9 親友の手で
「それじゃ行くからね、サポートお願い!」
千尋は≪
これまでと違った雰囲気にアリスも警戒したようで、一度下がって距離をとった。
ナイフとJOYの剣が触れ合い火花を散らす。
切れ味はともかくリーチと威力は圧倒的に千尋が有利。
アリスは鍔迫り合う愚は犯さず、体を逸らしながら武器をはねのけた。
ガラ空きになった千尋の胴にナイフが迫る。
そこに和代が≪
「そこですわ!」
狙ったのが体ならアリスは直撃を避けて退くだろう。
それでは今までと同じ結果にしかならない。
狙いは手の中のナイフである。
高速で繰り出される刺突に合わせるのは至難の技だったが、しくじれば千尋が死ぬ。
半ば神頼みの覚悟で放った振動球は、見事ナイフの側面に命中した。
振動は伝わらず、ダメージを与えることはできない。
だが攻撃の軌道は逸らした。
「うおおおおおっ!」
その隙に千尋が体ごとアリスにぶつかっていく。
ナイフを持った腕を抑え、全身を使ってアリスを拘束する。
「和代さん! 今だ!」
呼びかけに応えるまでもなく、和代は再度≪
有線式の振動球がアリス目掛けて飛んでいく。
今度こそ確実に当たると思った。
しかし。
「なっ!?」
アリスが手首の動きだけでナイフを投げた。
空中で振動球とナイフが触れ、互いに弾き飛ばされる。
「え……?」
千尋が後ろを振り向いた瞬間、拘束がわずかに緩んだ。
アリスはその隙に隠し持っていたもう一本のナイフを袖口から取り出す。
凶刃が千尋の脇腹に突き刺された。
「ぐうっ!」
「ちーちゃんっ!」
一体どんな材質でできているのか、アリスのナイフはDリングの守を易々と貫いてしまう。
それよりも驚くべきはアリスの戦闘センスだ。
まさかこの状況までもう一つの武器を隠していたとは。
だが、彼女が手にするナイフは千尋の脇腹に刺さったまま動かない。
「……ぐっ!?」
次に悲鳴を上げたのはアリスだった。
「へへ……知らなかったでしょう。私の能力、防御力強化の効果もあるんだ」
手首を返した千尋の≪
強烈な振動がついに彼女の体にダメージを与える。
千尋はアリスを拘束したまま離れない。
「は、離して」
「絶対に離さない! 和代さん、今のうちっ!」
「くっ……!」
千尋はナイフで刺されながらもチャンスを作ってくれている。
ここで自分が迷うことは許されない。
和代は全身全霊の力を込めて有線式振動球を飛ばす。
それは狙いを過たずにアリスの胸元に命中。
心臓を止めるつもりで全力を込める。
≪
二つのバイブレーションタイプの振動がアリスの体を前後から攪拌する。
「う、ああああああ……!」
五秒、十秒、十五秒。
アリスの表情が苦悶に歪む。
「パパ……」
その瞳から涙がこぼれ、唇から悲し気な呟き声が漏れても、和代は振動を止めない。
あと少しだ、あと少しでアリスの息の根を止めることができる。
「うぁっ」
突如、千尋の体が崩れ落ちた。
拘束を解かれたアリスは素早く彼女から離れる。
そのまま背を向けて走り、窓ガラスを割って近くの校舎に飛び込んだ。
「ちーちゃん!」
和代はアリスを追わず倒れる千尋のところに駆け寄った。
脇腹からとめどなく血が流れ、顔は真っ青である。
衣服を切って止血を施す。
しかし、流れる血は止まらない。
ナイフは千尋の体を奥深くまで傷つけていた。
「ごっ、ごめんなさい。最後の最後で根性見せられなくて……」
「喋らないでください! アリスさんなら大丈夫です!」
とどめを刺すことはできなかったが、相当なダメージを与えたのは確かである。
アリスを足止めするという当初の目的は達成したと言っていい。
「すぐに休める所まで連れて言って差し上げますから。そこのあなたたち、この学校の保健室はどこにあるのですか!? 早く教えなさい!」
周りに残っていた生徒を怒鳴りつける。
「あ、あのアリスを追い払うとかマジかよ……」
「一人は死にかけ……だけど」
「冗談じゃねえよ。こんな奴らに挑んだら殺されちまう」
男たちは首を振り、怯えるように一目散に逃げ出した。
さっきの戦いを見て二人に挑もうとする生徒はいなかった。
アリスが逃げると同時に残った生徒たちも散り散りに逃亡する。
