8 和代・千尋VSアリス
「ちっ……」
厳しい状況に追い込まれた紗枝は舌打ちをした。
密偵の援護を期待したいが、近くにはいないらしい。
『紗枝。窓の外を見てごらん』
「窓の……?」
飛びまわる人形の動きに注意しながら、紗枝はゆっくり移動して窓の外を見た。
広大なグラウンドには一〇〇人を超えるフリーダムゲイナーズのメンバーが集まっている。
『侵入者がいることはすでにバレてるんだよ。あいつらはもうすぐ校舎の中をしらみつぶしに調べ始める。考えを改めてくれるなら裏切ろうとしたのは見なかったことにしてあげる。だから小石川センパイの所に戻って、もう一度≪
「……私に構うより、香織先輩を助けに行った方がいいんじゃないの?」
『私の能力じゃ先輩の助けにはならないんだよ』
ちえりの声が悔しそうなトーンに変わる。
時間がないのはどうやら向こうも一緒のようだ。
『ねえ紗枝。そんなに今の赤坂さんのことが大切?』
人形がくだらない質問をしてくる。
紗枝は人形を強く睨みつけて答えた。
「大事に決まってる。ちえりや他のみんなよりずっと大事。香織先輩に対するちえりの気持ちと同じか、それ以上に」
『あの人は自分の目的のために何十、何百人もの人を殺すような人なんだよ』
「大量殺人者でも、気に入らなければ仲間でも容赦なく殺すような冷酷な人でも、遊び感覚で人の命を奪えるような気の狂った人でも構わない。私はあの人のことを誰よりも大切だと思っているよ」
『どうしてそんな風に思えるの? 紗枝はそんな歪んだ人間じゃなかったのに……』
「だって、あの人はお姉ちゃんが愛した人だもん!」
喉の奥に詰まった激情を吐き出すように紗枝は叫んだ。
「お姉ちゃんは赤坂さんを愛していた。赤坂さんもお姉ちゃんのことを愛していた。そのお姉ちゃんが死んで、赤坂さんはおかしくなった。だから私が赤坂さんを支えていてあげなくっちゃいけないんだよ! 私がお姉ちゃんの代わりになるんだ!」
声を荒げて言いたいことをすべて言った後、人形が言葉を返すまでに数秒の間があった。
『何を言ってるの……? そんなの、おかしいよ……』
「何がおかしい!? 今の赤坂さんに従ってる人はいても、本気で想ってくれている人は誰もいない! 速海さんでさえ赤坂さんを肯定しようとはしてくれない!」
紗枝は限界まで目を見開いて人形を睨んだ。
瞳は死の直前の足立美樹と同じ色をしている。
「私は違う! 私は愛してあげるの! 赤坂さんがどんな風になっても、ありのままの彼女を愛してあげる! きっとお姉ちゃんが生きてたらお姉ちゃんだってそうするはずだから!」
『……紗枝。あなたはお姉さんの陰に囚われてるんだよ。死んだ人の想いを勝手に解釈しても……』
「それがどうした!? それの何が悪い!? 平和になろうが、自由になろうが、お姉ちゃんがいなきゃ意味がない! もう私には赤坂さんしか残ってないんだ!」
紗枝の理性の最後のピースが崩れたのはいつだったのだろう。
多分、綺が聡美さんを躊躇なく殺したあの時からだ。
それまでは心のどこかで信じていた。
だがハッキリと理解してしまった。
赤坂綺という女は狂っていると。
ならばせめて、自分だけでも姉の代わりに赤坂綺の傍にいて、彼女を癒してあげたい。
他の誰が生きようが死のうがどうでもいい。
私だけは彼女のために少しでも多くの敵を排除してやるんだ。
赤坂さんを倒せる可能性のある小石川香織を潰せたなら、それだけでも大きな成果だ。
きっとあの世でお姉ちゃんも褒めてくれる。
「……でも、どうやらそれもここまでみたいだね」
紗枝が小さく笑う。
その表情は平静を取り戻したようでもあり、すべてを諦めてしまったようでもある。
彼女はゆっくりと窓際に近づいて窓ガラスを拳で叩き割った。
『紗枝、何をっ!?』
「お姉ちゃんの代わりになれないなら、せめて私はお姉ちゃんと同じように死にたい。最後の最後まで赤坂さんを思って戦った誇り高き水瀬学園生徒会長、麻布美紗子のように」
『紗枝っ!』
ちえりの制止を聞かず、紗枝は窓の外へ飛び出した。
眼下のグラウンドには一〇〇人を超えるフリーダムゲイナーズのメンバーがいる。
弱い力しか持たない自分では、赤坂綺や麻布美紗子のようにはなれないことはわかっている。
それでも頑張れば三十人くらいなら倒せるだろうか?
