24 ウォーリアHS/AMリペア
「さて」
HS……もとい、星野空人は気絶させた内藤清次を担ぎあげた。
自身が作り上げた
「アリスは任せていい。他にも街を脱出しようとしている一団がいるが、追えるか?」
「エネルギー切れだと言っただろう。無理だよ」
ぞんざいな返答に浩満は苛立ちを覚えた。
この戦闘兵士は再生兵士と違って自我を残している。
基本は以前の星野空人と同じ人格であり、唯一絶対の法則を書き加えられているだけだ。
すなわち、
『ラバース社に命を奉げ、ラバース社のために行動せよ』
その判断の基準から外れれば、先ほどのように浩満を咎めることもある。
もちろん基本的には浩満こそがラバース社そのものだ。
冷静であれば逆らうこともないだろう。
清次の処遇にしても、普段の浩満なら同じようにすべきと判断したはずだ。
「わかった。ならばAMリペアを向かわせよう」
現状では
旧式の再生兵士の中では間違いなく最高傑作である。
街を水没させようとしていた速海駿也をあっさり片付け、今は手が空いているはずだ。
「しかし内藤清次には本当にしてやられたよ。数年を費やした実験成果の大部分がパァだ」
データを保存してあった研究施設の多くが破壊された。
おかげで、旧式の再生兵士で使えるレベルのものはほとんど残っていない。
JOYインプラントや基礎SHINE論の確立はできたが、結果として手元に残った使える兵士はごく少数のみ。
星野空人の他には素材として内藤清次と速海駿也……それからミス・スプリングくらいか。
アリスや小石川香織を捕獲できれば少しはマシになるが、損害は予定よりずっと大きい。
「施設の破壊。アリスによる『クラブ』の人間の抹消。間違いなく計画は十年遅れるな」
浩満は頭をかきむしりながら愚痴を零す。
「ああ、それならちょうどいい。お前はこれからしばらく入院生活だからな」
「何?」
「清次の攻撃を受けた今のお前は半死状態だ。本当ならとっくに死んでいてもおかしくない大怪我だぞ。今は俺の『闇の力』で無理に命を繋いでいるが、はやく治療しなきゃ本当に死ぬ」
言われてみれば、体を動かすたびに何かのサポートを受けているような違和感がある。
まるで電動自転車を漕いでいるような不思議な感覚だ。
「……つくづく、厄介なやつだよ!」
「完治するまで神器は使わない方がいい。反動で俺の力が消える恐れがあるし、そうなったら一瞬で御陀仏だ」
「もういい、わかった!」
浩満は腹立ちまぎれに近くに転がっていたミス・スプリングを蹴った。
それくらいでは空人に咎められることもなかったが、やり過ぎたらまた説教を食らうだろう。
「今回の反省は次の実験に活かせ。もうプランは立ててあるんだろ?」
「ああ。だがその前に後始末をしておかなくてはな」
浩満は奥歯を噛みしめ携帯端末を取り出した。
ボタン一つで部下に通話が繋がる。
「僕だ……あ、いや、私だ。新生浩満だ。すぐにAMリペアのリモコンを用意しろ。そうだ、お前が持って来い。なんだと? いいから黙って従え!」
命令を下す浩満を眺めながら、空人は逃亡者がいるはずの方角の空を見上げた。
L.N.T.の造り物の空は眩いくらいに青く輝いていた。
※
バスは順調に高速を走っていた。
限界までアクセルを踏み込んだ車体は時速二百キロに迫る。
運転を覚えたばかりの和代にとって、どこまでも直線が続くのはありがたかった。
「園長から聞いた話通りなら、出口まであと二十分程でしょうか。あなたたちは今のうちに休んでおいてくださいな」
和代は緊張した面持ちで前方を睨み続けている香織にそう言った。
いくら気を張ったところで今の彼女は特に何もすることがない。
「うん。でも、どんな罠があるかわからないから注意はしておかないと」
「心配しないでも大丈夫ですよ。念のために人形をバスの四方に配置しておきましたから」
ちえりが言った。
バックミラーに移った後部窓。
そこには後ろ向きの人形が鎮座している。
「周りを警戒するだけなら労力もないですから。センパイはいざという時のために休んでてください」
「あ、うん……」
後輩からも注意を受けた香織はしばらくキョロキョロしていたが、やがて大人しく座席について目をつぶった。
「確認しておきますわよ。およそ三十キロ先の地点にL.N.T.唯一の出入り口があります。そこに着いたら『合図』の電波を送ってバスを停止させ、通用門を破壊して後は徒歩で脱出します」
「エレベーターを上った先にヘリコプターが降りて来てくれることになってるんだよね」
驚くべきことに、薫園長はL.N.T.に在住しながらも、とある国と密かに連絡を取っていたようだ。
ラバースの超技術力は諸外国としては喉から手が出るほど欲しいものである。
一企業に独占させておくには危険と見なされているのだ。
L.N.T.があるのは一応日本の国土の中。
領海侵犯など気軽に行えるようなものではない。
チャンスは一度。
合図をしてから三十分後から四十分後の十分間だけ。
予定通りに事が運べば余裕はあるが、万が一のことがあれば袋の鼠になってしまう。
「問題は早く着き過ぎたせいで向こうの準備ができていなかった場合ですが……」
「後方から何かが近づいてくるよ!」
和代の声をかき消すようにちえりが叫んだ。
バス内がにわかに緊張感に包まれる。
「近づいてくるですって? この速度で走っているのに?」
「は、はい。ものすごいスピードです! これは、これは……!」
和代はバックミラーを覗く。
確かに何かが接近して来るのが見えた。
赤い何か。
斜めに傾いたそれが、ものすごい速度でバスに近付いてくる。
異常な禍々しさ。
身に覚えのあるゾッとする感覚。
和代がそれに記憶を思い出した次の瞬間、
「何が……」
「伏せてくださいっ!」
香織は立ち上がって後ろを振り向こうとしていた。
彼女は和代の注意する声を聞いて考えるよりも先に言うとおりにする。
危機意識の高さが間一髪で彼女の命を救った。
一陣の風が車内に吹いた。
直後、視界の上半分が奇妙にズレる。
ズレているのはバスの上部。
窓も柱も奇麗に斬り裂かれている。
ゆっくり車体から離れ、轟音を立てて地面に落下した。
「な、なにっ!? 何が起こったの!?」
香織はパニックに陥っていた。
子どもたちも大声で悲鳴をあげる。
しかしその音も風の音にかき消された。
強制的に不格好なオープンカーにされた通園バス。
頭上から作り物の太陽の光が降り注ぐ。
上空を見上げる。
青空の中にそれはいた。
恐ろしい速度でバスを追い抜き、それと同時に屋根を斬り落した『敵』が。
しかし、それは和代が想像していた人物ではなかった。
真っ赤な翼は悪夢そのままに、片側三枚だけで宙に浮かんでいる。
剣も以前とは違い一刀のみ。
ただしそれを手にするのは赤い髪の断罪の魔天使ではない。
「うそ、まさか……」
香織が驚愕の表情で空を見上げる。
呆けている場合ではないと思ったが、和代もそれは同じだった。
彼女は決して以前と同様の姿ではない。
顔の半分が奇妙な黒い仮面に覆われ、目の部分には赤い闇が滞っている。
剣を持たない方の手は機械のような銀色に輝いていたが、水瀬学園の制服とトレードマークの黒い幅広の帽子は間違いなく彼女のものだ。
長い髪を靡かせ魔天使の片翼を拡げる美女。
それはかつての水瀬学園初代生徒会長。
断罪の剣の本来の所有者。
麻布美紗子だった。
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