#0 夢の中の卒業式

「……さん、赤坂さん」


 なによ、起こさないで。

 せっかく人が気持よく眠ってるのに。


「赤坂さんってば」


 しかも気安く頭をべちべち叩いてくれちゃって。

 私を誰だと思っているのかしら。

 断罪の魔天使よ。

 この代償は高くつくわよ。


「赤坂さん! 起きて!」


 わかった、わかったわよ!

 ほら起きた。

 これでいいんでしょ。


 顔を上げるとそこには美紗子さんがいたわ。

 いつもの幅広の黒い帽子に、夜の海みたいに深い黒髪。

 水瀬学園の制服を着た、どこから見ても私の大好きな先輩ね。


「おはよう」


 おはようございます。

 それじゃ、おやすみなさい。


「なんでまた寝るの!?」


 いや、だってこれって夢でしょ。

 美紗子さんは死んだんだし。


「それを言われたらどうしようもないんだけど……」


 っていうか、よく考えたら私も死んだような気がするわ。

 幽体離脱して急に眠くなったのよ。


 そもそもその前からおかしかったわね。

 私が何故か美紗子さんの体の中にいたんだもの。

 きっとあれね、水学で不意打ちを食らった時に死んだのね。


 ≪魔天使の翼デビルウイング≫に意識だけが残ったとかそんな感じよ。

 ジョイストーンって人の脳から出た何かが作用してできるって言ってたし。

 そうすると今のこの状態は意識が消える前の走馬灯みたいな時間じゃないかしら。


「ちょっと察しが良すぎない!? もうちょっと現実に希望を持ちましょうよ!」


 現実なの?


「いや、夢だけど……」


 ほらね。

 ああでも、美紗子さんだわ。

 その奇麗な顔も貧相な体も記憶にある通りね。


「せっかくの再開なのに話がこじれても嫌だから後半は聞かなかったことにしておくわ」


 そういう優しいところも変わりないのね。


「ねえ赤坂さん」


 何ですか?


「夢じゃダメかな」


 ……


「夢だけど私は私よ。こうして赤坂さんと話せるし、触れられるんだよ」


 伸ばされた美紗子さんの手はとても温かい。

 私としたことが思わず胸がドキドキしてしまったわ。


「おいで」


 導かれるまま、美紗子さんの腕に抱かれる。

 懐かしい匂いと温もりに包まれる。


「先にいなくなっちゃってごめんね。がんばったね」


 やだな、そんなこと言わないでよ。

 そんなこと言われたら、私、わたし。


 ダメなんだよ。

 だって私は、人殺しだから。

 許されないこといっぱいしちゃったから。

 今さら、優しくされる資格なんて、


「もう大丈夫だよ。私が傍にいてあげるから」


 うう、うわあああ。

 わああああああああああああっ。




   ※


「落ち着いた?」


 はい、見苦しいところをお見せしました。


「赤坂さんだって女の子だもん。泣きたい時は泣いてもいいんだよ」


 でも私って大量殺人犯だし。

 普通の人と同じなのはダメだと思うの。


「ああ、うん。それはね……大丈夫よ!」


 なにが大丈夫なんですか。


「大丈夫ってば大丈夫」


 だから何が。


「ほら、赤坂さんはちょっと悪いことしちゃったかもしれないけど」


 ちょっとどころじゃないです。

 大虐殺です、何百人も殺したんですよ。


「私にも責任があることだし。二人で背負って行くとかじゃダメかな」


 そう言ってくれるのは嬉しいですけど……

 とても背負い切れる罪じゃないよ。


「だったら二人で逃げちゃおう」


 とんでもないこと言う先輩ですね。

 それでも正義の生徒会長ですか。


「別に正義とかそんなつもりはないし。ただ、みんなのためになればって思って頑張ってただけ」


 羨ましいですね。

 私は正義のヒーローにはなれなかったです。


「赤坂さんだって、きっと誰かのヒーローだったよ」


 それはどうでしょう。


「少なくとも……私は赤坂さんと出会えてよかったよ」


 ……


「そうだ、ちょっと散歩しない?」


 散歩?


