21 時間停止中の強行突破
襲い掛かってきたモノを香織は反射的に≪
「び、びっくりしたぁ……って、また≪
それはJOYによる高エネルギーの光球である。
さっきと同じパターンに対して香織は文句を言った。
清次がやってきたのだと思ったが、彼の姿は見られない。
「内藤君、いるなら出てきて!」
返事はない。
不審に思って和代の方を振り向くと、
「あれ、和代さん……?」
彼女は≪
「え、これって……」
自分以外の時が止まっている。
以前に何度か体験したことのある同じ現象だった。
≪
「――っ!」
香織は即座に右手で和代にタッチした。
「うわっ! なんでいきなり目の前に現れますの!?」
「和代さん、すぐにバスを発車させて!」
「えっ。何を――」
「はやく!」
自分の直感に従う。
あれは清次からの合図である。
彼は何かを察して光球をわざわざこちらに送ってきた。
さっきと同じように香織の注意を引き、≪
その瞬間、狙いすましたかのように自分以外の時が止まった。
香織は以前にも何度か同じ体験をしたことがある。
練習のため≪
おそらくだが、誰かが何らかの能力を使って時を止めているのだ。
その中で香織だけが≪
根拠はなにもない。
もしかしたら単なる偶然かもしれない。
数秒後には再び時間が再び動き出すかもしれない。
けれど香織は自分の直感を信じた。
「どうなってもしりませんわよ……!」
香織がバスの車体に触れる。
時間停止の効果を解除されたエンジンの音が鳴り響く。
和代はバスを発車させ、駐車場から出てすぐ傍にある高速出入口に向かった。
停止バーを折って無人の料金所を通り抜ける。
バスは緩やかなカーブを過ぎて本線に入った。
「いきますわよ!」
和代はギアを一度ニュートラルに戻すと、そのままありえない角度まで右に倒した。
それと同時に思いっきりアクセルを踏み込む。
バスがこれまでにない急加速をする。
スピードメーターは軽く一五〇キロを超えている。
速度は上がり続けている。
当然、車内の振動も半端ではない。
子どもたちやちえりの時が止まったままでよかった。
「和代さん、前!」
一八〇キロまでしか表示されていないスピードメーターを右端まで振り切った頃。
山の中を突っ切って直進するだけの道路の先に建物が見えてきた。
単なるサービスエリアのようにも見えるが、怪しげな監視塔が立っていたり、パーキングに止まっている車が砲台とキャタピラをもつ迷彩色の装甲車だったりと、軍隊の基地みたいな雰囲気の施設だ。
道路の先にはバリケードがある。
その後ろには迷彩服を着た軍人然とした人間がいる。
彼らは機関銃やグレネードランチャーを構えて待ち構えていた。
横には強引な突破を阻害する巨大なコンクリートの塊もある。
だが、今はそのすべてが止まっている。
「どうする!?」
「決まってますわ、このまま突っ込みます!」
和代は減速する気など一切なかった。
そのまま迷彩服の男たちを撥ねながらバリケードを突破した。
「うわっ」
撥ねた男のひとりが窓に引っかかって無表情な顔をこちらに向けている。
さすがに不気味すぎる上、このまま時間が戻ったら大変なことになる。
「ちょ、ちょっとドア開けて」
「落ちないで下さいよ」
ドアが開く。
ものすごい風が車内に入ってきた。
香織は手すりに掴まりながら身を乗り出す。
そして引っかかった迷彩服男に向かって手を伸ばし、
「≪
清次から受け取った親友の能力を使って吹き飛ばした。
空気の塊を食らった男は勢いあまって道路から飛び出して森の中に落ちた。
「今の人たちDリングの守りを使ってるみたい」
普通の人間ならこの速度でバスに撥ねられたら無事では済まない。
引っかかっていた男の体に損傷はなく、周囲には淡い光を纏っていた。
街の能力者たちが使っていたのと同じ耐衝撃用のバリアを張っているのだ。
「なるほど。能力者でも突破ができないわけですね……」
和代が呟くと同時にバスの中にざわめきが戻る。
「あれっ」
「うわあ、高速道路だ!」
「いつ出発したの?」
子どもたちが動けるようになった。
つまり、止まった時間がまた動き始めたということだ。
突破こそできたものの、さっきの基地からはあまり離れていない。
気づかれて追いかけてくる恐れは十分にある。
「和代さん、もっと急いで!」
「精一杯とばしてますわ!」
速度メーターはとっくの昔に右端を振り切っている。
時速で考えれば二〇〇キロ近くは出ているのだろうか。
果たして敵はこの速度に追いつける手段を持っているのか……
「まっ、前っ!」
ちえりが前方を指差す。
「うわあ、戦車だ!」
子どもたちの誰かが無邪気な声を上げる。
だが、あれは自分たちを狙う敵だ。
「こ、このバスって、防弾ガラスになってるって園長先生も言ってたよね」
「仰ってましたわね」
「戦車の大砲は耐えられるのかな?」
「さあ」
和代の横顔は引きつり冷や汗をかいている。
「避けられる?」
「弾がゆっくり飛んでくるなら何とかなるかもしれませんわ」
和代が不安をごまかすための冗談を言った直後、無線機から声が聞こえてきた。
『ぜ、前方の車両! 直ちに停止しろ! こちらの指示に従わないなら砲撃する!』
あの戦車からの無線だろう。
声の様子からして、相手もかなり焦っているようだ。
いつのまにか防衛線を突破されて目の前に装甲バスが現れたにしては冷静な方だ。
和代は無線機を取って応答した。
「要求を却下します。そちらこそ砲撃されたくなければそこをおどきなさい」
いつの間にか無線機の使い方まで覚えていたのは感心したが、香織は和代の返答に対して疑問を口にせずにはいられない。
「えっと……このバス、大砲とか積んでるの?」
「通園バスにそんなものついているわけがないでしょう」
つまり単なるハッタリだ。
効いてくれれば御の字だが――
見る間に詰まって行くバスと戦車の距離。
戦車は砲台を動かして照準をつけようとしている。
「どどど、どうするのっ!?」
香織は慌てることしかできない。
和代は前を睨んでアクセルを踏みこむ。
ちえりや子どもたちは祈るように頭を伏せた。
と、何かがバスの横を追い抜いていった。
バスと比べればとても小さい光輝く球体が。
「≪
さっき香織に≪
それは猛スピードでまっすぐ前方の戦車に向かって飛んでいった。
清次が遠隔操作をしているとは思えない。
だが確かにそれは狙いを違えず砲塔に入り込んだ。
砲弾は発射されない。
和代はハンドルを切った。
動かない戦車をやり過ごす。
「いたっ」
座席についていなかった香織はバランスを崩して尻餅をついた。
その直後、後方でものすごい爆音が響いた。
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