6 紗枝の裏切り
香織と紗枝はフリーダムゲイナーズの校舎の捜索を続けていた。
前回の戦いにおいて、自由派主力の犠牲者は比較的少なかったようである。
校内に残っている生徒の密度は香織がここを脱走する前とたいして変わっていなかった。
姿を消しているとはいえ、前方から誰かが近づいてくるたびに身構えてしまう。
つないだ手から緊張の色が伝わったのか、紗枝が気遣うような声で言ってきた。
「危険な敵は四谷先輩とミス・スプリングさんが抑えてくれているはずです。見つかる心配はないから、もうちょっと気楽にいきましょう」
「う、うん。ありがとう紗枝ちゃん」
気楽になどなれる状況ではなかったが、後輩に励まされては世話もない。
二人が校舎内を彷徨っている理由は目星をつけていた場所に古大路偉樹がいなかったからである。
自由派の一員だった頃、香織は古大路が自室らしき部屋に出入りしているのを何度か目撃している。
しかし、その場所は現在ただの空き部屋になっていた。
ただの気分転換か、移動すべき理由があったのか。
殺風景な部屋の壁には矢を撃ち込んだような小さな穴がいくつもあった。
仕方ないので古大路を見つけるべく、校内を隅から隅まで歩いて回ることにしたのだが……
「それにしてもこの学校、広すぎるよね。水瀬学園とほとんど変わりないくらい」
「元々は水学、美女学、爆高に続く第四の学園として設計されていたらしいですからね。こんな街外れに校舎を建てても人が集まったのか知りませんけど」
どちらにせよ、この校舎が生徒たちの学び舎として使われることはないだろう。
もはや回復が不可能なほどにL.N.T.は荒れ果ててしまった。
人が普通に暮らせるような街ではない。
あてもなく端から端へと第一校舎を捜索。
その後、第二校舎へ向う途中の二人の前に生徒の集団が現れた。
校舎と校舎の間にある中庭のバスケットコートに三十人近くの男女が集まっている。
「いいか、もうすぐこの戦争は終わる。次の戦いが最後になるだろう。今度こそきっちり平和派のカス共を根絶やしにするぞ。この街に水学生徒会は……いや、フリーダムゲイナーズ以外の人間はいらねえ!」
「うおおおおおっ!」
歓声が上がる。
自由派の中にも戦意を失っていない人間はいるようだ。
彼らのような短絡的な急進派の存在が、より争いの犠牲を大きくするのだろう。
「紗枝ちゃん、向こうから回っていこう」
見つかる心配はないとはいえ、近くを通りたくない。
しかし紗枝は香織の提案に反対する。
「時間の無駄です。このまま通って行きましょう」
「でも万が一、誰かに気づかれたら……」
「ここに来てそんなドジをするんですか? 私たちが急がないと千尋先輩たちも危ないんですよ」
千尋たちはこうしている今も香織たちのために陽動を行ってくれている。
たとえアリスを倒したとしても、作戦が成功するまでは周りの敵を引きつけなければいけない。
「……わかった」
命がけで戦っている仲間がいる。
なのに自分だけが弱気になっていてどうする。
香織は気力を奮い立たせ、力強く紗枝の手を引いて歩き出した。
間違っても誰かに触れてしまわないよう、集団から出来るだけ離れて花壇沿いを小走りに駆ける。
下手に足音を殺してゆっくり歩くより素早く通り過ぎてしまった方がいいと判断したからだ。
ところが集団のすぐ横に来た辺りで、香織は後ろに引かれるような感覚を味わった。
「ごめんなさい。香織先輩」
紗枝が小声でつぶやいた。
直後、繋いでいた手の感触が消える。
「え……?」
振り向いた香織は、視線の先に自分の手を見た。
それはつまり、紗枝から離れて透明でなくなったということだ。
「な、なんだこいつ!? どこから現れやがった!」
「見覚えがある面だぜ……脱走した小石川とかいう女だ!」
香織は混乱していた。
すでに周りは敵に取り囲まれている。
そして、現状のピンチを認識する以上に香織は大きなショックを受けていた。
仲間に裏切られたのは彼女にとって初めての経験である。
※
生徒会前線基地にやってきた空人と清次。
二人は門を潜ったところで十名ほどの生徒に囲まれた。
「どこの所属だ。身分証明書を出せ」
もちろん空人たちはそんなものを持っていない。
この問いかけ自体がそもそも罠である可能性もある。
どちらにせよ、ゆっくり相手にしてやるつもりもなかった。
「そんなものはない。怪我をしたくなかったらそこをどけ」
尊大な空人の態度に門番の生徒たちが気色ばむ。
「そういうわけにはいかない。怪しい人物を通したと知れたら、私たちが会長に殺されてしまう」