「そう。きっともう見おさめだし、私たちが青春を過ごした学園を一緒に見て回ろうって思うの」


 青春ねえ。

 私はあまりいい思い出もなかったけど。


「だから二人で見つけに行こうよ。」


 ……まあ、美紗子さんと一緒に居られるなら、なんでもいいですけど。


「決まり! じゃあ、行こうか」


 そうして私たちはドアを開けてこのよくわからない空間を出たわ。




   ※


 表(?)は水学の敷地内だった。

 桜が満開で大勢の生徒で溢れかえってる。

 男子生徒はスーツで女子生徒は袴を着ているわ。


「平和なまま無事に迎えた三校合同卒業式、っていう設定でどうかしら?」


 そういう美紗子さんもいつの間にか桃色の袴を着て細長い筒を持っている。

 いわゆる卒業式ルックね、流石にいつもの帽子はかぶってない。

 それにしてもすごく和服が似合うのね。


「涙の卒業式よ。私は卒業しちゃうのよ。どう、悲しい?」


 いや、すでに死別を経験してるし。

 ……でも、ちょっと違うわね。


 なんというかこれはこれで胸にくるモノがあるわ。

 実際やってるのはただのコスプレなのに。


 私たちは二人で肩を並べて桜並木の中を歩いた。

 あちこちで卒業生が集まって写真を撮ったり在校生と別れを惜しんだりしている。


 進路の先にひときわ大きな塊があったわ。

 在校生と卒業生が半数ずつくらい。

 何か大声で揉めてるみたい。


 その塊の中から逃げるように、あるいははじき出されるように、一人の女生徒が出てきたわ。

 下手な着こなしの袴に卒業証書の筒を持っているから卒業生側の生徒みたいね。

 彼女はこちらに気づくと、陽気に手をあげて話しかけてきたわ。


「よっ、みさっち! 卒業おめでと!」

「花子さんもおめでとう。よく無事に卒業できましたね」


 この人は見たことがある気がする。

 記憶違いじゃなければ、私が殺した人間の一人ね。


「ひっどいなぁ。これでもちゃんと出席日数はギリギリキープしてたんだよ」

「できればギリギリじゃなくてもっと真面目に生活して欲しかったですけどね。花子さんにはほんっっっとうに苦労かけられましたから」

「へへ、若気のいたりって奴?」


 深川花子。

 街がまだ比較的平和だった頃、千田中央で一番大きなグループを率いていた人物だ。

 美紗子さんとは旧知の仲らしいけれど、問題ばっかり起こす人だからいっつも手を焼いてたみたい。


「で、何を揉めていたんですか?」

「そうだ。みさっちも相談に乗ってよ。実はさ、フェアリーキャッツの二代目を決めずに卒業しちゃったんだよね」

「……そんなこと私に言われても困ります」


 生徒会からすれば夜の街で好き勝手やってる不良グループなんていない方がいいですもんね。


「今後のためにもさ、大きな問題が起きないようにリーダーシップの取れる人物をアタマに据えたいと思ってるんだけど、なかなかあたしの代わりになるような奴っていないんだよね」

