28 星野空人の残滓

『神田和代と他二名の能力者、並びに赤坂翔樹を含む十二名の予備児童、すべてL.N.T.からの逃亡を確認。輝宝島上空を旋回していた所属不明のヘリに収容されました』

「そうか……」


 部下の黒服の報告を聞き、新生浩満は深く溜息を吐いた。


 何たる大失態だろう。

 も

はや怒鳴る気力すら沸かない。


 先のアリスも含めて、四人もの能力者の逃亡を許してしまった。


 トドメとばかりにAMリペアも制御を失った。

 それどころか、なぜか赤坂綺の人格を持ってL.N.T.に戻ってきた。

 彼女はいま、残った研究室を片っ端から探しては、研究員や職員を斬り殺して回っているという。


 武装させた私兵や能力者を向かわせているが歯が立つわけもない。

 次回の実験の際に使いまわすつもりだった要素が次々と削り取られて行く。


「この街も終わりかな」


 浩満は誰ともなしに呟いた。

 そして無言のまま席を立って司令室を後にする。


 これからすべき最重要項目は二つ。

 一つはJOYやSHIP能力を世に知らしめられるのを阻止することだ。


 脱走者からここの情報が世間に漏れる可能性は心配していない。

 何の後ろ盾も持たない女子供が何を訴えたところで妄想か夢物語と言われるだけ。

 彼女らを保護したどこぞの国家にとっても、これらの情報を迂闊に晒すことは避けたいはずだ。


 もう一つは自分が無事にこの街から逃げ出すこと。

 赤坂綺はどうやっているのか各所の研究所の位置を正確に把握している。


 あの女がラバース社に対する恨みで行動しているのなら自分は最優先目標のはず。

 神器を使えない今の状態で断罪の魔天使に見つかったら一巻の終わりだ。

 今後、寝ても覚めてもずっと狙われ続けるなんて冗談じゃない。


 一番良いのは、無事に脱出が成功したところで、残った研究員や職員もろともL.N.T.のある喜宝島を跡形もなく破壊することである。


 元々この島はようやく日本でも開発が始まった核兵器の実験場ということになっている。

 民間人立ち入り禁止のための方便だったが、その設定が役立つことになりそうだ。


 浩満は誰にも行く先を告げずに自分専用の脱出エレベーターのある建物へと向かった。

 このエレベーターを使う権限があるのはこの世で浩満ただ一人だけ。

 大抵の職員はその存在すら知らない。


 周囲に人影がないことを確認した上で、入り口の無いそのビルの壁面にある隠し扉に手を這わせる。


「逃げるのか」


 背後から呼びかける声が聞こえた。

 浩満はギョッとした後、眉根を寄せて舌打ちをした。


「なんだ星野空人。まさか僕が生き延びることがラバース社のためにならないなんて言う気じゃないだろうな」


 今の彼は何を置いても最優先でラバース社のために行動する。

 ラバース社のためにならないと判断すれば、浩満相手でも容赦なく咎めようとする。

 その行動原理が浩満にとって面白くない結論を導き出す可能性もわずかではあるが存在するのである。


「いいや。お前という頭脳が失われるのはラバース社にとって大きな損失だ」

「わかっているならいい。貴様も一緒に来い」


 星野空人は神器に等しい能力を手に入れた。

 結局のところ、彼が今回の実験で生み出すことのできた最高傑作である。

 今後の計画を考えれば、今回の実験は彼一人を得られただけでも成功だったと言っておきたい。


 だが……


「断る。俺にはまだこの島ですべきことが残っている」

「耳を疑うな? 貴様を失うことはラバース社にとって損失ではないと?」

「死ぬつもりはない。しかし、俺の頭の中に残ったバグを消去することが最優先だと判断した」


 頭の中に残ったバグ。

 理屈を抜きにすれば、それはいくらでも考えられる。


 だがあり得ない。

 彼に対する洗脳は絶対的だ。

 なにせあのヘルサードの能力を応用した技術なのである。


 これは思想の改造などという甘いものではない。

 何があろうと洗脳が解けるなんてことは絶対にあり得ないはずだ。

 些細なきっかけで正気に戻ったり、外部からの呼びかけで自らの行動原理を疑うこともない。


 それでも、そんな星野空人が決めたのなら浩満に止める術はない。


「わかった。だが用事が済んだら必ず僕の下に帰って来い。僕には……いや、ラバース社の未来には貴様の力が絶対に必要なのだ」

「もちろんそのつもりだ」

「……信じるぞ」


 自分でも似合わない言葉だと思いながら、浩満は星野空人へ最後の言葉を投げ、脱出エレベーターの中へと消えて行った。

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