誰の顔にも使命感以上にに恐怖に怯える色が混じっている。
学園を焼け落とされ、仲間の多くを失ったばかりなのだ。
戦いを放り投げて逃げ出したくなってもおかしくない。
それでも留まっているのは彼らの背後に赤坂綺という存在があるからだろう。
赤坂綺という希望と恐怖がある限り、平和派の人間は戦いを止めることはできない。
問答は無用。
空人はその綺に用があるのだ。
「なら仕方ない。少しの間、眠っていてもらうぞ」
「空人」
前に出た空人の背中に清次が声をかける。
「わかっていると思うが、お前の体は――」
「大丈夫だ、≪
清次は神妙に頷き、空人はフッと微笑み返した。
そして、彼は飢えた獣のような眼差しで自分を取り囲む生徒たちを睨んだ。
「うっ……」
「なんだこいつ……?」
誰もが気圧され後ずさる。
だが彼らを動かす恐怖の力は目の前の脅威よりもはるかに強かったようだ。
「かまうな、全員でかかれ! 下がったら者には死が待っているぞ!」
武器を手にした十人以上の男女が襲い掛かってくる。
空人は目の前に拳を突き出して力を集中させた。
握りしめた拳に黒い闇が集まっていく。
それは光を飲みこみ、周囲の明るさを減少させていく。
「star field――」
敵が迫る。
凶器が振り上げられる。
「――shoot!」
掌を開く。
闇の中から黒い光が飛び出した。
それは無数の弾丸となって敵を次々と撃ち貫いてく。
「ぎゃっ!」
「うぎゃーっ!」
黒い光の弾丸に貫かれて倒れていく生徒たち。
空人が緊張を解くと、周囲の明るさが元に戻った。
「言ったそばから……」
一歩も動かずに敵を全滅させた空人。
彼に対して清次は不満そうに文句を言う。
「手加減はした。誰も死んではいないはずだ」
「違えよ、オレが心配してるのはお前の体だ。できるだけ能力は使わないんじゃなかったのかよ? この程度の相手なら普通に戦っても倒せただろ」
口は悪いが、自分を心配してくれる。
そんな親友の態度に空人は少し嬉しくなった。
「それでは時間が掛かり過ぎる。先は長いんだし、まとめて倒せるならむしろ温存になるよ」
そう言うと空人はさっさと歩きだした。
「……ったく」
清次はまだ何か言いたげだったが、構うことなく先に進む。
ふと、前方の異常に気づいく。
青々と茂る木陰から何かが飛び出してきた。
それは一直線に空人を狙い、手にした槍を突き出してくる。
体重と加速を込めた一撃はしかし、空人の手によって喉に刺さる直前で止められた。
「ちっ!」
掴んだ手を振り払うように緑色の髪の青年は槍を振る。
一度間合いを離して距離を取り、油断ない構えで向き直った。
「あれを止めのるかよ。どんなバケモノだ」
どこかで見たことある人物だ。
しかし、空人には思い出せない。
代わりに清次が青年に話しかけた。
「速海駿也か。久しぶりだな」
「お前は確か太田君の友人の……」
構えていた槍の穂先がわずかに下がる。
二人の会話を聞いて空人はこの男が誰かを思い出した。
まだこの街が平和だった時の話だ。
空人たちはバスの中で彼と一悶着起こしたことがあった。
その時は何とか切り抜けたが、SHIP能力者に彼らは手も足も出せなかった。
「ってことは、そっちもお前はあの時に一緒にいた奴か。ずいぶん雰囲気が変わったな」
速海は槍先を再び空人に向ける。
「何しに来たのかは知らないが、これ以上は先に進めると思うなよ。お前たちを排除するようにって生徒会長から命令されてるんだ」
「変わったのはお互い様だ。自由奔放で有名だった男が生徒会の番犬とはな」
水学四天王の筆頭などと呼ばれても、実際には赤坂綺の忠実な部下である。
そんな速海を皮肉って清次は肩をすくめた。
意図はしっかりと通じたようで、速海の顔に明確な怒りの色が浮かぶ。
「もう一度警告する。素直に引き下がれ。さもないと――」
「さもないと?」
空人の全身から突風が巻き起こった。
彼の元々のJOYである≪
蜜のように器用な使い方はついにできなかったが、出力は以前とは比べ物にならないくらいに上がっていた。
戦闘態勢に入る。
空人の前進から巻き起こる突風。
それは相対する者に威圧感を与えるに十分な効果があった。
「そんな言葉で引き下がる程度の覚悟でここに来たと思っているのか。お前の方こそ死にたくなければ退け。さもなけりゃ命を捨てる覚悟でかかってこい」
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