12 破壊工作
香織がちえりと合流して赤坂薫の保育園に戻ってから二日後。
内藤清次は千田中央付近の高層マンションにいた。
傍らには白い翼の少女。
彼女は自分の本名を頑なに空人以外の人間に教えない。
自らのことをミス・スプリングと名乗り、清次もそれに倣って呼んでいた。
「行くぞ」
「うん」
声をかけるとミス・スプリングは頷いた。
清次は荏原恋歌のゾンビ人形から奪ったジョイストーンを握り締める。
そして、すでに自らの能力とした最強クラスのJOY≪
光球三つを一か所に集めて高速回転させる。
これは荏原恋歌が『三連星』と名付けていた必殺技だ。
通常の三倍以上の威力となったそれを、目の前のドアに叩きつける。
激しい音が鳴り響く。
ドアが外れて部屋の中へ吹き飛んでいく。
清次はすぐさま七つすべての光球を室内に飛び込ませた。
光球を奥へと送り込み、視界の届かない場所で滅茶苦茶に暴れさせる。
「うぎゃあっ!」
中から男の叫び声が聞こえてきた。
それに構わず≪
しばらく聞こえていた声がやがて消えると、清次たちは部屋の中へ入っていった。
マンションは2DKの間取り。
廊下の先にあるダイニング兼キッチンはすでに人の生活できる空間ではなくなっていた。
テーブルが割れ、棚が倒れ、壁には無数の穴が穿たれている。
奥の部屋はもっと悲惨な状況になっていた。
散乱した書類やデータディスク。
跡形もなく砕けたパソコンのディスプレイ。
それらが散らばる床の中に、血塗れで倒れている男の姿があった。
別の場所には壁にへばり付いて目を見開いている白衣の姿。
体を何度も打たれ、腹には大きな穴が空いている。
赤黒い内臓が飛び出していた。
だが、そんな死体はどうでもいい。
「見ろよ。明らかに普通じゃねえぞ」
部屋の中には生活感を感じさせるテレビやタンス、冷蔵庫、ベッドなどが置かれている。
そのすべてが光球によって破壊されているが、一見して異様なのはすぐにわかった。
タンスやベッドの割れた中までぎっしりと機械が詰まっている。
よく見れば割れた壁から無数の配線が飛び出している。
「この部屋全体が巨大なコンピューターってことか……」
「そうみたいだね」
ミス・スプリングは遠隔監視カメラの軌道から本物の研究所を探っていた。
その場所はすぐに見つけることができたが、カメラが集まる場所は一つではなかったのだ。
ここみたいな街中の一室。
それこそ東から西、北から南まで。
L.N.T.の至る所に真の研究所があったのだ。
夜の住人と呼ばれた学生たちが争っていた千田中央駅付近にも多くの研究所があった。
驚くべきことに爆校や美女学の敷地内にも出張所があるらしい。
火災で消失する前は水学にもあったのだろう。
遠隔監視カメラで運ばれたデータは、すぐさま各研究所でデータベースとして保管される。
おそらくは将来的にそのデータを使って死者を生き返らせるため……
ゾンビ人形を作り出すためである。
死してなおラバースに利用される若者たち。
彼らの事を思えば、腹の底が煮えくりたつような気分だった。
ならば集めたデータを消してやることが、清次たちにできる精一杯の弔いである。
「これで何人くらいのデータが消えたんだろうな」
「わかんないよ。でも、それほど多くはないと思うよ」
「研究所の数は街全体でいくつだっけ?」
「ここを入れて1014」
気が遠くなる数だ。
だが、やらなければならない。
「全部潰す必要はないと思うよ。データを保管してある場所は限られてると思うし、千田中央付近を中心にやっていけばかなりの数を減らせると思う」
「だな。根気よくやっていくしかないか」
「私は空人くんさえ見つかればそれでいいんだけどね!」
ミス・スプリングの千里眼を持ってしても、空人の居場所は見つけることができなかった。
新生浩満の所在やジョイストーンの保管場所も不明である。
ならば片っ端から研究施設を潰して回るだけだ。
被害が限度を超えればやがてあちらから姿を現すだろう。
二人はそういう結論に達した。
ミス・スプリングの目的は空人を助け出すこと。
破壊と捜索の両方を行いたい清次にとっては非常に都合がいい。
「さて、次の場所に行きますか。すぐ近くにあるんだっけ」
「このマンションの三つ上の階だよ」
「エレベーターで行くか?」
「窓から行った方が速いよ」
言うが早いかミス・スプリングは外に出てベランダに立った。
エンジェルタイプのJOY≪
目を見張るような純白の翼が背中に出現。
彼女は柵を越えて飛び出し、翼を広げて舞い上がっていった。
清次は足もとに≪
二つの光球をまったく同じ軌道で動かすのは慣れるまでが非常に大変だった。
しかし自在に空を飛べるようになった快感は筆舌に尽くしがたい。
もっとも、あまり楽しんでいる余裕はないのだが。
清次が三階上の部屋に着いた時にはすでに終わっていた。
ミス・スプリングが窓から研究施設のある部屋に向かって指を向ける。
すると彼女の目の前に半透明なオレンジ色の壁が現れた。
彼女はツン、と指先でそれを押す。
壁は障害となる物を根こそぎ押しやりながら部屋を潰していく。
機械が破壊され、人間の絶叫が響く。
それは次第に恐怖から悲鳴へと変わっていく。
やがて潰れたカエルのような声を最期に静かになった。
部屋の中はすべてが潰れていた。
反対側の壁に機械の残骸と人だった肉片がへばり付いている。
エンジェルタイプの絶対防御壁の密度を高めて押しやっただけの単純な攻撃である。
だが、それを逃げ場のない室内でやられてはたまったものではない。
人間が壁と壁に挟まれて生きていられるわけがなかった。
「エッグイなぁ……」
部屋の中の惨状を眺めながら清次は呆れた声を出した。
「でも、手っ取り早いでしょ?」
「別にいいけど、中に空人がいたらどうするんだよ」
「大丈夫だよ。空人くんが近くにいればすぐにわかるもん」
「はいはい純愛純愛」
ともかくこの調子で施設を潰して回れば、ラバースの奴らもいつか動きを見せるだろう。
「んじゃ、こっから先は手分けするか」
「そうだね。私も一人の方がやりやすいし」
「オレは空人がいるかどうかは見なきゃわかんないから時間はかかるぜ」
「別にいいよ。他の場所はわかってるの?」
「昨日のうちに散々頭に叩き込んださ」
勉強嫌いな清次だが、半日で驚くべき量を記憶した。
本気で成したいことがあれば何でもできるもんだと思う。
もう止まるつもりはない。
仮にラバースが何の動きも見せなくても構わない。
一週間もかければL.N.T.にある全部の研究所を破壊することも可能だ。
「じゃ、また後でな」
言うが早いか、清次は足もとの≪
「空人君を見つけたらすぐに呼んでね!」
ミス・スプリングも≪
赤坂綺の≪
暴徒どもがちょっかいをかけてきたとしても、問題にもならずに排除できるだろう。
研究の成果を失いたくなければラバースは自ら対処するしかない。
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