3 子供たちと園長せんせい

 気がつくとベッドの上に寝かされていた。

 和代は起き上がって周囲を見渡す。


 大部屋だ。

 ログハウスの中みたいな木造りの壁である。

 幼い子どもが描いたらしいクレヨン描きの絵がたくさん飾ってある。


 視線を左から右へと移す。

 ある一点を見たところで思わず叫びそうになった。

 和代の真横で様子を窺うように顔を覗き込んでいる男の子がいたからだ。


 男の子、である。

 四、五歳くらいの少年だ。


 彼はベッドから飛び降りると、ドアの方に向かって歩きながら少年特有の高い声を上げた。


「ねー、えんちょうせんせー! せいとかいちょうさんがおきたよー!」


 少年が出て行ってしばらくの間、和代は状況が飲み込めず呆然としていた。


 ええと、確かラバースの追手にやられたはずでは?

 とすると、ここはラバースの研究施設なのか。


 それにしては設備らしい設備もない。

 部屋の造りもほのぼのとしている。

 あと、さっきの少年は何なのか。


 考えても答えは出てこないと知りつつ思考を巡らせていると、複数の足音が近づいてきた。

 和代は反射的にポケットに手を入れる。

 意外にもジョイストーンは奪われていなかった。


 あの開いているドアから敵と認識できる相手が姿を現したら、即座に震動球をぶち込んでやる。

 ……つもりでいたのだが、


「神田おねえちゃんおはようー」

「目がさめてよかったね」

「ねー」

「園長せんせい、やりすぎたって反省してたよ」

「みんな、まずは挨拶しなきゃだめだよ」

「せいとかいちょうさん、おはようございまーす」

「おはようございまーす」


 現れたのは子供たちである。

 それも、いっぱい。


「……は?」


 さっきの少年と同じ歳くらいの未就学児童と思われる幼子たち。

 彼ら彼女らはキンキンと頭に響く大声で元気よく挨拶をする。


「気がついてくれたか……よかった、本当によかった……」


 その後ろに場にそぐわない男がいる。

 和代たちを倒した強面の猛者だ。


「あなたは……っ!」


 和代はベッドから起き上がった。

 しかし、途端にバランスを崩して膝をつく。


 やられたダメージが残っている。

 だが、ここで倒れるわけにはいかない。

 気力を振り絞って起き上がろう……としたが、


「まだ起きちゃだめだよー」

「怪我がなおるまで、おねんねしてましょうね」

「園長せんせい、やりすぎ」

「やりすぎー」


 子どもたちに取り囲まれてベッドに押し戻されてしまった。

 これではJOYを使うわけにもいかない。


 しかし、集団とはいえ子どもに体を持ち上げるとは。

 強面の男は両手を上げ、和代と距離を取ったまま恐る恐る口を開いた。


「敵意はない。昨日は話を聞いてくれそうになかったから止むなく反撃しただけだ。君を傷つけるつもりもラバースに売り渡すつもりもなかった。それは信じてくれ」

「……あなたはラバースの追っ手ではないのですか?」

「えんちょうせんせいは、えんちょうせんせいだよ」


 近くの女の子が代わりに答える。


「最初にちゃんと説明しないからだよ」

「誤解されるえんちょうせんせいがわるいよ」


 男の子が二人で左右から責める。


「ええい、悪かった! この子の言う通り、俺はラバース社の関係者ではない。ともかく、殴ったのは謝る。詫び代わりにもならんだろうが、気が済むまで殴ってくれて構わない」


 和代は呆れた。

 そうなら最初から言ってくれればよかったのに。

 というか、一日も気絶しっぱなしだったことの方がショックだった。


「もういいですわ。私もよく確認せず敵と決めつけていましたし、≪天河虹霓ブロウクンレインボー≫すら効かない相手を殴っても意味がないでしょう。一体どんな系統の能力をお持ちなんですか」

「能力? あえて言うならこの鍛え上げた身体だが……俺だって殴られたら痛いぞ」

「園長せんせいは、はがねの肉体をもってるんだよ」


 意味がわからない。

 単なる筋力で能力を防げるわけがないだろう。


 おそらく、自分の能力を公言するつもりはないのだろう。

 慎重な能力者なら別段不思議なことではない。

 まあ深く詮索してもしかたないか。


「それより香織さんはどこにいるのですか。」

「あー、あの子はな……」


 男は歯切れ悪く視線を逸らす。

 その姿を見て、和代は不自然なことに気づいた。


 香織は自分より先にこの男に気絶させられた。

 ならば当然一緒に連れて来られたはずだ。


 これだけ広い部屋がありながら、和代と香織を別々の場所に隔離したのは何故だ?

 まさか、香織はすでに――


「香織おねえちゃんはご飯をつくってくれてるんだよ」

「……は?」

「園長せんせい、お料理できないからね」

「うるさいぞ。誰にだって欠点くらいある」


 そう言えば、どこからか美味しそうなシチューの香りが漂っている。

 丸一日も眠っていたせいで匂いをかいだら思わずお腹が鳴ってしまった。


「小石川さんは連れてきてすぐに目を覚まして子ども達の遊び相手になってくれたよ。普段は缶詰や塩で焼いただけの肉で済ませていると言ったら、ちゃんとした昼食を作ってくれるそうでな。お言葉に甘えさせてもらっている」

「使ってない材料いっぱいあったもんね」


 とすると何か、丸一日も眠っていたのは自分だけなのか。

 和代は恥ずかしくなって意地でもベッドから起き上がろうと思った。


 その時、ちょうど香織がみんなを呼ぶ声が聞こえてきた。


「ごはんできたよー!」

「わーい!」


 少年少女たちが先を争うよう一目散に部屋から出て行く。

 和代はベッドから足だけをぶらぶら出しながら、嵐のように去った子どもたちの足音を聞いた。


「起き上がれるなら一緒に食事でもどうかね。あんたも腹減ってるんだろう」

「……聞こえたのですか」

「さてね。歩けるか? よかったら肩を貸すぞ」

「結構です」 


 ベッドから降り、今度はふらつかないよう力を込めて床の上に立つ。


「本当にすまなかった。気絶させるだけのつもりだったのだが、君が思ったより強くて力が入り過ぎた」

「そんなことで謝らないでください」


 得体の知れない能力の使い手。

 実年齢はおそらく倍以上離れていることだろう。

 とはいえ、手加減を失敗したなどと言われれば和代のプライドが傷つく。

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