2 猛者襲来

 植物園を抜けた和代と香織は街路に出た。

 恐らくは誰も住んでいない、小さな住宅密集地域である。


 単なる演出のために一つの街を作ったラバース社の財力たるや尋常のものではない。

 敵の巨大さを再確認してやや足元がふらつく感覚を覚えた頃、進行方向に僅かな気配を感じて和代は足を止めた。


「どうしたの?」

「誰かいますわ」


 薄暗い街路に目を走らせる。

 パッと見た感じ、どこにも人影は見当たらない。

 しかし、和代の鍛え抜かれた第六感は確実に危険を察知していた。


「出て来なさい、隠れても無駄ですわよ!」


 力強く路地の向こうに呼びかける。

 塀の陰から体格のいい強面の男が姿を現した。


「ラバースの追手……!?」

「間違いないですわね。やはり監視カメラを壊したのは早計でしたわ」


 止める間もなく破壊したのは誰だっけ。

 香織は文句を言おうとしたが和代は聞かなかった。

 隠れる素振りもなく近づいてくる男が容貌も判別できる距離に入る。


 和代は息を飲んだ。

 そいつはとてつもなく恐ろしい顔をしていた。

 ソリの入ったパンチパーマに、右眉から左ほほにかけて深い傷跡が走っている。


 歴戦の傭兵か。

 はたまた裏稼業の組長さんか。

 Tシャツにジーンズというラフな格好だが、筋骨隆々の体格は隠しようもない。


 とはいえ、いくら外見が恐ろしくても能力者でなければ和代たちの敵ではない。

 JOYインプラント技術によって大人でも能力を使える可能性はあるが、少なくとも外見上の恐ろしさは能力とは何の関係もない。


「神田和代と小石川香織か?」


 男がこれまた威圧感のある重低音で問いかける。

 和代は一瞬とはいえ相手の迫力に気圧されたことを恥じた。

 ジョイストーンの感触を確かめて臆することなく前に出ながら答える。


「だったらどうするおつもりですか?」

「一緒に来てもらいたい」

「お断りしますわ」


 即座に≪楼燐回天鞭アールウィップ≫を具現化。

 有線式振動球を男めがけて飛ばす。


 並の能力者相手なら一瞬で決着がつくはずだった。

 だが男はわずかに首を傾ける、顔面を狙った振動球をあっさりとかわした。


 能力を使った様子はない。

 単純に動きを見切って避けたのだ。


「たった一人で挑んでくるだけのことはありますわね。相当に鍛えているご様子ですこと」


 動体視力と運動能力さえ鍛えれば、高速移動する物体を回避することは不可能ではない。

 ≪楼燐回天鞭アールウィップ≫を初見で避けられたのは驚いたが、対処のしようはある。

 和代は別の方法で攻める作戦に切り替えた。


「話を聞け」

「問答無用ですわ――背後にご注意です」


 振動球を男の後に立っていた電柱に当てる。

 強烈な振動を与え、根本付近を大きく抉った。


 一部を残すことで倒れる方向を調節。

 巨大なコンクリートの塊が男めがけて倒れる。


「む」


 男の左側は壁である。

 当然右側に避けると思って振動球を先回りさせる。

 しかし、男が次にとった行動は和代にとって全く予想外のものだった。


「むん!」


 両手を掲げ、なんと倒れてくる電柱を支えたのだ。


「SHIP能力者ですか……!」


 ラバースはJOYに続いてSHIP能力の年齢制限を外す技術も確立していたのか。

 剛力の能力と言えば友人であり偉大な好敵手でもある女性を思い出す。

 和代は懐かしい記憶を振り払って目の前の敵に集中した。


 敵の意外な行動には驚いたが、作戦に変更はない。

 電柱を支えることで男の動きは止まった。

 無防備な体に振動球をぶつける。


「くらいなさい!」


 男の腹に震動球が触れた。

 そこから強烈な衝撃を与える。


 銃弾にも勝る威力で相手の全身を揺さぶる≪楼燐回天鞭アールウィップ

 その破壊力はコンクリートでさえも容易く砕く。


 ましてやこの男はDリングの守りを使っていない。

 たとえ常人離れした筋力を持っていても、勝敗は確実に決した……はずだった


「な、なぜ倒れないのですか!?」


 十秒近くに渡って震動を送り続けていたが、男は倒れずに両脚で大地を踏み締めていた。

 電柱を片手で支えると、自由になった手で震動球を握って強引に引き剥がす。

 震動中に直接触れるなど、指が千切れ飛んでもおかしくない暴挙だ。


「くっ!」


 和代は慌てて震動球を引き戻した。

 幸いにも≪楼燐回天鞭アールウィップ≫本体にダメージはない。

