29 最期の告白

 この街で私がしたことって、結局のところ人殺しでしかないのよね。


 断罪の魔天使だの、前生徒会長の狂信者だのって、陰で言われていたことは知ってるわ。

 でも私だってただの人間だし、それほど狂ってたわけでもないけどね。

 ちょっと人より強い武器を持っていたってだけよ。


 そのちょっとが、この街では絶対的な力の証だったってだけの話。

 二代目生徒会長で平和派のリーダーとかって祭り上げた生徒たちにも責任はあるんじゃない?


 翼は半分になって、双剣も片方だけになった。

 けど、それでも私を止められる奴なんていないわ。

 美紗子さんの怪力のおかげで前よりもずっと剣が軽いの。


「や、やめ……助け……ぎゃああっ!」


 ほら、また一人の命を奪ってやったわ。

 白衣姿で眼鏡をかけた小太りの中年男。

 きっと彼にも家族がいたんでしょうね。


 同情する余地もないけどね。

 学生たちを実験動物みたいに扱って、得られたデータを見て悦に入ってるような奴らなんて。


「いたぞ! AMリペアだ!」


 こんどは銃器で武装した迷彩服の集団があらわれたわ。

 最初からあなたたちが出て来てれば研究員の人は死なないで済んだのにね。


 ま、結果は同じだけど。

 私に銃器なんて通じないし。


 遠くにいても断罪の翼の赤い羽は簡単にあなたたちの命を奪えるのよ。

 ほら、こんなふうに!


「うぎゃあああ!」

「畜生! 強すぎるっ!」

「げびゃっ」


 さて、この研究所に生きてる人間はいなくなったかしら? 

 取り逃がしはあるかもしれないけど、どうでもいいわ。

 別に確固たる目的があってやってるわけじゃないし。


 とりあえず外に出ましょうか。


「あ、麻布美紗子っ!?」

「いやあの翼……赤坂綺か?」


 表に出たら驚いた顔の学生たちに迎えられたわ。

 路上では私に触発されたのか至るところで暴動が起きている。


「向こうのビルの中にも研究室があるらしいぞ!」

「ぶっ殺せ! ラバース社の奴らは皆殺しだ!」


 彼らもきっとヤケになってるのね。

 L.N.T.各地にあるラバース社の研究所と思われる施設を片っ端から襲撃してる。


 悪いけど、手伝うつもりなんてないわよ。

 わざわざ邪魔したりもしないけど。

 私は私で勝手にやるから。


 次はどこに行こうかしら。

 っていうか、街の運営はまともに機能してるの?

 できれば社長あたりを見つけてさくっと殺してやりたいところだけど。


 なんか翼が重いわね。

 片翼になっても移動に不便はない。

 けど、やっぱり疲れがたまってるのかしら。


 仕方ないから少しだけ歩きましょうか。

 なにかやり忘れてることがあった気がするのよ。

 私がこの体で目覚める前、なにをやってたんだっけ? 


 歩きながら考えればいいわね。

 どうせ時間はたっぷりあるんだし。


 あら?

 急に足が軽くなったわ。


 まるで翼がはえたみたいね。

 って最初から翼はあるんだけど。


 どうにも足元がふわふわするわ。

 どっちかっていうと幽霊になった気分?


 なんとなく振り返ってみたわ、本当に何となく。

 そしたら美紗子さんが倒れているじゃない。


 もちろん慌てて駆け寄るわよ。

 どうしたの? なんで倒れているの?


 あれ、今は私が美紗子さんじゃなかったかしら。

 とすると、倒れているのは私?


 なんだかよくわからないわ。

 さっきまで自分で動かしてた体がそこにある。

 私はそれを見下ろしているんだけど、これじゃ本当の幽霊じゃない。


 ほら、そこの鏡。

 映ってるのは元の私。

 なんかちょっと透けてるけど。


「綺」


 誰よ、馴れ馴れしく名前を呼ぶのは。

 下の名前で呼び捨てにされる覚えはないんですけど。

 家族以外で私の下の名前を呼んで良い人間なんて、美紗子さんくらいよ。


 あれ?

 確か他にも、誰か……


「残存意識の限界。ジョイストーンに残った魂の片鱗が消えかけているのか」


 ああ、思い出したわ。

 いきなり現れたこの黒ずくめの男。

 目覚める前に戦っていたのもこいつだったわね。


 この街に来て最初に出会った、クラスメートの男の子。


「空人くん」


 そうそう、そんな名前だったわ。

 自分で口にして初めて思い出すっていうのも不思議ね。


 で、何の用かしら?


「なんか久しぶりだね」

「二日前に会ったばかりだけどな」


 あら、私ってば親しげに喋っちゃってるわよ。

 別にゆっくり会話したい気分でも相手でもないのに。

 っていうか、何で久しぶりだなんて思っちゃったのかしら?


「あの時の私はちょっとおかしかったから」


 そうね、極限状態だったのは認めるわ。

 今も人を殺すことに何のためらいもないけど。


 でも、あの頃とは違うわ。

 久しぶりと言えば久しぶりなのね。

 私が『私』としてこうして彼と会話するのは。


「そうだな。俺たちは二人とも、どこかで道を踏み外してしまった」


 なに言ってるのこいつ。

 格好つけてるみたいだけど意味がわからないわ。


「なんで、こんなことになっちゃったんだろうね」


 私もなんでか同意しちゃってるし。

 っていうかさっきから『私』が私の意思を無視して喋ってるんだけど。

 これってどういう現象なのかしら。


「なあ綺。こんな時だけどさ、聞いてほしいことがあるんだ」

「なあに?」


 時間の無駄だから長話は止めてほしいんだけど。

 私もこんな奴に構ってないでさっさと行っちゃえばいいのに。

 邪魔ならいつもみたいに斬り殺してもいいのよ。


 おかしいわ。

 ますます私と『私』の境が離れていく。

 なんだか眠くなって、目をこすりたくても手が動かない。


「俺……お前のこと、好きだ」


 ふわーあ。もうこのまま寝ちゃいたい。

 えっと、いまなんて言った?

 好き? 告白?

 もしかしてここ笑うとこ?


「……ごめんなさい」


 ぷっ、こいつ『私』にフラれてやんの。

 まあ当然よね。

 私が愛するのは美紗子さんだけだし。


「そっか」


 こらこら、フラれたくせに格好つけて遠い目してるんじゃないわよ。

 用が済んだらさっさとどっかに行ってよね。

 私は眠くて仕方ないんだから。


「ごめんね、空人くん」

「いいんだ」


 あー、眠いわ。

 もう何もかも面倒な気分よ。


 なんかフラれた男が私に近づいてきた。

 右手のあたりが真っ黒い闇を纏っている。

 けれど、そんなことはもうどうでもいいの。


 闇色の剣が私を貫いた。

 翼でガードをする暇もなかった。


 これさすがに死んだかしら。

 別に気にする必要はないわね。

 もう何もまともに考えられないの。


 ごめんね、美紗子さん。

 おやすみなさい。

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