4 堕天

「くそっ!」

「やめろ空人! 今のお前は起き上がれるような状態じゃない!」


 必死に立ち上がろうとするが足に力が入らない。

 肩の傷は深く、落下した時に背中を打ち付けたダメージも大きい。

 しかしそれ以上に深刻なのは≪流星落スターフィールド≫を使い続けたことによる気力の消耗だった。


「このまま黙っていられるか!」


 あの綺を相手にミス・スプリングはよく戦っている。

 だが攻め手を欠く彼女の能力では押し切られるのも時間の問題だ。


 心配しているわけではない。

 空人の胸の内に渦巻いていたのは怒りだった。

 それは綺に対しての怒りでも、ふがいない自分に対しての怒りでもない。

 ミス・スプリングに対する怒りである。


「綺を止めるのは俺だ。あんな奴に邪魔されてたまるか……!」


 綺と対等に戦う力を手に入れるために、空人は主観で五年以上の苦難を乗り越えてきた。

 なのにミス・スプリングは、自前の才能だけで綺と同じ舞台に立っている。

 誘拐事件が起こった頃は何の力も持っていなかったくせに。


 それが空人にはたまらなく許せない。


「何言ってんだ!? 落ち着け、彼女は敵じゃない! お前を守るために命懸けで戦っているんだ!」

「それがどうした。俺が頼んだわけじゃない」

「空人、お前……!」


 声に怒気を強める清次を無視して空人は空中でぶつかり合う天使たちを見上げた。


 そして気づいた。

 激突の直後、二人の動きがわずかに停止することを。


「……やれる」


 空人は拳を握りしめた。

 そして作戦を頭の中で組み立てる。


 先読みで動きが止まる瞬間を予測して≪悠久の涼風エターナルヴィント≫で急上昇。

 最後の力を振り絞って≪流星落スターフィールド≫を発動させる。

 ≪白命剣アメノツルギ≫でミス・スプリングもろとも斬る。

 時間にして五秒あれば十分だ。


「おい空人! おいっ!」

「黙れ清次。もうすぐ終わる。俺が終わらせる」


 空人は二人の翼持つ少女を目で追った。

 距離は遠いが、難しいのはタイミングだけだ。

 自分の上昇速度を計算して飛び上がる瞬間を見極める。


「今だ!」


 そして、その時がきた。

 空人は地面を蹴って一気に上空へと舞い上がる。


 彼の目に映るのは、赤坂綺の姿だけ。




   ※


 ふっふっふ。

 こいつもなかなかやるじゃない。


 高機動力と絶対防御のエンジェルタイプの能力者。

 レア中のレアだと思ってたけど、どれも似たような特性なのね。


 見たところ機動力は互角。

 ただ悔しいけど、防御力はあっちの方が上かしら。

 翼とは別にバリアを作れるのはミイさんの≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫と一緒ね。


 もちろん欠点もあるわ。

 あの翼には攻撃能力がないみたい。

 バリアをぶつけられた程度じゃたいしたダメージもないわ。


 それに≪神鏡翼ダイヤモンドウイングと≫違って全方位同時ガードはできないみたい。

 あくまで防御力があるのは翼本体と前方のバリアだけね。


 フェザーショットを必死になって避けてるのがその証拠。

 逃げる白い翼の女に赤い羽根が雨のように降り注ぐ。

 いい加減に疲労も溜まってるんじゃないかしら。


 あとね、私もそうだからわかるけど、その翼って……


「せやっ!」

「うっ……!」


 ほら、どう?

 肉体的ダメージはないけど、攻撃を防ぐたびに大きく気力が削られるでしょ?

 ≪断罪の双剣カンビクター≫を通さない防御力は凄いと思うけれど、何度も受け止めて平気でいられるわけないのよ。


 さっきから何を企んでるのか接近した時に手を伸ばしたり引っ込めたりしてるけれど、やすやすと懐に飛び込ませるほど私も甘くはないわよ。


 あなたは強かったわ。

 今まで戦った敵の中でもダントツで最強だったわよ。

 もし≪白命剣アメノツルギ≫の所有者がさっきの男じゃなくてあなただったら勝敗はわからなかったかも。


 でも、もう終わりにしましょう。

 街に平和を取り戻すため、あなたはここで死ぬのよ!


「トドメよ、喰らいなさい!」


 全方位から敵に襲いかかるフェザーショットの驟雨。

 それを防いだ直後に≪断罪の双剣カンビクター≫の十文字斬りでバリアごと打ち破ってあげる!

 ……って、あら?