「いっそのこと潰しちゃったらどうですか?」

「ひどいこというね。流石にそれはもったいないというか、後輩たちに申し訳ないよ」

「だったら花子さんがOBとして責任持っていつまでも纏め続ければいいじゃないですか」

「そうしたいのは山々だけどあたしも来月から就職だし、いつまでも遊んでるわけにいかないじゃん」

「ええっ!?」


 美紗子さん、本気でびっくりしてる。


「何その驚き」

「え、だって、花子さん、働くんですか?」

「働くよ! みさっちはあたしをなんだと思ってるのさ!」


 気持ちはわかるけど失礼だと私も思う。

 美紗子さんは視線を逸らして頬をかいてごまかした。


 すると、また別の人が近づいてきた。


「あっ、いっちゃん」

「花子さん。ご卒業おめでとうございます」


 美女学の制服を着た女生徒だった。

 別の学校の生徒が水学にいるのは合同卒業式っていう設定だからね。

 彼女はどうやら卒業生を見送る在校生の立場みたい。


「へへ、ありがと」

「本所さんでしたよね」

「はい、本所市と申します」


 市という人は美紗子さんに丁寧なお辞儀をした。

 うっすらとした記憶だけど、この人も私が殺した気がする。


「この子さ、家がすごいお金持ちなんだよね」

「本所家といえば町の名家で有名ですもんね」

「おじさんがいくつも会社を経営してて、その中にある建設会社で働かせてもらうことになったんだ」


 いわゆるコネ入社って奴ね。


「っていっても、ちゃんと平社員からだけど」

「花ちゃんがお望みでしたら取締役待遇でお迎えいたしましたのに……」

「んなのダメに決まってるでしょ。いいの、あたしはもっと社会の厳しさを学ばなきゃいけないんだから」

「ぷっ」


 美紗子さんが口元を抑えて噴き出した。

 この花子って人、本当に賑やかな人ね。


「そうだ、代わりにいっちゃんがフェアリーキャッツの二代目やらない?」

「まあ。それは面白そうですね」

「こらこら、真面目なお嬢様を悪の道に誘うんじゃないの」


 ペロリと舌を出して子供っぽく笑うと、深川花子は本所市の手を握って私たちに背を向けた。


「それじゃ行くね」

「ええ」

「そっちの人、来年度の後輩たちへの取り締まりはお手柔らかにしてあげてね」


 二人は仲良さそうに腕を組んで去って行ったわ。

 花子さんは姿が見えなくなるまで美紗子さんに手を振っていた。

 ……最後のセリフは私に言ったのかしらね。




   ※


 深川花子と本所市の二人と別れた私たちはまた桜並木を歩く。

 すると、度は前方に桜の木に寄りかかって空を見上げてる卒業生がいたわ。


「こんにちは。卒業おめでとう、千尋さん」

「ああ美紗子さん。卒業おめでとう」


 剣道部の部長、四谷千尋。

 この人はもう少しよく知ってるわ。

 新生徒会に誘ったけど見事に裏切られたのよね。


「なにをしているんですか?」

「ちょっとこの三年間を……いや、L.N.T.に来てからの六年間を振り返っていてね」

「そっか。もうそんなになるんですね」


 美紗子さんや四谷千尋、それから深川花子もそうだけど、最初期にL.N.T.に入植した人は高校を卒業した時点で丸六年間もこの街にいることになる。


 まあ、この卒業式はあくまでそういう設定だから、実際にはもう少し長いんだけど。


「この三年間、私はずっとこれだけをやってきたじゃない」


 これ、と言いつつ千尋さんは卒業証書とは逆の手に持った竹刀袋を肩で担いでみせる。


「L.N.T.みたいな閉じられた街じゃ大きな大会なんてあるわけないし、自分の実力を試す機会もないままずっと稽古だけを続けてきた。私は口うるさいから他の部員たちからは疎ましく思われてたと思う」


 孤高に立つ者の孤独ってやつね。

 わかるわ。


「でもさ、やめられないんだよね。たとえ周りから無駄って言われようとも、竹刀を、剣を振り続けてなきゃ体が腐ってっちゃうみたいで」

「ごめんなさい、生徒会が対校試合などの機会をもっと用意出来ればよかったんですが……」

「あ、いやいや、ごめん、グチっぽく聞こえたかな。別に文句が言いたいわけじゃないんだ」


 四谷千尋は困ったような笑顔でひらひらと手を振った。


「私はずっと自分を鍛え続けてきた。でも、まだ敵わない相手はいる。そういう人と直接対決するとかじゃなく、追い付きたいと必死に頑張るのが楽しかったんだなって……今になってそう思うんだよ」

「千尋さんに敵う人なんてもうこの街にはいませんよ」

「いるよ。私なんかじゃまだまだ敵わない人、この街にまだまだたくさん。そのうちの一人が美紗子さんなんだけど」


 ふふ……わかってるじゃない。

 そうよ、美紗子さんは凄いのよ。


「で、もう一人。心残りがあるとしたらあの人のことかな」


 この言い方からすると私じゃないみたいね

 私には誰のことを言っているのか見当もつかない。

 美紗子さんは何となく察したのか、頷いたきり黙ったわ。


「凄い人だった。中学の頃に一度だけ試合で勝ったことはあるけど、その後も彼女はちゃんと努力を続けて、こんどは追い越された。次は私の番だって思って頑張ってたけど、結局、最期まであの人に追いつくことはできなかった」

