9 親友のジョイストーン
「無事だったの? 今までどこにいたの? 空人君たちは? なんで≪
「落ち着けって。質問は一つずつにしてくれよ」
混乱のあまり矢継ぎ早に質問する。
そんな香織を清次は冷静に落ち着くよう諭した。
清次は足もとの光球を操ってゆっくりと香織の前に降りてくる。
やはり間違いなく≪
それも見事に使いこなしている。
「一つずつ答えるぞ。幸いオレはまだ無事だ。赤坂さんが死んだ後にラバース社の刺客に捕まりそうになったけど、撃ち殺された幻覚を見せてやり過ごした。ラバースもオレは死んだと思っているはずだぜ」
なるほど、それなら放送に清次の名前がなかったのも頷ける。
「二つ目の答えだけど、ラバースに見つからないように隠れていた。は……ミス・スプリングさんに協力してもらって、監視の目を避けながらあちこち逃げ回ってたんだ」
「彼女も無事なんだ」
もうひとりの仲間の安否がわかって香織はホッとした。
しかし、清次の顔は険しいままだ。
「彼女とオレの二人はな。だけど、空人は……」
「空人君は?」
「ラバースに捕まっちまった」
清次は地面を睨みながら苦々しげに言葉を吐いた。
「詳しい説明は省くけど、あいつは自分の手で赤坂さんを殺したせいで混乱してたんだ。後から出てきたラバースの忍者みたいな女や、荏原恋歌そっくりな姿をした奴を殺して、その直後に黒服の刺客に変な銃で撃たれて気絶させられて……そのまま連れて行かれちまった」
荏原恋歌の姿をした奴というのはラバースが復活させたゾンビ兵士で間違いないだろう。
忍者みたいな女とは香織が和代と協力して撃退した双葉沙羅のことか。
空人が赤坂綺を殺したという事実も衝撃的だったが、そこは深く突っ込まなかった。
今は何よりも仲間の行方が大事である。
「空人君はいったいどこに連れていかれたんだろう……」
「それはミス・スプリングさんが調べている」
ミス・スプリングは千里眼の能力を持っている。
それでラバースの研究所も見つけ出した。
そこは結局、ダミーであったが……
「そういや遠隔カメラの動きには一定の法則があるらしいぞ。決まった道には絶対に近寄らないんだと」
「それは知ってるけど、よく気づいたね」
全体をしっかり見なければ気づくことではない。
能力に頼るだけではなく、彼女自身の観察力も鋭いようだ。
「じゃあこれは知ってるか? 地域ごとに必ず定期的にカメラが通る場所がある。巧妙に隠してるけど、奴らは映した映像を各地の中継地点に集めてるんだ」
「中継地点……ってことは」
「そこから別の場所にデータを送っているってことさ。奴らがデータを集積させる場所、そこに本物のラバースの研究施設があるはずだ」
本物の研究施設。
星野空人もきっとそこにいる。
「彼女は今、中継地点の一つを調査しに行ってる。上手くいけば研究施設の場所もわかるはずだ」
「見つけたらやっぱり乗り込むつもり?」
「乗り込んで今度こそメチャクチャに暴れてやる。小石川も協力してくれないか? このまま逃げ続けたって殺されるか捕まって奴らの言いなりにされるだけなら、いっそ――」
「あ、あのね。内藤君。実は……」
香織は園長に出会ってから現在までのことをかいつまんで清次に話した。
L.N.T.からの脱出という考えは清次の中にはなかったようだ。
驚いた様子ながら真剣に香織の話を聞いてくれた。
本物の研究所なら、きっと警備も並大抵ではないだろう。
苦し紛れに暴れ回って無駄死するくらいなら、清次たちも一緒に来て欲しい。
そう思って香織は必死に説得をした。
思い留まってくれるよう、自分たちと一緒に来てくれるようにと。
しかし、彼には届かなかった。
「わかった、それじゃ小石川は誘えないな。子どもたちと一緒にいてやってくれよ」
「内藤君も一緒に」
「それは無理だ。万が一にも空人を助けられる可能性があるならオレは行く……それに」
清次はジョイストーンを香織に放って寄こした。
どこかで見たような気がする薄緑色。
「これって……」
「≪
「っ!」
香織の親友、戦いの中に散った本郷蜜のジョイストーンである。
「最後の質問に答えるぜ。この≪
「蜜ちゃんは……?」
「北部住宅街に墓を作ったから、今は安らかに眠ってるさ」
清次はジョイストーンを握り締め、強い意志を秘めた目で言葉を紡ぐ。
「研究施設には同じように死んだ後でゾンビにされた人たちがいるんだろう。L.N.T.の学生たちは確かにバカばっかりやってたけど、だからって道具にされるために生きてたわけじゃない。死んだ人間を冒涜するような研究をしてる施設。ぶっ潰して弔ってやらなきゃ、みんなだって浮かばれないだろう」
ラバースに乗せられたとはいえ、生徒たちは憎しみを持って互いを殺し合う過ちを犯した。
だからと言って、死してなお辱められるようなことが許されるわけがない。
清次の決意は固く、香織は説得の言葉を持たなかった。
むしろ彼に協力したいとすら思ってしまう。
「私も一緒に」
「ダメだ。お前は外に逃げろ」
迷いが生じた香織を清次は強い口調で止める。
「研究所を潰したとしても、ラバース社っていう大企業は微塵も揺るがない。お前たちが生きて外から変えてくれなきゃいけないんだ。オレは皆の弔いを果たす。お前はL.N.T.に暮らしていた人たち全員の希望になってくれ」
香織は俯いた。
痛いほどに強く歯を食いしばって。
死地に向かう友人に対してできることは何もない。
自分たちにできる仇討ちの方法をさがさなければいけないのだ。
「それじゃオレは行くぜ。作戦決行まで生きてることが知られるわけにはいかない」
「待って」
香織は倒れている男たちの服を探った。
清次の攻撃に手加減はなく、すでに全員こと切れている。
その中の一人がメモ用紙とボールペンを持っていたので、それを使ってさっと地図を書いた。
「ギリギリまでここで待ってる。もし研究所を破壊して無事に空人君も助け出せたら、内藤君もここに来て。最後まで生き延びることをあきらめないで」
清次は少しの逡巡の後、素直にそれを受け取った。
「わかった。ありがとな」
作り笑いだとわかっていても彼が無事に合流してくれると香織は信じたかった。
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