7 安全ルート
「私が迎えに行くから、ちえりちゃんはそこで待ってて」
『危険です! 私よりも小石川センパイの方が狙われてるんですよ!』
確かにちえりの言う通り、ラバースからマークされているのは香織と和代の方だ。
しかし、後輩を危険な目に合わせるわけにも……
「どうした、誰と喋っている?」
「ひゃっ!?」
声に振り向いたら、目の前に恐ろしい顔があった。
いつの間にか園長が後ろに立っていた、
反射的に人形を隠してしまう。
「ど、どうしたんですか? 和代さんの運転の練習は?」
「あまりに文句が多いから先にマニュアルを読ませている。それより、その人形はなんだ?」
どうやら見られていたらしい。
だが、よく考えれば別に隠す必要はないのである。
むしろ協力を得られたらちえりと合流する芽も見えてくるのではないだろうか。
「あ、あの……実はこれ、私の後輩の能力で……」
香織は手短に事情を説明した。
ちえりのJOYは非常に珍しいタイプの能力だ。
信じてもらえるかどうかは問題だったが、園長はしっかり話を聞いてくれた。
「事情はわかった。ついて来い」
※
香織は園長と一緒に保育園の一番奥にある部屋に入った。
どうやら資料室のようだ。
本棚にはいくつもの書籍が並んでいる。
園長はその中から一枚の地図を取り出して机の上に広げた。
「保育園がこの位置にある」
園長は架住宅街の外れにある森の近くを指さした。
香織たちが隠れていた菜井地区の植物園から小川を少し下った辺りである。
ここからそう離れていない北部住宅街を長いこと拠点にしていたが、こんな場所に保育園があったとは今まで知らなかった。
地図にはいくつかの赤線が引いてあり、その一端が保育園に繋がっている。
「赤線の上を辿っていけば監視カメラに映ること絶対にない。仲間に会いたいのならこの線上のどこかで待機させて迎えに行けばいい。暴徒にさえ気を付ければ危険は少ないだろう」
「安全地帯ってことですか? なんでそんなものが……」
「新生との協定で不可侵領域を決めてある」
「新生ってまさか」
「ラバース社長、新生浩満だ」
ラバース社長との協定。
「疑わしく思うか?」
この園長は一体何者なのだろう?
今更ながらそんな疑問が香織の頭によぎる。
「いえ」
しかし香織はあえて疑問を無視し、園長を信じることにした。
子どもたちをラバース社から守りたいと言ったあの時の気持ちが嘘だとは思わない。
「ちえりちゃん、今いる場所は?」
香織がフェルト人形に話しかける。
人形は体操をするように体をくねらせた。
五秒ほど経ってから後輩の声が質問に答える。
『梨野四丁目の廃ビルの中です』
千田中央駅のすぐ西側。
繁華街の外れである。
「何でそんな遠い所に……」
『仕方なかったんですよ! 小石川センパイたちの所に行く途中でフリーダムゲイナーズの残党に囲まれちゃって、ビルから飛び降りたフリして何とか逃げ延びたんですけど、気づけば周りは暴徒ばっかりで、身動きも取れなくなっちゃって、人形に食糧を集めさせてなんとか生きてはいるんですけど……』
ちえりはちえりでかなり大変な目に合っていたらしい。
好都合なことに安全ルートは梨野四丁目の手前ギリギリまで伸びている。
千田街道を挟んですぐの場所に赤線の一端があった。
「近くまでなら安全に迎えに行けるみたい。周りに暴徒はいる?」
『夜になれば少しくらいは出歩けるかなって程度です』
「正確な住所とかはわかる?」
『流石に番地までは……あ、斜向かいに歯医者の入ったビルがあります』
「それならここだな」
横で話を聞いていた園長が地図を指差す。
その位置だったらほぼ赤線上だけを通ってたどり着ける。
千田街道を横切る所が切れ目になるが、そこだけカメラに気を付ければ良いだろう。
「じゃあ、明日中には迎えに行くよ」
香織はちえりにそう告げた。
「今夜だけは誰にも見つからないよう気を付けてね」
『わかりました。がんばってみます』
「がんばって」
フェルト人形を胸に抱き、香織は力を分け与えるように後輩を励ました。
「このビルに行くのか」
園長が難しい顔で改めて確認する。
「後輩を迎えに行きたいんですけど、ダメですか?」
「いや、そうではない。ここへ行くのならついでに頼みたいことがある」
園長は地図上のちえりが待っている建物の隣を指差して言った。
「このすぐ傍に大きな保育園がある。そこには俺と同じように子どもたちの面倒を見ている男がいるんだが、奴は自分のところの児童を外に逃がすことに反対していてな」
L.N.T.の規模を考えれば他にも保育園があってもおかしくない。
街の中心部だけあってここよりも沢山の子どもたちを預かっているそうだ。
赤線の安全ルートはどうやら、各地の保育園をつなぐために設けられているらしい。
「脱出には危険が伴うのは確かだが、放っておけば次の実験に組み込まれるだけだ。できるなら説得して何人かだけでもこちらに連れてきてほしい。バスの座席に余裕はあると伝えてくれ」
「わかりました。説得してみせます」
「地図は持っていけばいい。監視カメラはこのルートに入れない約束になっているが、お前たちを狙う刺客はその限りではない。絶対安全とは考えずに十分注意した上で行動してくれ」
「はい」
香織は頷き、もう一度フェルト人形を強く握りしめた。
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