5 新旧三帝

 無人の野を行くが如く。

 和代と千尋は裏口からフリーダムゲイナーズの校舎に入った。

 すぐに近くでたむろしていた生徒たちに見つかったが、存在を気にかけることなく進む。


 フリーダムゲイナーズは元々の所属に関係なく集められた混成のチームである。

 構成員の大部分を占める元水学生や元美女学生がこの二人に手を出せるわけがなかった。


 美隷女学院生徒会長、神田和代。

 水学の穏やかな剣士、四谷千尋。


 共に戦十乙女に数えられ、いくつもの戦場を潜り抜けてきた最強クラスのJOY使いだ。

 生徒会との決戦で多大な犠牲を払ったフリーダムゲイナーズの士気は落ちている。

 命をかけてでもこの二人を排除しようなどと思う人間は誰一人いなかった。


「それで良いのです。すべてが終わるまで大人しくしていなさい」


 和代が睨みを利かせると、視線の合った女子生徒は委縮して姿勢を正した。

 と、人垣の中から一人の男子生徒が出て二人の行く手を塞ぐ。


「待てよオイ! いくらなんでも立った二人で乗り込んで来て無事で済むと――おぶぶぶぶぶ」


 最後まで言わせなかった。

 千尋が≪无覇振動刀ブイブレード≫を軽く男の額に当てる。

 強烈な振動を脳天に食らった男はその場で昏倒した。


「お願いだから邪魔しないで。痛い目に合いたくなかったら……」

「ひ、ひええっ!」


 千尋の攻撃は男の意識だけでなく、周囲の生徒たちの敵意も完全に刈り取った。

 周囲にいた者たちはすべて二人に背を向けて散り散りに逃げていく。


 圧倒的な戦闘力の差。

 数の優位は何の役にも立たない。

 皮肉にもそれは先日、赤坂綺によって証明されていた。




   ※


 第四校舎の裏手にやってきた。

 周りには誰もいない。


「さて、この中のどれがアリスさんの部屋でしょうか」

「失敗した。江戸川さんに聞いておけばよかったね」

「面倒だから片っ端から窓を割ってみますか」

「任せるよ」


 和代は≪楼燐回天鞭アールウィップ≫を振るって左上から順に窓ガラスを割っていく。

 三階の真ん中あたりまで割りつくした時、四階右上の部屋からアリスが顔を出した。


「うるさい」


 アリスの声は簡潔で、なんの緊張も含まれていない。

 無表情なその顔めがけて和代は振動球を飛ばした。


 攻撃を防がれた手応え。

 素早く振動球を引き戻す。


 和代はすぐに迎撃に移る準備を整えた。

 隣では千尋が油断なく≪无覇振動刀ブイブレード≫を構えている。


 窓からアリスが飛び出した。

 落下中を狙うが、振動球はナイフであっさりと弾かれてしまう。


 衝撃をほとんど感じさせない着地。

 SHIP能力者でもないのに四階から飛び降りて怪我一つないとは……


「お久しぶりですわね、アリスさん」

「誰だっけ」


 挑発ではなく本当に心当たりがないのだろう。

 この女はとにかく他人という者に興味を持っていない。

 首をかしげるアリスに和代はこちらも言いたいことだけを告げた。


「誰でも構いませんわ。あなたはしばらく眠ってもらいます」

「いま起きたばかりだけど」

「問答無用!」


 振動球を大きく迂回させて後頭部を狙う。

 必中必殺の奇襲である。


 しかし、アリスは最小限の動きでそれをかわした。

 後ろにも目がついているかのような反応だ。


「うるさい人は死んで」


 一足跳びで距離を詰めてくる。

 アリスの手の中のナイフが陽光を反射して煌く。


「させない!」


 刃先が和代の胸に触れる直前、割り込んだ千尋がナイフを叩き飛ばした。


「はっ!」

「……」


 続けての攻撃をアリスは後ろに飛んで避けた。

 そのまま空中でナイフをキャッチ。

 近くの木の枝に飛び乗る。


 彼女の軽快な身のこなしは深川花子を彷彿とさせた。


「先に死にたいならそう言えばいいのに」

「要求をありのまま述べるより、オブラートに包んだ方が上品でしてよ」


