9 敗北の現実
「これが彼の望んだハッピーエンドだ」
寝台に横たわる星野空人。
その横ではラバース社長、新生浩満が楽しそうに笑っていた。
「ありきたりでご都合主義。彼にとっては死んでいった者たちの苦しみよりも、赤坂綺ひとりの救済の方が大事だった。でも私はそれを否定はしないよ。若さとはそう言うものだからね」
目の前にはモニターがあり、同年代の青年が映っていた。
浩満は彼に親し気に話しかけている。
『人間の、特に若者の感情は強い力を産む。美紗子ちゃんを思うあまりに狂った綺ちゃんのようにね』
「狂わせたのは君だろう。星野空人の妄想と違って、我々は赤坂綺に精神操作などしていないからね」
青年の悪びれもない発言に浩満は苦笑した。
『ところで、その綺ちゃんは本当にもったいなかったね』
「あそこまで脳が破壊されてしまっては再生不可能だ。本当に残念でならないよ」
『代わりに空人くんという掘り出し物を見つけたからいいじゃないか。彼は間違いなくこれからの君の力になってくれるはずだよ』
「まあね。だから
『徳川家康が出てきたところは普通に笑ったよ』
「星野空人にはこれから多くの精神改造を施す。二度と本来の人格を取り戻すことはないだろう」
「社長、失礼します」
ドアをノックする音が響いた。
「入れ」
浩満が返事をすると、黒づくめの男が入ってきた。
彼は淡々とした口調で報告をする。
「研究所内に侵入したアリスを第四管理棟に追い詰めました」
「ご苦労。人形を使って確実に捕らえろ」
「はっ」
「彼女は手ごわいぞ。最後まで油断するんじゃない」
「了解しました」
黒服の男は短く了解の意を示して音も立てずに退出した。
『結局、最後まで残ったのはアリスちゃんだったか』
「君の予想通りだったね。初対面の時から目にかけていたんだっけ?」
『最初の対校試合の直後だったかな。目があった瞬間に殺されるかと思ったよ』
「彼女が我々にもたらした利益は莫大だ。特にうちの研究員では思いつきすらしなかったJOYIの技術を確立したのは社長賞を与えて特別に表彰したいくらいだよ」
『彼女はそんなものを喜ぶような子じゃないだろうけどね』
モニターの向こうで青年が笑う。
『ところであの娘は? ミス・スプリングとか名乗っていた』
「未だ逃亡を続けている。まあ捕まるのは時間の問題だろうけどね」
『彼女は全くのイレギュラーだった。君たちが最後まで存在に気づかないとは』
「危ないところだったよ。もしどこかで一手間違っていたら、星野空人に見せた幼稚なハッピーエンドのような結末になっていてもおかしくなかった。まあ、L.N.T.は仮想現実などではないんだが」
『君は自分が魔獣になる薬も開発してるのかい?』
「それは企業秘密だ」
二人はまた声をそろえて笑った。
『他の生き残りに関する処置は?』
「神田和代と小石川香織は現在も逃亡中。それと内藤清次が星野空人を見捨てて逃げたのは意外だった。速海駿也が邪魔しなければ取り逃がすこともなかったのだが」
『最後の最後で悪い噛みつかれ方をしなければいいけどね』
「その点は心配無用。むしろ問題は『保育園』の後始末だよ」
『保育園? ……ああ、あの人か。そういえばそんな問題も残っていたね』
「その件に関連して聞きたいのだが、君は『神器』を二つとも手放して本当に良かったのか?」
『≪
「自己満足は結構。だが新たな所有者が私にとって障害とならなければいいんだがね」
『……さて、そろそろ通信を切らせてもらうよ。こっちもなにかと忙しいんでね』
「いままで放って置いた分、彼女に構ってやらなきゃいけないしな」
『え?』
「エイミー君だよ。君の所にいるんだろう?」
モニターの中の青年は苦い顔で手を振った。
『違う違う。冗談はやめてくれ。あんな人形に構っている暇はないよ。まあ彼女はよく働いてくれたし、最後は綺麗に終わらせてあげたけどね。忙しいのは次のフェイズへの準備だよ』
「ほどほどにしておけよ。体を壊しては元も子もないからな」
『そうもいかない。君もゆっくりするつもりはないんだろう?』
「お互い本当に忙しくなるのはこれからだな。だが、私は必ずなってみせるよ……世界の神にね」
『いつかきっと、作り上げた世界で一緒に遊びたいね』
モニター越しに二人は拳を突き合わせる。
『それじゃ、しばらくの間さよならだ。次に会う時は酒でも飲みながら語り合おう。浩満』
「楽しみにしているよ。ヘルサード」
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