やめよう。
今はもう何も考えたくない。
「空から人が降って来たぞ!」
「こいつ、生徒会の麻布紗枝だ。なんでこんなところに!?」
「侵入者ってのはこの女だったのか! 構う事ねえ、やっちまえ!」
私は赤坂さんの敵を一人でも多く減らして死ぬ。
さあ、人生最後の晴れ舞台だ。
思いっきり暴れてみせよう。
※
千尋の斬撃によってアリスの手が弾かれた。
ガラ空きになったボディに和代の振動球が襲い掛かる。
素早く後ろに飛んで猶予を稼いだアリスは、的確に和代の攻撃を受け止めた。
いったいどんな材質で出来ているのか、ナイフに当たっても振動はアリスの腕に伝わらない。
二人の波状攻撃をナイフ一本で受け続けるアリス。
その戦闘センスは尋常ではない。
千尋と和代の連携は完璧だった。
何度も肩を並べて戦ってきた二人である。
阿吽の呼吸、言葉どころか視線も合わせる必要もない。
互いが何を考え、何を狙っているのかを理解し、次の行動に移ることができる。
どちらがサポートに回り、どちらが攻撃に回ってを繰り返す。
その連携にわずかなズレもない。
加えて両者ともに個人技は最強クラスである。
どちらも一撃必殺の振動を与えるだけのシンプルな能力だ。
それであるが故に戦闘力は使用者のセンスと技術と経験に左右される。
口には出さなかったが、二人とも中学以来ずっと荏原恋歌を超えるべく技を磨き続けていた。
一日たりとも己を鍛えるための修行を怠ったことはない。
しかし、アリスには届かない。
アリスは荏原恋歌と同じく三帝と呼ばれた存在である。
元より簡単に倒せる相手とは思っていなかった。
それにしても二人掛かりで、しかもJOYを封じられた相手にこれほど苦戦するとは。
和代も千尋もアリスの凄まじい戦闘力に焦りとショックを隠しきれなかった。
だが、さすがのアリスも防御一辺倒である。
嵐のような怒涛の連撃は受け流すだけで精一杯のようだ。
時間が経てば不利になるのは和代たちだ。
体力の問題だけでなく能力使用による精神力の消耗がある。
先ほどから増え続けるギャラリー達がいつ乱入してくるかもわからない。
今のところは遠巻きに観戦しているだけだが、アリスが有利と見れば手を出す可能性も十分にある。
「このままじゃ埒があきませんわね……!」
「和代さん、私に考えがあるよ」
「なんですの?」
和代は千尋の言葉に耳を傾けた。
それぞれの視線は油断なく敵に向けたまま。
アリスに届かないよう小声でそっと作戦を打ち明けられる。
「なんですって!?」
和代が叫んだ。
その瞬間、アリスが一気に間合いを詰めてきた。
とっさにサポートに移った千尋の≪
もう少し手出しが遅かったら喉を斬り裂かれていただろう。
「ち」
攻撃を失敗したアリスはすぐに大きく後ろに下がった。
和代は≪
「すみません、助かりましたわ」
一瞬の油断が命取りになる。
アリスを前にして平静を失えば即座に死に直結する。
和代は軽率に心を乱したことを反省したが、それでも言わずにはいられない。
「さっきの話ですが、私は許容できません。その作戦はちーちゃんがあまりに危険です」
「アリスさんはそんな甘い考えで勝てる相手じゃないよ」
「それは言う通りですが……」
「私は犠牲になるつもりはない。ちゃんと成功する自信があるから提案してるんだよ」
「……わかりました。ちーちゃんの作戦に従います」
不安は残るが、代わりになるアイディアがあるわけでもない。
今は彼女の自信があるという言葉を信じるしかなかった。
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