5 L.N.T.からの脱出

「南東部にある高速道路インターを知っているか?」

「も、もちろんですわ」


 L.N.T.南東部にある高速道路インター。

 そこは実在が知られている唯一の出入り口である。


 すでに記憶の彼方ではあるが、和代たちも六年前この街に来る時にそこを通っているはずだ。

 他にも社用の貨物線などがあるらしいが地図を見てもそれらしき場所はわからない。


「ですが、多くの見張りがいると聞いていますわよ」

「その通りだ。銃器で武装した兵士が常時一〇〇人以上監視している」


 園長から返ってきた答えは和代の予想以上であった。

 過剰とも思える戦力は能力者の正面突破を防ぐためだろう。


 簡単に抜け出せるのならとっくに誰かが脱走しているはずだ。

 猫の子一匹L.N.T.からは出さないという強固な意志が感じられる。


 それにしても銃器で武装とは……

 この街を裏で操っている者たちの闇はどこまでも深い。

 今にして思えば、アカネの月に武器を横流したのもラバース社だったのだろう。


「当然、突破する方法も考えてあるのでしょうね」

「普通に向かったら当然蜂の巣になるが、こちらには装甲車がある」

「そ、装甲車……?」

「表にバスが停めてあるのが見えるだろう」


 ちらりと窓の外を見る。

 幼稚園のスクールバスがそこにあった。

 デフォルメされた動物の可愛らしい絵が描かれたマイクロバスだ。


「外見はただの園バスだが、窓はすべて強化ガラス。車体はロケットランチャーの直撃を受けても傷一つつかない装甲になっている」


 なんでそんなものがよりによって保育園バスに偽装されているのだろう。


 しかし、それなら脱出の可能性はある。

 あるいは正面から強硬突破することも可能だろう。

 ラバースの武装兵士がロケットランチャー以上の武装を持っていないとも限らないが……


「手段として可能なのはわかりましたが、それなら逆に私たちに協力を要請する必要があるのですか? あなたが子どもたちを率いて行けば良いのでは?」

「悪いが、俺はL.N.T.に残るつもりだ」

「なぜでしょう?」

「何故お前たちを選んだのかという質問から答えよう。これ以上ない適役だからだ。護衛としての力も申し分なく、これ以上L.N.T.に居続けるのが不可能なのもわかっているだろう。外に出ればラバース社に対して復讐を果たす機会もある。お前たちにとっても悪い話ではないはずだ」


 悔しいが、園長の言う通りだ。

 閉じられた街で逃げ回るには限界がある。

 戦うとを決めたのはいいが具体的な戦略があったわけでもない。


 ラバース運営の本拠地を探し出して特攻を仕掛けたとしよう。

 それでも精々、数十人の下っ端を倒して終わり。

 与えられる損害は微々たるものだ。


 たった二人でやれる事には限度がある。

 玉砕覚悟で戦っても、最後には捕まるしかない。

 最終的には処刑されるかラバースのゾンビ兵士にされるだけだ。


 本気でラバース社に挑もうとするのなら、まずはこのL.N.T.の外に出なければならない。


「選択の余地はなさそうですわね。香織さんはどうお考えですか?」

「私もそれが一番いいと思う」


 サラダに刺したフォークをぐりぐりしながら香織は頷いた。

 お行儀が悪いですわと思ったが口にはしなかった。

 気づけば子どもたちも食事を再開している。


「子どもたちの教育も外で行う方が健全でしょうしね」


 和代は再び園長に向き直った。


「では、もう一つの質問の答えは? 大事な子どもたちを私たちに預けてまで、あなたがL.N.T.に残る理由とは一体なんなのでしょう」

「L.N.T.にはこの子たち以外にもまだ多くの児童が残っている。これから生まれてくる命もあるだろう。ラバース社の行う次の実験でも、できるだけ多くの子供たちを守ってやりたいんだ」

「……は?」


 次の実験。

 これから生まれてくる命。

 園長の言っている意味が和代にはよくわからなかった。


「何を仰っていますの? まるでL.N.T.がまだまだ存続するようなことを……」

「今は最終期の混乱段階にあるが、やがて運営の手ですべてがリセットされる。ラバース社は新たな若者を集めて能力者研究を再開することだろう」


 すべての陣営の壊滅。

 乱れた治安。

 暴動。


 L.N.T.の現状はすでに終末の様相を呈していた。

 当然、この街は二度と平穏を取り戻すことなく終焉に向かうものだと思っていた。

 思うまま操れるゾンビ人形の開発も多くの犠牲の上に成功し、悔しいがラバース社にとって能力者研究は最高の形で終わった。


 終わった。

 そう思っていた。


「まだ繰り返そうと言うのですか……!?」

「落ち着け。ここで怒っても意味はない」


 わかっている。

 外の世界に今回の事件は何一つ伝わっていない。

 今いる若者がいなくなっても、ラバース社は何も知らない新たな能力者候補を呼び寄せるだけだ。


「今回の実験で生き残っている住人たちはどうなるのです」

「子どもたちは次の能力者候補になるだろう。学生や大人は運が良ければ新たな運営スタッフとして雇われるかもしれない。宝くじに当たるより低い可能性だろうがな。選ばれなかった者たちは……」


 ゾンビ兵士にされるか、抹殺される。

 どちらにせよ、生きて外に出られることはない。


「そう、最初から使い捨てるつもりでしたの」


 和代は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けた。

 腹の底に溜まるような怒りを無理やり散らす。

 自分が出来ることを考えなくてはならない。


 園長は犠牲者を少しでも減らすため、子どもたちを外に逃がそうとしている。

 そして彼は次の世代のためにあえて危険に身を投じるつもりだ。

 ならば和代もその気持ちに応えなくてはならない。


「わかりました。子どもたちを逃がす役目、お引き受けいたします」

「やってくれるか」

「ただ、問題があります。私も香織さんもバスの運転なんてできませんわ」

「もちろん手取り足とり教えるさ。決行日までに脱出ルートも頭に叩き込んでもらう」

「やると決めたからには精一杯やらせていただきます。ぜひご教授お願いいたしますわ」


 和代は園長と約束を交わし、L.N.T.脱出の決意を固めた。


 次の行動を決めたら腹ごしらえだ。

 和代は手つかずのままだった食事を再開した。

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