22 神器に届く一閃

 新生浩満はペストリアンデッキの上に落下した内藤清次を見下ろしていた。


 奴はおよそ三階分の高さから落下した。

 ダメージは相当なはずである。


 近付いても起き上がる様子はない。

 だが、落下直前の彼の得意げな表情と言葉が気になった。


「おい」


 苦しそうに呻く清次の脇腹を蹴る。


「ぐ、ああっ!」

「さっきのはどういう意味だ?」


 清次は答えない。

 というか痛みで答えられないのだろう。

 頭から血を流し、左足も通常ではあり得ない角度に曲がっている。


 どうみても虫の息である。

 目に見える範囲の≪七星霊珠セブンジュエル≫はすべて停止させた。

 残り二つの所在はわからないが、本体がこのザマでは逆転の一手など望むべくもないはずだ。


 浩満は肩をすくめた。

 このままこの男を殺すのは容易い。

 だが≪七星霊珠セブンジュエル≫の見事な扱いを考えたら、して兵士として使う方が得策だろう。

 殺してから生き返らせる再生兵士ではJOYの成熟レベルに雲泥の差がでる。


 と同じ新タイプに調整する。

 すぐに部下を読んで引き取りに来させよう。


 浩満は携帯端末を取り出した。

 操作するより先にコール音が鳴る。


「なんだ」

『しゃ、社長! 大変です!』


 電話の向こうの部下は慌てていた。

 浩満は不快感をあらわに説教をする。


「報告は要点をまとめて簡潔に述べろと普段から言っているはずだがな」

『L.N.T.正面口の門番兵詰所が突破されました!』

「……は?」


 ありえない話である。

 あそこに務めているのは本格的な軍事教練を受けさせた精鋭たちだ。

 しかも装備は財力にものを言わせてクリスタ合酋国から最新式のものを取り寄せてある。


 自前で開発したDリングも装備しているのだ。

 たとえ十倍の兵力が攻めて来ても負ける要素はない。

 

「装甲車が一台そちらに向かったのは知っている。虎の子の守備隊は女子供の乗る園児バスひとつ止められないほど無能だったのか?」

『それが、現場でも何が起こったのかわからない様子なのです。なんでも気づいた時には見張りの兵士が蹴散らされ、唯一敵の姿を補足した車両も原因不明の爆発を起こしたと……』


 気付いた時には既に蹴散らされていた?

