3 元四組、最後の生き残り

 また何か出てきたわよ。

 やっと謎の≪白命剣アメノツルギ≫使いの男にトドメをさせるところだったのに……

 今度は白い翼の女?


「空人くんを傷つける人は許さない!」


 こいつもひとりで熱くなってなんか叫んでるし。

 真っ白な翼は以前の私の≪魔天使の翼デビルウイング≫と同じ形状ね。

 割り込んできた時のスピードといい、≪断罪の双剣カンビクター≫を受け止めた防御力といい、かなりの強敵なのは間違いないわ。


 でも、それだけじゃ私には――


「やあああっ!」


 うわっ、なにこれ!

 透明な壁が迫って……


「くっ!」


 剣ごと押し返された!

 私は素早く後ろに飛んで衝撃を殺したわ。

 もう少し遅かったら私の体ごと弾き飛ばされてたかも。


 なるほど、あの透明な壁は武器にもなる盾なのね。

 本体にしか防御力がなかった前の私の翼とは少し違うわ。


「赤坂綺さん、あなたは私が倒す!」

「ふふ。それはこっちのセリフよ」


 最後の敵が自分と同系統の能力者なんて面白いじゃない。

 でも、どうせなら悪役らしく黒い翼のほうがよかったんじゃない?


 どっちにせよ、翼を持つ能力者は私一人で十分よ!




   ※


 和代と香織は自由派の前線基地を目指していた。

 フリーダムゲイナーズの校舎にあった原付バイクを拝借して乗っている。

 以前に荏原恋歌の仲間が使用していたものらしく、車体にはエンプレスのシールが貼ってあった。


 パワー不足の上、二人乗りのため時速五十キロがやっと。

 だが、あと十五分もあれば前線基地のある御谷地区に到着するだろう。


「空人君、赤坂さんに勝てるかな……」


 後部座席で和代の肩に掴まりながら呟く香織。

 その問いかけにハンドルを握る和代は前を向いたまま答える。


「それは行ってみなければわかりませんわね」

『神田先輩は冷たいですね。きっと勝てますわよ、くらい言えないんですか』


 そっけない答えにちえりが文句を言う。

 彼女の意識が宿った人形が香織の胸元から顔を出していた。


「楽観視は何も良いことありませんわ。私たちに出来るのは先を急ぐだけです」

「そうだよね……ごめん、神田さん」

『小石川センパイが謝ることはないと思います!』

「いいの、ちえりちゃん。弱気になった私が悪かったんだから」


 和代はそれ以上何も言わなかったが、香織が弱気になるのも仕方ないと思った。


 古大路偉樹の無残な死にざまを見て動揺しているという理由もあるだろう。

 そして片方の派閥の長が死んだ以上、この動乱は間違いなく最終局面を迎える。


 さらに星野空人が戦っている相手はあの赤坂綺なのだ。

 いくら最強のJOYを手に入れたとはいえ、一筋縄でいく相手ではない。

 もし星野空人が負けていた場合、和代たちは力を合せて赤坂綺を止めなくてはならない。


「っ!」


 何かが前方の道路に飛び出してきた。

 和代は慌てて急ブレーキをかける。


 香織の体重が肩にかかって腕が痛かったが、なんとか激突は避けられた。


「ど、どうしたの神田さん?」

「小石川さん、一度降りてください。どうやら敵のようです」


 女が立っている。

 座席に座ったままでも手を伸ばせば届く距離に。


 あと少しブレーキをかけるのが遅かったら撥ねていたことだろう。

 しかし女は動じもせずに和代の目を見て言う。


「神田和代に小石川香織。お前たちに用がある」

「……あなた、確か双葉沙羅さんでしたっけ?」


 名前を呼ぶと驚いたような顔をした。

 その隙に和代は油断なくJOYを発動させた。

 相手から視線をそらさないよう注意しつつバイクから降りる。


「私の名前を知っているのか、神田和代」

「それはもう。中等部の最初の一学期は大変お世話になりましたから。たしかあのクラスの人間は全員が超一流の隠密の素質があるんでしたわよね。芝碧さんを除く四人はヘルサード直属の密偵になったと聞いていますが」