「ええ」

「彼女と一緒に卒業できなかったのは残念……ううん、本当は喜ぶべきことなんだろうね。私たちと違ってあの人は広い世界に羽ばたいて行ったんだから」


 なんだろう。

 この卒業式は単なる夢のはずなのに、ずいぶんと意味深なこと言うのね。


「だから心残りは、あの人が私のことを気にして悔やんだりしてないかってこと。私がこっちに残るのは自分で決めたことなんだから、彼女が気に病むことなんて全然ないのにね」


 自分自身の卒業式なのに、ここにいない誰かのことばかり考えている。

 それは少しもったいないような悲しいような。

 でも……


 自分のことに置き換えて考えてみると、とても素敵なことみたいな気もする。


 四谷千尋は黙ってそのまま空を眺めつづけていた。

 私たちは彼女に手を振ってまた桜並木を歩くのを再開したわ。




   ※


 次に私たちの前に現れたのは、私もよく覚えている奴だったわ。


 やっぱり美女学の卒業生も来ているのね。

 イメージからすると意外だけど、友人を引き連れてのそのそ歩いているわ。


 それにしても袴が似合わないこと。


「こんにちは。麻布美紗子」

「こんにちは。卒業おめでとう、荏原恋歌さん」


 L.N.T.に来て三ヶ月目くらいに廃倉庫で彼女と闘ったことはばっちり記憶しているわ。

 直後に美紗子さんから生徒会に勧誘してもらえたきっかけの事件だもの。

 ま、その後は何度やっても余裕で私の勝ちだったけど。


「恋歌さんは卒業後どうするつもりなんですか?」

「別に。何も特に決めてないわ」


 おやおや無職宣言かしら。


「やりたい仕事があるわけでもない。学ぼうにも大学なんて存在しない。何をやっても結局はラバース社に利するだけ。積極的に働く気になる奴らの気がしれないわ」

「恋歌さんなら何でもできると思いますけどね」

「買い被り。まだしも希望がある外に出て行った奴らが羨ましいわ」


 ……私も仮に卒業したところで、やりたいことなんて何もないのよね。

 だって何があろうと外には出れないしねえ。

 入学前は卒業と同時に街から追い出されるって話だったのに。


「まあ、ここは牢獄と言うにはあまりに居心地がよかったけれど」

「好き勝手やってましたもんね」

「ふん」


 荏原恋歌は唇の端を笑みの形に歪め、美紗子さんの横を通り過ぎる。

 そして私をものすごい顔で睨みつけた。


「見てなさい。借りはいつか返すから」


 ふふ、返り討ちよ。


 荏原恋歌はそのまま仲間を連れて去って行った。




   ※


 今度はものすごい勢いで駆けてくる男子生徒の姿があった。

 普通に学ラン姿ってことは爆撃高校の在校生かしら。


「見つけたぜ、麻布美紗子!」


 なによこいつ。

 男のくせに美紗子さんを呼び捨てとかふざけてるの?