 さすが元とはいえ『三帝』と呼ばれただけのことはある。

 爆撃高校の悪帝アリス、やはり一筋縄ではいかない。


 だが負けるものか。

 和代たちには使命がある。

 共に背中を預け合える仲間もいる。


 そして誰が最初に言い出したか知らないが、和代もまた『新三帝』の称号で呼ばれていた。

 別にそれを自慢するつもりはないが、古い世代の人間にはそろそろ退場してもらいたい。


「行きますわよ、ちーちゃん!」

「うん!」


 私たちの力、存分に味あわせて差し上げます。




   ※


「無茶です! 昨日の今日の話ですよ!?」


 大きな窓から光が差し込む部屋。

 その室内に速海駿也の声が響いた。


 ここは水瀬学園全焼後に平和派が新たな本拠地にした前線基地の一室である。


 御谷地区の小高い丘上に立つ巨大な建築物。

 横におよそ五十ほどの部屋が並ぶ十階建ての要塞だ。


 角度がついた横長の意匠はさながら西洋の城壁のようでもある。

 上階からは千田中央駅や遥か庵原地区の山々まで見渡すことができた。


 その一室で速海が向き合っているのは、玉座のようなソファに腰を沈めた赤毛の魔天使。

 赤坂綺である。


「なにが無茶なのかしら。基地の中にはまだまだ兵隊は残っているし、自由派(笑)の切り札である能力を封じる機械はほとんど潰したわ。今なら敵の士気も低いしやれるはずよ」

「こちらの被害はもっと甚大です。学園を燃やされて生徒たちにも多くの死者が出ました。今は気持ちを落ち着けるだけで精一杯です」

「そこでがんばるからこそ勝利を得られるのよ。痛みに耐えて最後は勝つ。これぞ王道じゃないの」

「誰もが痛みに耐えられるわけではありません。このまま生徒たちに苦痛を強いれば、暴動や反乱が起こる可能性も出てきますよ」

「そうなったら私が鎮圧するから大丈夫。首謀者はできるだけ無残に処刑して、二度と逆らう気が起きないようにきっちりと教育してあげる」

「そんな恐怖政治のようなやり方がいつまでも――」

「グリーン」


 囁くような小さな声。

 刃にも似た眼力と共に呟いたたった一語の言葉。

 たったそれだけで、意を決して嘆願に来た速海の覚悟を打ち砕いてしまう。


「私があなたを傍に置いている理由はわかる? あなたの戦力が私にとって役立つと思っているからよ。もし邪魔になるようなら消えてもらっても構わないの」

「くっ……」


 相手が赤坂綺でなければ激高して殴りかかっていたかもしれない。

 だが、彼女に逆らうことなんて絶対にできやしない。


 実力差があり過ぎるとか、殺されるかもしれないというだけではない。

 彼女の前に立つと本能的な恐怖に体と心が支配される。

 まったく動けなってしまうのだ。


 速海が怯える様子に満足したのか、赤坂綺は表情を緩めた。

 彼女は傍らに置いたぶどうジュースに口付ける。

 赤黒く染まった唇をぺろりと舐めた。


「さ、早く兵隊たちに準備させなさい。今夜中にはフリーダムなんとかーズと決着をつけるわよ」

「わかり……ました」


 速海は諦めて退出しようとした。

 脂汗の滲んだ掌でドアノブを掴んだ時、赤坂綺に呼び止められた。


「待って」

「……何ですか?」

「正面玄関の近くに侵入者がいるみたい。数は二人よ。先に片づけておいて貰えるかしら」


 直属の密偵による情報が入ったのだろうか。

 これだけ近くにいても気づかなかった。


 姿を隠しつつ綺だけに報告をする手際はさすがである。

 おそらく、もうこの場にはいないだろう。


「どこの誰かは知らないけど確実に排除するのよ。完膚なきまでに叩きのめして、生徒たちの士気を少しでも上げておいてちょうだい」

「……わかりました。仰せの通りに」

「お願いね♪」


 赤坂綺は満足そうに微笑んだ。

 彼女にだけは本当に、逆らうことができない。

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