「もういいよ、自分でもわかってる。私はもう――」
「喋らないでって言ってるでしょう!」
和代は叫んだ。
親友が苦しんでいるのに。
何もしてあげられない自分が悔しい。
こんなことなら自分が傷ついた方がずっとマシだ。
「ねえ、和代さん……社長の言うことが本当なら、死んでもまた生き返れるんだよね」
「な、何を? あんなものはただ木偶人形を動かすだけの眉唾に決まって……」
死んだ人間が蘇る――
未だに信じられない話である。
だが、
「いまここで死んじゃっても、きっと私もまた蘇れるよね」
和代はハッとした。
千尋の気持ちに気づいたからだ。
別に本気で生き返れると思っているわけではない。
彼女はきっと、もう自分が助からないということに気づいている。
その上で、和代が前に進めるように、わざとこんなことを言っているのだ。
私は死んでも大丈夫。
また会える可能性はあるよと。
「……わかりました。ラバースの技術を奪って、必ず貴女を蘇らせてみせます。後は私たちに任せて、ちーちゃんは少しお休みになってください」
「うん、ごめんね。悪いけど私はここでリタイアだよ」
「さよならは言いませんわよ。きっとまた会えますから」
そう言う和代の瞳からは止め処ない涙があふれていた。
口ではなんと言おうと、親友と死に別れることの悲しさは堪えられない。
「最期のお願い。これ以上、苦しくなる前に……」
「わかっています」
これ以上彼女に辛い思いをさせたくない。
和代は≪
「元気でね、和代さん」
「うん。また会おうね、ちーちゃん」
そっと心臓に振動を与える。
千尋はわずかに体を震わせて安らかな眠りについた。
親友が最期にどんな顔をしていたのか、涙が邪魔で見ることができなかった。
※
速海は怒涛の連続攻撃を行っていた。
突きと薙ぎを絶妙なバランスで組み合わせた槍術だ。
それは彼の神速のSHIP能力と相まって、まさに嵐の如くであった。
にも関わらず、速海の攻撃は一撃たりともかすりすらしない。
なんだ、こいつは。
この星野空人という男は何なんだ。
以前に会ったときとは全く様子が違っている。
これほどまでに攻撃が当たらない相手は初めてである。
「無駄な抵抗はやめろ。お前じゃ俺に敵わないとわかったはずだ」
「なにをっ!」
焦った速海は空人の挑発的な言葉に過剰反応をしてしまう。
その隙を突かれて懐に飛び込まれ、ボディに強烈なパンチをくらった。
「あぐ、おっ……」
思わず膝をつく。
気力を振り絞って顔を上げる。
星野空人は無表情に速海を見下ろしていた。
「な、なぜだ。なんでオレの攻撃が当たらない」
戦闘中に相手の能力に対する疑問を口にするなど負けを認めたようなものである。
それすら自覚できないほどに速海の自信とプライドは打ち砕かれていた。
「速海、いくらお前が速くても空人には敵わないぜ。空人はお前の動きの先を見てるんだからな」
「なんだと……?」
黙ったままの空人に変わって疑問に答えたのは清次だった。
「気づいてないだろう。空人はお前が攻撃をするたびに風を放出して槍先を逸らしているんだ」
速海と空人、スピード自体はそれほど大きく変わるわけではない。
なのに何度攻撃しても避けられてしまうのは、そういう理由があったのだ。
しかし、風の能力自体はたいしたものではない。
空人は自らの能力を扱う技量に優れている。
まるで数年間も修行を重ねたように。
「清次。あまり余計なことを言うな」
「まあ待てよ、こいつは倒すよりも仲間に引き入れるべきだ」
「仲間に?」
「そうだ。赤坂さんの所に着く前にこれ以上の消耗は回避したいだろ? お前に変わってザコの露払いをさせるにはうってつけの人材だぜ」
清次はゆっくりと速海に近づいた。
「速海、お前だって心底から赤坂さんに従ってるわけじゃないんだろ。見ての通り、こいつは赤坂さんを止められるほどの力を手に入れた。このくだらない戦いを終わらせられるのは空人だけだ。オレたちが本当に倒すべきは古大路でも赤坂さんでもないだろう。真の敵は彼女を利用し操っているラバース社だ」
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