% Angel DowN

「空人っ!」


 頬を叩かれた痛みに俺はハッとした。


 目の前には清次がいる。

 空を見上げれば綺と春陽はるちゃんが激しい攻防を続けていた。


「目が覚めたかよ、おいっ」

「あ……俺は、何を?」


 今の、夢から覚めるような感覚。

 これは清次の≪自由自在の夢心地フューチャードリーム≫から解放された時のものだ。

 使用者が思った通りの幻術を見せるという非常に特殊なJOYである。

 

「お前がテンパってたからな、良い夢を見させてやったんだよ。気付けには最高だったろ」


 ということは、今のは幻覚……?


 いや、ただの幻覚じゃない。

 俺が怒りに我を忘れたまま飛びかかっていたら……

 実際に起こったかもしれない、いや、きっとそうなっていただろう未来の予言だ。


「さてと……歯を食いしばれっ!」

「がはっ!?」


 もう一度、今度はかなり強めに横っ面を殴られた。


「なにが戦いを終わらせるだ。お前、味方ごと赤坂さんを攻撃しようとしてたろ」

「うっ……」

「そんなやり方は絶対に認めないぞ。俺たちは誰かを犠牲にして目的を果たすなんてことは絶対しない。それじゃラバースのクズ共と同じだからな!」


 俺はさっきまで自分が考えていた事を思い出して戦慄した。

 そうだ、俺は仲間ごと綺を倒そうとしていた。

 俺のことを好きだと言ってくれた、絶望していた俺を立ち直らせてくれたあの娘ごと……!


「……すまん、清次。どうかしてたみたいだ」


 長く続く戦いで誰もがひどく消耗し、狂い始めている。

 俺が過ちの一歩を踏み出す前に清次は必死に止めてくれたのだ。


「きっと方法はある。あの子が食い止めてくれている間にそれを考えようぜ」


 今は互角に戦っているが、彼女も長くはもたないだろう。

 綺の力がずば抜けていることは剣を交えた俺がよくわかっている。


 俺は考えた。

 そして思いついたアイディアを清次に伝える。


「――ってのはどうだ?」

「なるほど、いけるかもな」

「お前にも危ない目にあってもらうことになるぞ」

「愚問。今更ここに来て怖気づくかよ!」


 俺たちはニヤリと笑って拳を突き合わせた。


「さあ、行くぞ!」




   ☡


 上空でぶつかり合う二人の天使。

 その動きがわずかに止まる瞬間がある。

 綺の≪断罪の双剣カンビクター≫が受け止められる時だ。


 俺はその時を狙い、タイミングを合わせて飛んだ。


「綺ぁっ!」


 真下から呼びかけた俺の声に綺が振り返る。

 彼女は視線をこちらに向けるが、フェザーショットは油断なく白い翼の少女を狙っていた。


 俺は構わず手にした≪白命剣アメノツルギ≫を投げた。

 綺は素早く翼を翻し、投擲を避けると同時に二人と大きく距離を取る。


「不意打ちとは悪役らしいわね! けど、そんな見え見えの攻撃が通用するとは思わないで!」

「思ってないさ……今のは攻撃じゃないからな」

「なんですって?」


 俺が投げた≪白命剣アメノツルギ≫は綺の横を過ぎ、見えない壁を打ち破ってあの娘の下に辿りつく。


 柄部分を≪流星落スターフィールド≫でコーティングした≪白命剣アメノツルギ≫が、白い翼の少女の手にしっかりと収まった。


「使えるのは十五秒だけだ、その間に綺の翼を斬り落とせっ!」

「空人くん……わかった!」


 白き命の剣を手にした白い翼の天使が、断罪の魔天使に躍りかかる。


「くっ、そんな小細工が通用すると――」

「赤坂さんっ!」


 手にした≪断罪の双剣カンビクター≫をクロスさせて防御しようとする綺。

 今度は清次が遠くから大声で名前を読んだ。


 断罪の魔天使はちらりと注意を払う。

 それだけで充分だった。


「な……」


 前線基地の屋上から飛び降りながら清次が使ったJOY≪自由自在の夢心地フューチャードリーム

 これは対象者の同意がなければ幻覚に引き込まれることはない。


 だが、夢の中へ入るか否かは強制的に問いかけられる。

 YES・NOの選択を迫られている間は体の動きを封じられるのだ。


 夢の入口に留まって選択をするのにかかる時間は1秒足らず。

 生きるか死ぬかの戦闘中にオいては致命的な隙になる。


「でやあああっ!」


 白い翼の天使が、赤い魔天使の翼を斬り落とした。



   ☡


「あっ!」


 十五秒が経過した。

 白い翼の少女の手から≪白命剣アメノツルギ≫が弾かれる。

 白い剣はジョイストーンに戻ってはるか下の大地に落ちていった。


 俺はそれに構わず急降下し、落下する二人に先回りして地面に降り立った。


 下からの突風を発生させる。

 清次と片翼を失った綺の体がふわりとウかんだ。

 落下の衝撃が中和され、清次は背中から落ちたが、綺はしっかりと両足で立つ。


「この、よくもっ!」


 綺はまだ戦意を失っていなかった。

 片翼を失い、武器を折られても、負けを認める様子はない。

 折れた≪断罪の双剣カンビクター≫を握りしめ、何の力も残っていない俺へと近づいてくる。


「これでもダメか……!」


 ここまで頑張ったが、もう限界だ。

 俺は膝をついて最期の時が訪れるのを待った。


 だが、覚悟を決めたその直後。

 綺の持つ折れた剣が横からの攻撃で吹き飛ばされた。


「な、何者!?」

「間に合いましたわね、助太刀いたしますわ!」


 神田和代の≪楼燐回天鞭アールウィップ≫だ。

 本拠地で療養中のはずの彼女が絶好のタイミんグで現れてくれた。


「く……」


 剣から伝った振動を受けた綺の動きが鈍い。

 その背後から白い翼の少女が接近する。


 彼女は綺の首根っこを掴み、そのまま飛翔しながら空人の横をすり抜ける。


「トドメは任せたよ!」


 その先には拳を構エた香織の姿。


「≪天河虹霓ブロウクンレインボー≫っ!」


 最強威力の一撃が放たれる。

 しかし、香織の拳は綺にはアたらなかった。

 

「な、なんでっ!?」


 戸惑いの声を上げる白い翼の少女。

 しかし俺は香織がわざと外したことがわかっていた。

 この戦いはきっと、俺があと少しだけ頑張らなくっちゃならなイ。


 体の奥から気力を振り絞る。

 俺は立ち上がった。


「star field――」

「悪には……」


 俺もボロボロだが、綺もボろボロだ。

 正真正銘、これが最後になる。

 これで終わりだ。


「――breakerっ!」

「……負けないっ!」


 暗黒を纏った俺の拳が綺の体を吹き飛ばした。

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