4 保育園

 長机の上座に強面のヤクザ……もとい、保育園の園長が。

 その左右に和代と香織が、そして年長者から順番に子どもたちが座る。

 目の前にはシチューにハンバーグ、サラダ、スープ等の美味しそうな食事が並んでいる。


「礼」


 園長の号令で子どもたちが合掌、目を閉じる。


「食べ物の神様に、農家や牧場の人たちに、そして料理を作ってくれた小石川お姉さんに感謝して。いただきます」

「いただきます!」

「い、いただきます」


 香織はちょっと照れながら同じように合掌する。

 和代は黙って小さく胸の前で十字を切った。


「神田さんはキリスト教なのかね」

「習慣になっているだけですわ。気に障ったなら止めます」

「いやいや、そういうつもりはないんだよ」


 問題なのは周りと合わせない協調性のなさであることは自覚している。

 別に熱心な信徒というわけでもないので、それ以上話を広げるつもりはなかった。


 それよりもお腹が空いた。

 遠慮なく食事をいただくことにする。


「でも本当によかった。神田さんが目を覚ましてくれて」


 ハンバーグを切り分けていると、香織が嬉しそうに笑顔を向けてくる。


「当て身の力加減を間違えたついうっかりで殺されちゃ堪りませんわ」

「いやあ、本当に済まなかった……」

「もういいですわ。どんな能力かは知りませんが、負けたのは事実ですから文句を言う気はありません。それにしても≪天河虹霓ブロウクンレインボー≫ですら防ぐとは……JOYやSHIPとは別系統の能力なのでしょうか?」


 やはり教えてくれないだろうとは思ったが、ダメ元でもう一度だけ聞いてみた。

 小耳に挟んだ話だが、国外にも超能力に類する力を研究をしている機関があるらしい。

 その使い手がL.N.T.にいる理由は皆目見当がつかないが、考えられる可能性はそれくらいである。


「申し訳ないが、能力というのがよくわからないんだ。さっきも言った通り、俺の武器はこの鍛え上げた肉体だけなんでな」

「つまり、攻撃を通さないその体こそが能力の神髄というわけですわね」


 SHIP能力と同じような肉体強化型か。

 和代はそう結論付けて話を切り上げようとしたが、


「あのね和代さん。園長先生、本当に能力者じゃないんだよ」


 香織が恐る恐る口を挟む。

 彼女の表情は何かに怯えているみたいだった。

 あるいは自分自身でも信じられないことを口にしているのか。


「≪天河虹霓ブロウクンレインボー≫はJOYでもSHIPでも、たぶん他の系統の能力でも、超常の力なら問題なく吹き飛ばせるはずなんだ。実際に試したことはないけど、ずっと前にミイさんが言ってたから間違いないと思う」


 嫌すぎる名前を久しぶりに聞いて心がささくれ立ったが、それはこの際おいておく。


「≪天河虹霓ブロウクンレインボー≫が通じなかったのはこの方が無能力者だからと? ええ、それなら理解できますわ。では私の≪楼燐回天鞭アールウィップ≫が効かなかったことや、Dリングの守りを身に着けていた私たちが一撃で倒された事はどうやって説明すると言うのですか?」

「えっと、それはたぶん」

「この鍛え上げた筋肉のパワーだな」


 園長が両腕を上げて力こぶを作ってみせる。

 確かにすごい筋肉である。

 だが……


「冗談じゃありませんわ!」


 鉄板に穴を空けられるほどの威力を持つ≪楼燐回天鞭アールウィップ≫だ。

 単なる筋肉に防がれたなど信じられるわけがない。

 それこそプライドに関わる問題である。


「いや、冗談ではないのだが」

「素手で能力者を圧倒? そんな人間が存在してたまりますか。私たちの立場はどうなるのです」

「こう見えて若いころは地上最強を目指していたからな。たとえ非常識な力を持っていようが、まだまだ若い者には負けんよ」


 もしかしてこの人はアホなのではないでしょうか。

 頭が爆発しそうなので、和代は考えるのを止めることにした。


 アホなら仕方ない。

 能力が通じなくても仕方ない。

 負けても仕方ない。


「……で、その地上最強の方が、私たちをさらって何をするつもりなのですか」


 やけ食いのつもりでサラダをがっつきながら核心に触れる質問をする。

 まさか料理を作らせるためにお尋ね者を横取り誘拐したわけではないだろう。


 園長は声を低くして真面目に答えた。


「子どもたちを連れてこの街を脱出してほしい」


 和代はフォークを握る手を止めた。

 口の中の野菜を咀嚼してから飲み込む。

 ナプキンで口元を拭いながら園長を睨んだ。


「それは、どういう意味でしょうか」

「言葉通りだよ。このふざけた街からこいつらを救ってやってくれ」


 気がつけばさっきまで騒がしかった子どもたちが黙っていた。

 L.N.T.からの脱出、それは和代たちも一度ならず考えたことがある。


 しかし……


「それが可能なら喜んでそうしましょう。ですが、このL.N.T.は私の知る限り、五年以上も誰一人として脱出することが叶わなかったと記憶しています。そんな街から抜け出す術があると仰るのですか?」

「ある」


 園長は頷いてハッキリと答えた。

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