「ううっ!」


 この女、わざと背中を向けて翼で≪断罪の双剣カンビクター≫を受けたわ。

 もちろん動きが止まったことで体中を赤い羽根が貫くわけだけど。


「赤坂さんっ、あなただけはっ……!」

「あはは、あなた本当にすごいわね! その気力はどこからくるのかしら!?」


 いいわ。

 あなたは本当に立派な私のライバルよ。

 その気迫に免じて、私のとっておきの技を見せてあげる。


「でもそれも終わりよ! 喰らいなさい……特訓の末に編み出した、私の最強最大の秘奥義!」


 剣を振って距離を取る。

 相手から見て少し下の高さで双剣を構える。

 さあ、この一撃ですべてを終わりにしてあげるわ!


「究極必殺技! ファイナルストラグルクラッシャ――」


 って、あれ?

 あれ!?




   ※


 綺が、落ちて行く。

 真っ赤な翼は閉じたまま開くことはない。

 翼と同じく真っ赤な髪は体と別に風に流され、やがて遠くの林の中に消えて行った。


 俺はそれをスローモーションのように見ていた。


 だって、おかしいだろ?

 なんで綺があそこで後ろに下がるんだよ。

 普通に考えたらあのまま一気に押し切るはずだろ?


 なんでだよ、俺はしっかり予知したぞ。

 なんで自分からこっちに飛び込んでくるような動きをしたんだよ。

 なんでなんでといくら疑問を浮かべてみても、綺の体は地上への落下を止めてくれない。


 ≪白命剣アメノツルギ≫が何の手ごたえもなく彼女の頭部を両断した感触も、この手から消えてなくならない。


 そして、綺の体が遥か真下の地面に叩きつけられる音がした。


「あ、あ……」


 鼻から上のない綺の体は衝撃でバラバラになった。

 周囲の地面は濃い血と内臓の赤で塗り潰された。


「そ、空人く……」


 肩に触れようとするミス・スプリングの手を振り払って綺の元へ向かう。

 鼻の奥に突き刺さるむせ返るような血の匂い。

 視界を覆う一面の赤。


「なんでなんだよ、綺ぁぁぁぁぁぁっ!」


 すでに原型を留めていない彼女の姿は、もはや俺に何も語りかけてはくれなかった。

 物言わぬ肉塊のどこを抱きしめたらいいのかもわからず、俺は声の限りに叫んだ。


「……っ、なんだお前はっ!」


 後ろで清次の声がした。

 振り返ると見知らぬ女が立っていた。


「なんということだ……よりによって赤坂綺が、こんなことに……」


 そいつは愕然とした表情でこちらを見ている。

 悲しみではない何かを向けてくる目。


 そう、例えるなら、大切な実験動物があっさりと予定外の死を迎えたことに落胆しているような顔。


 俺は悟った。

 こいつはラバースの人間だ。

 こんなになるまで綺を苦しめてきた悪の手先だ。


「お前が、お前らが……」


 俺は怒りの赴くままにJOYを解放した。

 心の奥底から溢れてくる憎しみが力に代わっていく。


「な、なんだ……? ≪流星落スターフィールド≫が≪白命剣アメノツルギ≫を侵食している……?」

「お前らが、綺を殺したんだぁぁぁぁぁっ!」


 真っ黒に染まった剣を振り上げ、俺はラバースの女に斬りかかる。


「くっ……私を守れ、人形ども!」


 どこからともなく二人の女が姿を現した。

 そいつらはどこかで見た覚えがある。

 そうだ、荏原恋歌と本郷蜜だ。


 こいつらは人格のない人形。

 綺もこういう風にしようとしたのか。

 自分たちに都合のいい様に扱えるゾンビ人形に。


 許せない。

 許せない許せない許せない。

 俺は狂ったようにがむしゃらに剣を振った。


 風が攻撃を受け流し、二人の横を通り過ぎた時にはもう終わっている。


「バ、バカなっ。最高傑作の二体がこうもあっさりと……」


 次はお前だ。

 お前は首を撥ねるだけじゃ済まさないぞ。

 ゾンビとしてすら二度と再生できないよう滅茶苦茶に切り刻んでやる。


「うわああああああっ!」


 ああ、人ってこんな簡単に壊れるものなんだな。

 でもまだ足りない、こんなんじゃ全然気が収まらない。

 もっともっとグチャグチャにしてやる。


「やめろ空人! もうそいつは死んでる!」


 足りない、全然足りないっ。


「空人くん! やめてっ!」


 こいつだけじゃちっとも足りない!


「殺してやる、殺してやるぞ。みんな、みんなみんなみんな」

「空人ぉっ!」


 肩を掴まれて強引に振り向かされる。

 目の前には悲しそうな清次の顔があった。

 そして、




 世界が、割れた。

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