4 それぞれの目的
千尋とちえり、そしてミス・スプリングは田圃の中の畦道を歩いていた。
ここをまっすぐ進んで見える森を突っ切ればフリーダムゲイナーズの校舎の裏手に出る。
こちらは香織たちと違って特に隠密行動をする必要もないので、堂々と姿を現しながら進んでいた。
「江戸川さん、アリスさんの位置は把握できてる?」
歩きながら千尋がちえりに尋ねた。
彼女はすでに自分の意思を込めた人形を敵地に送り込んでいる。
「はい、その人が言った通りでした。今は第四校舎にある自室みたいなところで眠っています」
その人、と言うのはミス・スプリングのことだ。
千尋は事前に頭に叩き込んだ校舎の見取り図を思い描いて頷く。
「オッケー。じゃあ予定通りに裏手から侵入しよう。少し暴れたらアリスさんも出てくるでしょう」
「一応、人形を使っておびき寄せるところまではやるつもりですけど……」
「大丈夫。江戸川さんは香織さんたちの方に向かってあげて」
「え」
ちえりは驚いたような顔で千尋の顔を見た。
「心配なんでしょ。香織さんのこと」
「そ、そりゃ心配ですよ。けど千尋さんをサポートするのが私の役目だし」
「アリスさんがいい位置にいてくれたし、これ以上のサポートは必要ないよ。あなたの能力はむしろ香織さんたちの方に役立てるべきじゃないかな」
「でも……」
ちえりはしばらく俯いていたが、やがて顔を上げて力強く頷いた。
「わかりました。私は小石川センパイの応援に向かいます」
「うん、気をつけてね。慎重に行動するんだよ」
「四谷先輩たちもお気をつけて」
千尋たちと別れ、ちえりは元来た道を戻って行った。
「さて、と……」
ちえりの姿が見えなくなる。
千尋も足を止めた。
「あなたも行っていいんだよ」
「え?」
ミス・スプリング。
さっきから彼女はずっと心ここにあらずの様子だった。
千尋はそのことに最初から気づいていたし、その理由もなんとなくわかる。
「星野君が心配なんだよね。今ごろ清次君と二人だけで水瀬学園の前線基地に乗り込んでるみたいだし」
「どうしてそのことを知ってるの?」
「わかるよ。あの人たちって嘘をつくのが下手だもん」
千尋は勘で気づいたが、ミス・スプリングはどうやら知っていたようだ。
もしかしたら彼女だけは直接本人から聞いていたのかもしれない。
ミス・スプリングが空人に対して特別な感情を抱いているのは誰が見てもわかる。
好きな相手が戦場に赴こうとしているのだから、気になって当然だろう。
「でも、私がいないと空人くんたちがせっかく考えた作戦が……」
「うわの空になってる子に一緒にいられても逆に邪魔なんだよ」
あえてキツイ言葉を選ぶ。
ミス・スプリングは気まずそうに視線を逸らした。
「自分がやりたいように行動するといいよ。そうすればどんな結果になっても後悔しなくて済むからさ」
千尋は微笑んだ。
穏やかな剣士と呼ばれた彼女らしい、力強いけれど、人を安心させるような母性に溢れた笑顔だった。
「こっちは任せて。本音を言えばあなたの力が借りられないのは痛いけど、JOYを使えなくなったアリスさんならきっと何とかなると思うからさ」
「でも……」
「それに、おせっかいな誰かさんが協力してくれるみたいだし」
「え?」
「なんだ、気づいていましたのね」
どこからともなく和代が現れて千尋の隣に着地した。
接近に気づいていなかったのか、ミス・スプリングは珍しく驚いた顔をする。
「怪我はもう大丈夫なの?」
「こんなもの、昨晩ちーちゃんに傷口を舐めてもらった瞬間に治りましたわ」
「そんなことしてないよね」
「本当にいいの?」
ミス・スプリングが遠慮がちに問いかけてくる。
そんな彼女に対して和代は身も蓋もない一言を放った。
「いいから行ってくださいな。これ以上は私とちーちゃんの戦場デートの邪魔になりますわ」
「なにその戦場デートって」
「でも、空人くんの作戦では私がアリスさんをやっつけることになってるんだよ」
ミス・スプリングはまだ悩んでいる。
彼女は別に千尋たちのことを心配しているわけではない。
星野空人の所に駆け付けたい気持ちはあるが、彼らの考えた作戦……言い換えれば頼み事を無視することに対して葛藤があるのだろう。
「作戦を無視してるのは二人で勝手なことをしてる星野さんと内藤さんの方ではないですか。そもそも、私は別に彼らの作戦に従ってここにいるわけではありません。自分の頭で考えて、こうするのが一番だと思ったからこうしているのです。というか私はあの二人のことが嫌いですから」
「理屈っぽいけど言ってることはめちゃくちゃなような……」
千尋の突っ込みはいつものように和代の耳に届かない。
「さっさとお行きなさい。実を言うと私、あなたのことも嫌いですの」
「……うん。ありがとう和代ちゃん」
純白の翼を広げ、ミス・スプリングはあっという間に飛び立っていった。
千尋の方を振り向いた和代の頬は少し赤みを帯びていた。
「それじゃ行きましょうか」
「和代さんも嘘をつくのが下手だよね」
「私はいつでも本音しか口にしませんわよ」
「はいはい、そういうことにしておくよ」
「もう、なんですの!」
照れ隠しに怒ったフリをする和代。
そんな彼女を千尋はすごく可愛いと思う。
二人は肩を並べてフリーダムゲイナーズの校舎へと続く森の中へと入った。
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