「えっと……ごめんなさい、どちらさまでしたっけ?」

「技原だ! 技原力彦! 前に一度会っただろうが!」

「ああ、うん。で、その技原さんが何の用ですか?」


 美紗子さんも困惑してるじゃない。

 これ以上しつこいようなら私が相手になるわよ。


「決まってんだろ。勝ち逃げされる前に勝負を――」

「こら、止めんかい技原。せっかくの祝いの席なんじゃあ」


 今度はふたまわりくらい体格の大きな、これまた学ラン姿の男が出てきたわ。

 普通に制服姿なんだけど卒業証書の筒を持ってるわね。

 一見すると卒業生かどうかわからないわ。


 でも、私はこの人を知ってる。

 L.N.T.が大混乱に陥った後、まっさきに混乱を拡大させた極悪人よ。


 名前は確か豪龍爆太郎。

 改めて考えるとすごい名前よね。


「んだよ豪龍。てめえが相手になるかよ」

「後でよければいくらでも相手になってやるわい。とにかく今はなしじゃ。めでたい場なんじゃからな」

「ちっ……ったく、退屈だぜ。速海の奴はどこにいっちまったんだか」


 注意された技原力彦は意外にも素直に引き下がった。


「おう、迷惑かけたの」


 うるさい奴がいなくなった後、豪龍爆太郎は美紗子さんに馴れ馴れしく話しかける。


「なあにアレ、あんたの後輩なの?」

「まあ……一応な」

「ちゃんと躾けときなさいよ。爆校にはうちらの目は届かないんだからね」

「くっくっく……卒業した後も治安の心配か。生徒会長様は難儀じゃのう、美紗子」


 えっ。

 なにこれ、なにこれ。

 なんで美紗子さん、この男と親しげに喋ってるの?

 しかも私に対してもしないようなフランクな言葉使いで!


「誤解しないでね。私と爆太郎はただの幼馴染だから」

「そういうことじゃあ」


 本当?

 私よりこの男の方が大事とかじゃない?