 まるで≪絶零玉コキュートス≫を相手にした敵のようではないか。


「……まさか」

「あは、あははっ」


 笑い声のした方を見る。

 内藤清次が顔を抑えて笑っていた。


「貴様、まさか……!」

「小石川たちはうまくやったみたいだな」


 顔を傾けて勝ち誇ったようにこちらを見ている。


 この男を光球の足場から突き落とした時、浩満はかなりの長時間に渡って時を止めた。

 もちろん停止した時間の中で動けるのは浩満ただ一人。

 本来ならどれだけ止めようと問題はない。


 問題ないはず、なのだが。


「≪天河虹霓ブロウクンレインボー≫か……!」


 光る拳を当てれば一撃必殺とされている小石川香織の能力。

 その本質は能力だ。


 あれを使って≪絶零玉コキュートス≫の支配を逃れたというのか。

 ありえないと思っても、現実は間違いなくそれが起こったことを指し示していた。


 見当たらなかった≪七星霊珠セブンジュエル≫の残りは反撃の機会を狙っていたのではない。

 小石川香織たちの乗るバスに向かわせ、何らかの方法で時間停止のタイミングを知らせたのだ。


「すぐに追えるか?」


 浩満は電話の向こうの部下に問いかけた。


『ダメです。戦車が破壊されたせいで道路が崩落してしまい、車両が通れる隙間はありません』

「……やってくれたな」


 まんまと実験体と子どもたち……

 いや、あの男たちの血を引く少年を逃がしてしまったわけだ。

 おそらくだが保険として掛けた病魔も小石川香織によって解除されているだろう。


 浩満は携帯端末のスイッチを切った。

 笑い続けている清次に近づく。


 そして怒りを込めて足を振り上げ、顔面を踏みつける……

 つもりだったのだが、


「何っ」


 靴底が清次の顔を叩くより早く、奴は横に転がって勢いのままに飛び起きた。


「うらあっ!」


 清次が殴りかかってくる。

 だが、その拳が浩満に当たることはない。

 清次は≪絶零玉コキュートス≫を発動させ、時間もろとも彼の動きを止めた。


「まだこれだけの力が残っていたとは……!」


 予想外の抵抗にさらに苛立ちが募る。

 浩満は止まっている清次の顔面を殴りつけた。


「がっ!」


 時を進める。

 清次は倒れる。


「この程度では終わらんぞ」


 浩満は追撃のためもう一度時を止めた。

 その直後、横を向いて思わずギョッとする。


 顔のすぐ横に≪七星霊珠セブンジュエル≫の光球があった。

 追い打ちをかけようとしなければ確実に直撃を食らっていた。


 合図に使った他にも隠していたのか。

 ボロボロのくせに、こんな小癪な抵抗をしてくるとは。


「この……ガキがっ!」


 最後の≪七星霊珠セブンジュエル≫に手を触れる。

 光球をその場に固定させ、清次の腹を何度も何度も踏みつける。


「ぐあああっ!」


 時間が動く。

 清次の絶叫が響く。

 肋骨を何本か折った感触があった。

 内臓もいくつか潰れているかもしれない。


「はぁ、はぁ……どうだ、痛いだろう。後悔しても遅……」

「この野郎っ!」


 なのに、清次はまた起き上がる。


「なんなんだお前はっ!?」


 しかし拳は途中で止まる。

 何度やっても同じことだ。


 この≪絶零玉コキュートス≫の前では如何なる抵抗も無意味。

 浩満はわずかに感じた恐怖を理屈で抑えつけながら目の前の敵を殴り飛ばす。


 時間が動く。

 清次は再び起き上がる。

 すでにその顔はボコボコに腫れ上がっているのに。


「……いい加減にしろ! 何度やっても無駄だと理解しないか!」

「無駄じゃないさ。お前が時を止めればその分だけ、小石川たちは安全に逃げられるんだからな」

「――っ! まさか、そのために貴様はっ!」


 自分の身を犠牲にして仲間を逃がしているのか。

 警備所を突破されたとはいえ、別の手駒を使えば後を追える。

 しかし、一方的に止まった時間の中を逃げられてしまってはそれさえも難しくなる。


 内藤清次。

 この男は危険だ。


 できれば戦力として使いたい人材だが、これ以上の抵抗を許すわけにはいかない。


「うおおっ!」


 清次がフラフラの足取りで向かってくる。

 蚊も殺せないようなパンチを撃つ。


 できれば≪絶零玉コキュートス≫は使いたくない。

 この程度の動きなら浩満でも見切ることができる。


「なめるな!」


 浩満は左手で清次の拳を受け止めた。

 そして、右拳でカウンターを叩き込む。


 時間を止めることなく反撃を行った。

 これ以上時間を無駄にしたくない。

 こいつはこの場でトドメを刺す。


 懐の拳銃の感触を確かめる。

 起きあがるのを待たずに近づく。

 倒れている清次の顔を見下ろした時、




 世界が、割れた。




「……は?」


 目の前に内藤清次が倒れている。

 だが、その顔は一瞬前のように腫れていない。


 いつの間にか互いの距離も離れている。

 そもそも最初から何かがおかしかったのだ。

 だって、落ちて折れた足で立ち上がれるわけがない。 


 首だけをこちらに向け清次はにやりと笑う。


「オレの勝ちだぜ、バカ社長」


 直後、大木すら薙ぎ倒すほどの衝撃が浩満の後頭部に炸裂した。

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