20 決死のサポート
香織たちの乗ったバスはL.N.T.唯一の出入り口である高速道路インター傍の駐車場に停止していた。
「来ませんわね」
「うん……」
運転席から外を眺めながら和代が呟き、香織は生返事をした。
ただ待つだけの時間と言うのは存外に精神力を消耗するものだ。
子どもたちはさっきからずっと緊張した様子で黙っている。
泣いたり騒いだりしないのは流石にあの園長の教育を受けているだけある。
それでもまだ幼い子たちなのだから、いつ限界が訪れるとも限らない。
「警備が緩む時間はまだですの?」
「まだだよ。あと数時間は待機してないと」
和代はこれからの脱出劇で運転役として一番頑張ってもらうことになる。
そわそわしているのか、さっきから同じ質問を繰り返してばっかりだ。
「小石川さん。園長からの報告は――」
「もう、ちょっとは落ち着いてよ! 何かあったら起こすからちょっと寝てれば!?」
「なにか小石川さん私にだけ冷たくありませんか!?」
そうは言っても香織だってイライラしているのだ。
黙り込んだ和代を横目で見ながら入口横の座席に腰掛ける。
「あ、あれ?」
と、すぐ後ろの優先席に座っていた江戸川ちえりが変な声を出した。
「どうしたの、ちえりちゃん?」
「あの……今ちょっと、園長の様子を見てみようと思ったんですけど」
「何があったの?」
ちえりは自分の意識を宿した人形を一体こっそり保育園に置いてきたそうだ。
もちろん園長には秘密にである。
「薫園長がいないんです」
「はい?」
「だから、いないんですよ。園長の姿がどこにも見当たらないんです。代わりに何かよくわからない……血だまりが残ってます」
いなくなった園長。
あとに残された謎の血だまり。
何らかの異常事態が発生している可能性は高い。
「ど、どうしましょう小石川先輩」
「落ち着いてちえりちゃん。まだ園長先生に何かあったって決まったわけじゃないよ」
どうなっているのかはわからない。
だが、今さら引き返すわけにはいかない。
「ちえりちゃんはそのまま人形の方を見てて。もし園長先生が返ってきたらすぐに知らせてね」
「わ、わかりました」
「まったく、あの人はこんな時に何をやっていますの」
和代が苛立たしげにハンドルを叩いた。
その途端、ドン、と謎の音が車内に響いた。
「神田先輩。そんなに怒らないで下さいよ」
「わ、私じゃありませんわ!」
ドン、ドン。
また同じ音が聞こえた。
それも今度は間隔を開けて二度。
「やだ、ゆうれい……?」
子どもたちの誰かが言った。
それを機に、にわかにざわめきが広まっていく。
これまで堪えていたものが溢れだしたのか、泣き出してしまう子もいた。
「違う」
香織は即座に断じた。
これは幽霊なんかじゃない。
外から誰かが車体を叩いているのだ。
「外に誰かいるんだ。和代さん、ドアを開けて」
「わかりました」
和代の手には既に≪
いざと言う時は彼女が即座に攻撃してくれるだろう。
空気の漏れるようなブザー音と共に前部のドアが開く。
香織はゆっくりと表に飛び出した。
瞬間、それは襲い掛かってきた。
※
止まった時の中を新生浩満は悠然と歩く。
目の前を横切っても内藤清次は瞬き一つしない。
実験を台無しにしてくれたこの男には、相応の罰を与えなければならない。
「そらっ!」
掛け声と共に腹部にパンチをお見舞いする。
浩満は背を向けて少し離れた場所まで移動し、時間停止を解除した。
「ぐっ……」
動き出した清次が辛そうに腹を抑えた。
倒れることはなく、キョロキョロと周りを伺っている。
すぐに浩満と目が合った。
間髪いれずに清次は≪
猛スピードで飛んでくるエネルギーの塊も、周囲の時間を止めれば直ちに動きを停止する。
「無駄だって、わからないのかなあ?」
独り言ちながら光球の脇を通り抜けて、さっきと同じ場所に蹴りを入れる。
元の場所に戻ろうとして、浩満は背後からも光球が接近していたことに気づいた。
フェイントを入れたり、予想外の角度から攻撃したり、少しは考えているようだ。
本来の持ち主でもないくせに多角的な操作が必要な≪
しかし無駄である。
「がはっ!」
時は動き出す。
清次は苦痛の声を上げた。
「無駄だって言ってるじゃないか。いくら頑張っても私に攻撃を当てることはできないよ」
どんな素早い攻撃をしようと、この距離なら見てから時を止めて対処できる。
どれほど≪
「ちくしょうっ……」
また攻撃を仕掛けてくると思ったが、清次は足もとの光球に飛び乗って後方へと逃げた。
「おいおい、どこに行くんだ」
清次はペデストリアンデッキの下から出て上空へと逃げる。
時を止めて追いかけると、ビルの五階ほどの高さで停止していた。
奴はこちらを振り向いて強く睨んでいる。
逃げようとしたのではないのか?
