSを数本吸う。ニコチンを体内に入れる。


 同じタイミングで休憩に入った数名はそこで談笑をしている。そこから少し離れてタバコをふかす。


 喫煙所にいるのは40代のパート叔母さんが二人。特に安恵をいないものとして扱う二人だ。


 最近は、そこに一人新しく入った。


 20代くらいの若いフリーターの男。銀色に髪を染め上げ。耳には見ているこちらが痛いと感じてしまう、そんな大きいピアスをしている。ハートの形のピアスを。


 銀髪の彼は、明るかった。そんな明るさでバイトで入って数週間で職場に溶け込み。喫煙所にいるパートの2名の叔母さんには息子みたいに可愛がられている。


 そんな彼も安恵には話しかけては来なかった。


「高梨くん。休憩時間、いっつもスマホイジってるよねぇ」


「そうそう!人と喋ってる時にケータイ見てるの良くないよ!コラッ!!」


 若く。そして正直見た目はやんちゃをしてそうな風貌ではあるが、イケメンとそうでないで仕分けをするなら間違いなくイケメンである銀髪の青年──高梨くんに嬉しそう、楽しそうに2名のパートは話しかけていた。


「イヤー……、俺最近小説にハマってンスヨ」


 と右手でタバコを吸いつつ、左手でスマホの画面を下へとスライドさせながら青年、高梨くんはパートの叔母さんに話しかける。


「あら!何、あんた小説とか読むの?意外だわね」


「ほんとう〜〜。そんな感じにみえな〜〜い。いがぁい」


 高梨くんは、チラリと目線だけをおばさんの方に向けてタバコを吸う。そしてまた画面へと視線を戻しながら言う。


「いやっ……。そんな何か固いやつじゃないっすよ、俺の読んでるヤツ。娯楽ッスよ娯楽」


「へぇー、今はケータイで小説が読めるのねぇ」


「いや、随分前から読めますよ。俺が読んでんのネット小説で、まぁなんつーか素人が書いてるヤツ何スよ」


「おばさん、分からないわぁ。そーゆーの。何ソレ面白いの」


 安恵のiQOSの機体がぶるりと震え、スティックを抜き新しいものを再び挿入して加熱させる。


 安恵の存在なんてまるで無いように。実際に無いとおもってるのだろう。三人は会話を続ける。


「へぇー、ソレ面白いの?」


「うーん。面白くは……無いっすねぇ」


 なぁにじゃあ読んでンのよ!とおばさんは笑いながら高梨くんに尋ねた。


 高梨くんは人懐っこい笑顔をみせながら、口を開く。


「いや…、面白くは無いんすよねぇ。なんつーか俺が読んでンのって、まぁなんつーか漫画?みてえなもんなんすよ。なんつーかオタク?が読むヤツみてえな。んで俺が読んでるヤツなんすけど別に面白くはないんすよ。うん、マジで。なんで読んじゃうのか分からんすよね。」


 高梨君は灰皿にタバコをもみ消して、吸い殻を放って捨てる。そして言葉を続けた。


「いや。なんつーのかなぁ。この前、その小説が終わっちゃったんすよ。終わっていっても物語が全然終わってないんすよ。打ち切り??みてえな。終わって無いのに作者が終わらしちゃったンスヨ。んで俺言っちゃって。全然終わりじゃねえじゃねえかよって的なヤツを。」


「そしたら作者がミスでした。まだ続きはありますみたいな事を言ってきてぇ、なんつーか俺が言ったから掌返ししてきた。みたいな。」


「そっから毎日。毎日。あげてんすよ、その人。小説を。コツコツと。そしたらなんつーか俺のおかげで?力で?でまた続き書き始めたんダァとと思っちゃって、それが嬉しくて。俺が誰かを救った?みたいな」


「そしたら何か読んじゃうんすよねぇ。愛着わいた?みてえなヤツなんすかねえ。面白くは無いけど。何か誰かに希望を与えたみたいな。俺でも誰かの希望?みたいになれるんだ?みたいなやつ。面白くは無いけど、なんつーか俺、その作品が好きになって来ちゃって。書いてる作者も誰だかわかねえんすけど。雰囲気女?みてえなんすよ。なんかきになつてきちやって」


 なんて名前の本なの?叔母さんが聞いてきて、高梨君は小説のタイトルをあげた。


 安恵の作品であった、ソレは。


 安恵は心に火照りと痺れを感じた。


 そして、休憩時間がそろそろ終わりなのでレジへと安恵は向かいだした。


 誰もが、安恵自身すら分からないのだろうが、安恵の歩きはいつもより数段軽やかだった。


 今日も帰ったら続き書こうと戦場、つまりはレジへと向かう安恵の顔は。


 顔全体に赤みが帯び。希望に満ち溢れた目の輝きを携え、戦場へと向かう。


 安恵は、気付いてないのだろうが。喜びに溢れていた。


 どんなに息苦しかろうと希望はある。だから明日も今日より。ほんのちょっと。ホンノチョットだけきっと良いことが起きる。と良いなと安恵は願う。


 恋の始まりの始まりが始まった。

 



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