 だが、あり得ない現象を目の当たりにしたショックは非常に大きい。


 男はニヤリと口元を歪めた。


「やるな。かなり効いたぞ」

「冗談ではありませんわ!」


 必殺の能力を「かなり効いた」程度で済ませられるものか。


 能力が発動しなかったわけではない。

 接触した部分のシャツがボロボロに破れていることからもダメージは明らかである。

 それでも≪楼燐回天鞭アールウィップ≫の直撃で倒れないということは、あの男の体は赤坂綺の翼に匹敵する防御力を持っていることになる。


 認識を改めなければならない。

 あいつはとてつもない強敵だ。


「香織さん、ご協力をお願いしますわ。どうやら一人では厳しそうですので」

「う、うん」


 とはいえ、こちらには≪天河虹霓ブロウクンレインボー≫を持つ香織がいる。

 香織の能力は敵に当てすればどんな能力も吹き飛ばす。

 攻撃力だけなら反則スレスレ最強クラスの能力だ。


 欠点は拳に乗せて撃つしかできないので射程が非常に短いこと。

 そして香織自身は普通の女子高生程度の身体能力しか持っていないことだ。

 なので、和代が上手くサポートしつつ香織を敵へと近づけさせなければならない。


「では作戦を伝えます。私が前衛で戦って必ず隙を作り出します。あなたはチャンスと思ったら接近して全力の一撃をぶちかましてやってくださいな」

「えっと……具体的な連携とか、タイミングとか合図とかは」

「臨機応変に自己判断でお願いします」


 完璧な作戦を伝えると、和代は即座に男に向かって走り出した。

 香織は不安そうな顔をしていたが、彼女ならやってくれるだろう。


 駆けながら≪楼燐回天鞭アールウィップ≫の振動球を男の顔めがけて放つ。

 あくまでバランスを崩させるのが目的の牽制の一撃。

 当てるギリギリのところで引く。

 ……つもりだったのだが、


「なっ――!?」


 和代は愕然とした。

 攻撃を避けられたことや、さっきのように防がれたことなら今までもある。

 だが≪楼燐回天鞭アールウィップ≫のなど、全く初めての経験だった。


「お前の攻撃は見切った。武器をしまって話を」

「それならばっ!」


 戦闘中の和代はあり得ない現状を前に思考停止してしまうほど弱くはない。

 気持ちを切り替え、冷静に≪楼燐回天鞭アールウィップ≫をジョイストーンに戻す。


 掴まれた男の手から紐が消えた。

 直後、即座に再具現化させる。


 手元に戻った有線式震動球の柄部の感触を確かめながら右に回り込む。

 近くの電柱を蹴り、その反動を利用して一気に斜め上から接近。


「今度こそ……覚悟なさい!」


 和代は空中で振動球を放った。

 あえて自分自身を囮にし、震動球を左から迂回させること死角からの攻撃を狙ったのだ。


 一歩間違えばカウンターを受けるギリギリのタイミング。

 その代わりに避けることも受けることもできない必中の一撃――のはずだった。


「むんっ!」


 男は視線も向けずに右後方に腕を回す。

 そして、震動球を繋ぐコードをあっさりと掴んだ。

 しかも今度は和代が能力を解除するよりも早く握り締めた腕を引く。


「うっ……」


 和代の体が男の方に引き寄せられる。

 身動きすらできない死に体。

 カウンターコースだ。


「和代さんっ!」


 そこに香織が走ってくる。

 男は引き寄せた和代の体を受け止めた。

 そして香織の方に体を向け、片手で防御の構えをとる。


「≪天河虹霓ブロウクンレインボー≫っ!」


 虹も砕く最強の一撃。

 この技は体のどこに当たろうが関係ない。

 腕でガードしようと、能力ごと消し飛ばして最大威力の衝撃を与える。

 つまり、当たりさえすれば相手がどんな防御を持っていようが勝利は確定なのだ。


 だが。


「そ……そんなっ」


 男は立っていた。

 香織の攻撃を微動だにせず受け止めて。

 さらに和代の体も片手で軽々と持ち上げている。


「不発……?」


 和代が呟いた。

 男は香織の体を引きよせる。

 前屈みになった彼女の首筋に手刀を当てた。


 たいした力も込めていないように見える、ただの当て身。

 香織はうめき声一つ漏らさずにその場に倒れ伏した。


「悪いが、少し眠っていてもらうぞ」

「うっ」


 続けて和代の腹に拳がめり込んだ。

 痛みを感じるより早く、意識は闇の底に沈んで行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る