「ないない。ぜーったいにない」

「ふむ。美紗子の言う通りじゃが、女に嫉妬されるのも居心地が良くない。俺は早めに去るとしよう……それじゃあな、美紗子」


 豪龍爆太郎は背中を向けて学帽を振った。

 そのまま立ち去るかと思ったら、美紗子さんの方が声をかけた。


「待って、爆太郎」

「あん?」

「……あんたも三年間、お疲れ様」


 豪龍爆太郎は振り返らない。

 くっくっくとおかしさをかみ殺すような笑いを浮かべて、桜吹雪の中に消えて行った。




   ※


 なんとなくやきもきした気持ちのまま美紗子さんの隣を歩く。

 と、横から小さな影が飛び出してきたわ。


「きゃっ」


 影は美紗子さんにぶつかりそうになって動きを止める。


「あ、碧さんじゃない」

「……」


 無言で立ちすくむ人物。

 目を凝らさなきゃそこにいることに気付くのすら難しいほど存在感がない。


 でも、私はこの人物を知っている。

 記憶にある限り、私がL.N.T.で唯一「勝てなかった」相手だから。


 ここにいるってことはこの子もいつの間にか死んでたのかしら。

 対抗試合の時の対戦相手、芝碧とかいう爆校の女子生徒よ。


「卒業おめでとう、碧さん」

「……どうも」


 おお、返事をしたわ。


 聞いた話だけど、爆校の女子ってバカな男子共のせいで極端に自由が少なかったらしいのよね。

 そんな中で三年間も過ごすなんてどんな気持ちだったのかしら。

 私だったら耐えられなくなって暴れちゃうわ。


「やっと」

「ん?」

「やっと卒業だね」

「そうね」


 なんだか深くかみしめるような物言いだった。


「これで私たちも本当の意味で自由になれます。心地よい束縛から解放されるのは、少しだけ名残惜しいですけどね」


 いきなり別の女が出てきたわ。

 こっちの女は私もよく知っている。


「どうも、お二人さん」

「あら沙羅さん」


 双葉沙羅。

 年齢はたぶん美紗子さんと同じなんだけど、どの高校にも通っていない。

 表と裏方を繋ぐパイプ役で、後半は運営から派遣された密偵として私たち生徒会に協力してくれたわ。


「あなたもお疲れさまでした」

「いえいえ。舞台の裏方を支えるのが私たちの仕事ですから。碧は表寄りの仕事をしていましたが」

「最後の最後でミスしたけどね」

「あなたたち元四組の生徒には本当に感謝しかありませんね」

「これでも結構楽しませてもらいましたよ」


 元四組っていうのが何を指す言葉なのか、高校からL.N.T.に来た私にはよくわからない。

 その言葉は美紗子さんたちの世代にだけ伝わる意味があるみたい。


「でも、仕事はもう終わりです。これからはのんびり暮らしていきますよ」

「のんびり暮らす」

「あんたは元からのんびりしてたでしょ」


 影のような二人は年頃の少女らしく笑い、普通に歩いて去っていく。

 途中で芝碧が振り返って、


「言い忘れた。美紗子……ばいばい」


 美紗子さんに手を振った。


「さようなら、碧さん。沙羅さん」


 私からも言っておこうかしら。

 沙羅、お疲れ様。




   ※


 二人の忍者と別れてしばらく歩く。

 今度は長髪オールバックの優男が近づいてきたわ。


 彼のことはよく知ってるわよ。

 最期はどうなったのかは知らないけど。

 ここにいるってことは、いつの間にか死んでたのね。


 古大路偉樹は他の人たちと違って美紗子さんを素通りして直接私に話しかけてきたわ。


「赤坂綺。僕はまだ負けたつもりはないからな」


 うん、そうね。

 別に私だって勝ったつもりもないけど。


 彼はそうね、良きライバルって奴かしら。

 組織を率いての勢力争いは最後まで五分だったわ。


 平和派に対抗する自由派の指導者。

 フリーダムゲイナーズのリーダー。


 荏原恋歌が倒れるまでは有象無象の弱小グループだったのに。

 よくもまあ短時間であそこまで大きな組織にしたものだわ。


 悔しいけれど彼のやり方は見事だった。

 戦力はこちらの方が上なのに、情報戦や技術戦でおくれを取っていたわね。


「決着はいずれ別の機会に」


 言うだけ言って古大路偉樹は背を向けて去って行ったわ。

 ちょっとくらいは私からも何か言わせなさいよ。

 別の機会とやらがあるかはわからないけど。


「そろそろ戻りましょうか」


 美紗子さんが提案する。

 私としては別に異論もない。


 ちょうど目の前にあった第一校舎の扉を開けて生徒会室に戻る。




   ※


 生徒会室では私たちの他にも生徒会役員が並んで座っていたわ。


「美紗子、お疲れ」

「ありがとう聡美さん」


 中野聡美。

 美紗子さんが死んだ後も副会長として私に協力してくれたわね。

 結局、最後は言うことを聞かなくなったから、この手で殺しちゃったんだけど。


「お姉ちゃん、卒業おめでとう」


 麻布紗枝。

 美紗子さんの妹ね。

 同じ剛腕のSHIP能力者。

 便利なJOYを持っていた彼女は重宝したわ。


 それでも美紗子さんの代わりにはなれないけどね。

 この子って最期どうなったんだっけ?

 おぼえてないわ。


「綺ちゃん、おつかれさま!」


 なぜか私にねぎらいの言葉をかけてくる足立美樹。

 生徒会では私と彼女だけが一学年下だったわ。


 どういうわけか私に心酔してたのよね、この子。

 別にいいんだけど途中からほとんど気が狂ったような状態になっちゃって大変だったわ。

 まあ、よく働いてくれたけど。


「お邪魔してます」


 そして、この場に唯一生徒会役員ではない人間がいる。


「えっと……本郷蜜さん、よね?」

「はい」


 美紗子さんが彼女の名前を確認する。

 なんで部外者が生徒会室にいるのかしら?


「私が呼んだの。次期生徒会役員に推薦したくてね」


 中野聡美が疑問に答える。


「彼女の活躍は有名でしょ。ぜひ生徒会に入って、暴走しがちな次の会長をサポートしてもらいたいって思ってさ」


 なるほど、私の片腕として使おうってわけね。

 それはいいけど美樹がそいつのことものすごい目で睨んでるわよ。


 そういえばこの女が美樹を殺したんだっけ。

 その後ですぐ私が始末したのよね。


「私なんかがお役にたてるかわかりませんが、精いっぱい頑張らせてもらいます」


 乗り気ではあるみたい。

 私は別にどっちでもいいわ。


「できれば友達も一緒に推薦してもらいたかったのですが……」

「小石川さんね。確かに彼女だったら大歓迎だけど」

「でも彼女はもうL.N.T.にいないんですよ」


 美紗子さんが二人の会話に横からそう告げる.