浩満は時間停止を解除した。
「食らいやがれっ!」
清次が叫ぶ。
柱の陰から光球が飛んできた。
上空を見ていたら死角になる位置から、三つ同時に。
「だからさ、無駄だって」
浩満は慌てず時間を止めた。
が、今度は歩いて近寄ることはできない。
面倒な位置に逃げられたな。
そろそろおしまいにしてしまおうか。
浩満は三方向から近づいてくる光球に自ら近づいてそっと右手で触れる。
時間解除。
「あ、あれ?」
清次が不思議そうな声を上げた。
光球が思うように動かせないのが不思議なのだろう。
浩満が触れた三つの光球はその場で完全に固定されてしまっている。
「な、何をしやがった!」
「教えてやるつもりはない。だが、それはもう使い物にならないよ」
神器≪
あらゆる物体、動き、概念すらも停止させる能力である。
物質をその場に固定させることなど造作もない。
「いい加減に隠し玉を出した方がいいんじゃないのか?」
「な、なんのことだよ」
「とぼけるなよ。私が気付いていないとでも思っているのか」
清次は足もとにある二つと合わせても、さっきから五つの光球しか使っていない。
残り二つをどこかに隠し、隙を見て奇襲を仕掛けるつもりなのは明らかだ。
それを出させて動きを止める。
そうすれば足もとの光球も使わざるを得ない。
時間を止めた中を歩くだけとはいえ、ちょこまか逃げ回られると面倒だ。
しかし、いつまで経っても次の攻撃はやってこない。
「どうした? そうやってずっとバカみたいに宙に浮いているつもりか?」
攻撃を促すために挑発をする。
ところが清次は憎たらしげにニヤリと笑い、
「それでもいいかもな。ずっとそうやってどこから来るかわからない攻撃に怯えていろよ」
「……ちっ」
浩満は不快感に眉根を寄せた。
まさか空に逃げたくらいで安全になったと思っているんじゃないだろうな。
「実験動物の分際で生意気な口を利くんじゃない。もういい、殺してやる」
どこに逃げようが安全な場所などない。
お前を捕まえる手段はいくらでもあるんだよ。
時間停止。
止まった時の中、浩満はまず近くにあると思われる光球を探した。
「くそ、どこに隠した……?」
いくら探しても見つからない。
仕方ないので先に本体へ攻撃を仕掛けることにしよう。
清次から一番近くのビルに入る。
階段からゆっくりと上の階を目指す。
五階にたどり着いた。
近くのテナントに入って窓を開ける。
ここから清次が浮かんでいる所まではまだ数メートル離れている。
廊下に戻って周りの見回すと、ビル内の小さな本屋を見つけた。
適当に棚から本を取り除いて中板を外す。
その板を窓から外に出して空間に『固定』させる。
それを何度か繰り返したら、即席の橋の出来上がりだ。
板の橋を伝って清次の前に立つ。
まずは足もとの光球を完全に停止させる。
それから清次の体を少しだけ押した。
「さようなら、だ」
即座に時間停止を解除。
時が動き始めると同時に清次は地面に向けて落下を始めた。
その様子を浩満は腕を組んで見下ろした。
安全地帯から遥か下の地面へ真っ逆さまなのだ。
さぞや絶望に染まった顔を見せてくれることだろう。
そう思っていたのだが――
「よう馬鹿社長。一体どれくらいの時間を停止させた?」
落下しながらも、内藤清次は勝ち誇ったような表情を浮かべていた。
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