「あっ、あの……」


 香織も彼女の正体に気づいたようだ。

 最初期から水瀬学園にいた生徒で『四組』の存在を知らない者などいない。


「さすがは美女学の生徒会長。そんなことまで知っているのか」

「こちらもそれなりの情報源がありますのよ」


 和代は強気な態度で応じる。

 弱気を見せたらやられるという確信があった。


「そしてこれは推測ですけど、あなた方はヘルサードが表舞台から姿を消した後も街の若者たちの監視を続けていたのでは? 表向きは生徒会の密偵として振る舞いつつ、裏では生徒会を含むあらゆる組織の情報をラバースに届けるための二重スパイとして」

「その通り。素晴らしい洞察力だ」


 沙羅は心底から感心したように両手を叩いた。

 上から目線が癇に障るが、和代は黙って話の先を促す。


「お前の言う通り、私たちはラバース社の命令で動いている。主な役目は有力な能力者の監視。そして死後は速やかに肉体を回収すること。死者再生研究のため死体から脳の一部を切り取る必要があるからね」

「これ以上ないくらいの汚れ役ですわね。で、その死神さんはなぜ、生きている私たちの前に姿を現したのでしょうか」

「古大路偉樹の回収に失敗したからだ」

「失敗?」

「古大路偉樹は頭部を執拗に殴打されて殺されたため、死体は脳の損傷が激しく、残念なことに研究サンプルとして使えなくなったそうだ。まさかあのタイミングで殺されるとは思っていなかったから止める暇もなかった」

「ご愁傷様ですね。あなたではなく古大路さんが」

「戦いはすでに最終局面に入っている。もはや実験動物共の自由意思に任せて遊ばせておく必要もない。これ以上のサンプルロストをすることは許されない」

「つまりあなた自身の手で私たちを葬り去ろうと言うわけですか」

「……本来ならこのような干渉は主賓の望むところではない。だが長い戦いの中で仲間は倒れ、残った元四組の密偵は私一人しかいない。お前たちが取り返しのつかない形で死を迎える前にこの場で殺害し死体を回収する」

「私と小石川さんの二人を相手にして勝てるとお思いですか?」

「同じ新三帝でもお前たちと赤坂綺には隔絶した差がある。小石川香織の≪天河虹霓ブロウクンレインボー≫にさえ注意すれば問題なく始末できると判断した」

「……ならば、試してごらんなさい!」


 沙羅もかつては水瀬学園の生徒の一人だった。

 ヘルサードがいなくなった今も彼女はラバースの手先として活動している。

 逆に言えば彼女を倒して捕らえれば、より深く敵の情報を引き出すことができるかもしれない。


「ここまで馬鹿にされた以上、香織さんは手出し無用です……と言いたいところですが、ここは協力して一気に仕留めてしまいましょう。手伝ってくださいますわね?」

「は、はい!」


 四組の生き残りだろうが、ヘルサード直属の密偵だろうが、知ったことではない。

 沙羅は表舞台で戦い続けた和代たち能力者の力を侮りすぎだ。


 最初期の能力者の力、見せて差し上げますわ。

 和代は五年越しの相棒であるJOY≪楼燐回天鞭アールウィップ≫を発動させた。




   ※


 気がつくと、清次の顔が目の前にあった。


「起きたか、空人」

「清次か……? 俺はなぜ気絶していた。綺はどうなった」


 声を出すと同時に気を失う前の記憶が一気に戻ってくる。

 息もつかぬ攻防の最中に肩へ羽の一撃をくらったのだ。

 その直後、綺の追撃を受けて壁に叩きつけられた。


 トドメを刺されてもおかしくない状況だった。

 なのに何故かまだ自分は生きている。


 清次は親指で上空を差した。


「まだ戦ってるよ。彼女が抑えていてくれている」


 空人は空を見た。

 そこにいたのは二人の翼持つ天使。

 ミス・スプリングが空人の代わりに赤坂綺と戦いを繰り広げていた。

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