 副会長と新役員候補は揃って肩を落としたわ。


 話を適当に切り上げて本郷蜜は部屋を退出した。

 続いて一人、また一人と生徒会役員たちもどこかへ行く。

 美樹だけは残りたそうにしていたけど、聡美に襟首を掴まれて出て行った。




   ※


 後には私と美紗子さんだけが残った。


「どうだった? 気分は変わった?」


 どうだったって言われてもね。

 別になんとも。


 っていうか、ちょっと人と話したくらいで罪の意識が消えるなら苦労はしないわよ。


「そうですか……」


 そうよ。

 いくら取り繕っても私は許されないの。

 別にやったことを後悔してないから、許されたいとも思ってないし。


「じゃあ赤坂さんはどうしたいの?」


 別になにも望まない。

 私は精一杯やったから。


「なんのために?」


 そりゃもちろん美紗子さんの……

 違うわね、自分のためよ。


 美紗子さんを守れなかった自分を許せなかった。

 こんな風になってしまった世界が許せなかった。


 最初に言った通り。

 ただの腹いせよ。


「そっか。うん、うんうん」


 美紗子さんはしきりに頷いてみせた後に「おいで」って両手をひろげて私を導いたわ。

 よくわからないけど私は誘われるままに彼女の前に座る。

 背中からギュッと抱きしめられた。

 頭をなでなでされる。


「私が許します」


 は?


「他の誰が許さなくても、私が赤坂さんを許す。それだけじゃ足りないかな」


 なに言ってるのかしら。

 何百人も殺した私を無責任に許すなんて言われてもね。


 ……涙が出るくらい嬉しいじゃない。


 ダメなのよ。

 私は幸せになっちゃいけないの。

 だって人殺しなんだもの。


「いいんだよ」


 よくないよ。


「いいの。私がいいって言ったら赤坂さんはいいの」


 むちゃくちゃね。


「だって私は赤坂さんの先輩だし」


 意味わかんない。

 ああ、もう、涙が止まらなくなっちゃうわ。


「ほらほら、私の胸でお泣き」


 そう言っても胸は無いたたたた! 頭いたい!


「私の胸でお泣き」


 はい、お言葉に甘えさせていただきます。


 ふう。

 美紗子さん、あったかいね。


「赤坂さんもあったかいよ」


 あのさ。


「ん?」


 この夢が終わったら、私たちはどうなるのかな。

 卒業式の後の世界が続くのか、元通りの世界の続きが始まるのか……


 それとも、全部、消えてなくなっちゃうのかな。


「さあ……」


 知らないの?


「人間が死んだ後にどうなるかなんて誰にもわからないじゃない? それと一緒よ」


 わかるような、わからないような。


「先のことなんてどうでもいいじゃない。こうしていま私たちが触れ合っている今が大事でしょ」


 そういうものかしら。


「わからないことを考えて時間を無駄にするより、もっとお互いを感じていましょうよ」


 ふふ、違いないわね。

 ……ねえ、美紗子さん。


「なあに?」


 ごめんね。


「私こそごめん。赤坂さんを残して一人で行っちゃってごめんね。辛かったね。ごめんね」


 美紗子さん。


「なあに?」


 ありがとう。


「こちらこそありがとう。赤坂さんにはいっぱい助けてもらったね」


 美紗子さん。


「なあに?」


 美紗子さんに出会えてよかった。


「私も赤坂さんと一緒に過ごせてとっても楽しかった」


 美紗子さん。


「なあに?」


 大好き。


「私も赤坂さんが大好き」


 ああもう、本当に申し訳ない気分だわ。

 私ばっかりこんなに幸せになっちゃって。


「うふふ。私も幸せ」


 一緒に恨まれてくれる?


「赤坂さんと一緒なら世界中を敵にしても怖くないわ」


 ごめんね、ありがとう。

 ねえ、美紗子さん。


「なあに?」


 なんだか眠いの。


「いいよ。傍にいてあげるから、ゆっくりお休み」


 美紗子さん。


「なあに、赤坂さん」


 最期なんだし、名前で呼んで。


「いいわよ。綺、あや、あーや」


 うふふ。

 美紗子さん。


「なあに?」


 おやすみなさい。


「おやすみ、綺」

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