3 争いを止めるために

 八人の勇士は行動を開始した。


 まずはフリーダムゲイナーズからだ。

 目的は自由派の首魁である古大路偉樹とコンタクトを取ること。


 最初に氏名無記名、神田和代名義、水学生徒会名義でそれぞれ会いたい旨を記した手紙を送ったが、古大路からのリアクションはなかった。


 次に清次が直接本拠に出向いたが、危うく門番に問答無用で殺されるところであった。

 一度は平和派に属した千尋や裏切って脱走した香織が行っても同じだった。

 今の自由派の雰囲気は必要以上にピリピリしているようだ。


 こうなったらこっそり乗り込んで会いに行くしかない。

 だが、フリーダムゲイナーズの本拠地に忍び込むのは容易ではない。


 フリーダムゲイナーズは広大な敷地を持つ未開校の校舎を本拠地としている。

 その中で雑兵に見つかることなく古大路の元へ辿り着かなくてはならない。


 この作戦には適任がいた。

 ≪不可視の夢ライヤードリーム≫をもつ麻布紗枝である。


 清次が考えた作戦はこうだった。


 紗枝ともう一人、校舎の間取りを知る小石川香織が姿を消して校舎に侵入する。

 自由派にはたいした能力者も残っていないので、姿を消した二人に気づく人間はいないだろう。

 ……ただ一人を除いて。


 注意すべき人物の名はアリス。

 一度は打ち破ったとはいえ彼女は未だに健在だった。

 最上位の能力者の前では、姿を消していても気配でバレてしまう。


 それに対処するのは四谷千尋とミス・スプリングである。

 校舎裏からわざと目立つ様に侵入して注意を集め、アリスをおびき寄せて叩く。


 ミス・スプリングの能力がアリスにとって抜群の相性を持っていることはすでに証明済みである。

 JOYを使えないはずの今のアリスなら二人掛かりで十分にトドメをさせる算段だ。


 アリスを誘い出す役目はちえりが担う。

 人形を自在に操る能力を持つ彼女なら危険なくおびき寄せることができるだろう。


 実行部隊は以上の五人。

 傷の癒えていない和代は弦架地区内の病院で療養中。

 空人と清次は修行の仕上げのため再び近隣の山に籠っている――ことになっているハズだった。




   ※


 空人と清次は水瀬学園裏手の菜井地区にいた。


「本当にいいんだな?」

「ああ。もう決めたことだ」


 清次が念を押す。

 空人は迷いない返事をする。


「みんなを騙すことになって申し訳ないと思っている。けど、これだけは誰にも譲れないんだ」


 もう一つの相手、生徒会を中心とした平和派の生徒たち。

 その生き残りは全焼した水瀬学園の代わりに御谷地区に建設中だった前線基地に本拠を移している。

 空人と清次は香織たちが古大路の校舎に向かっている間に、二人だけで平和派の新本拠地に攻め込むつもりだった。


「ま、今のお前なら誰が相手だって負ける気はしないけどな。でも、いいか? オレたちの目標はあくまで赤坂さんを止めることだからな。彼女を前に変な気を起こすんじゃないぞ」

「わかっているさ。無駄に五年間も幻術の中で過ごしたわけじゃない」

「お前の覚悟は理解してるつもりだけど、強い想いは時に歯止めが利かなくなるからな」

「心配するな、俺は自分を見失わない。必ず綺を止めてみせるさ」


 二人は握った拳を軽く突き合わせ、水瀬学園跡地を大きく迂回して御谷地区へと向かった。




   ※


 香織と紗枝はフリーダムゲイナーズの校舎の前に立っていた。

 紗枝はすでに≪不可視の夢ライヤードリーム≫を発動している。

 手を繋いでいる香織も透明化していた。


「紗枝ちゃん、準備はいい?」

「いつでも……と言いたいところですが、待ってください。向こうから人が来ます」


 互いの姿も見えないため紗枝の言う「向こう」がどちらなのか香織にはわからない。

 きょろきょろと周りを見渡してみると、校舎の壁沿いに二人の男子生徒が歩いているのが見えた。


「なあ、やっぱりまた平和派の連中と戦うことになるのかな」

「だろうな。赤坂綺にやられっぱなしじゃ、うちらのリーダーは納得しないだろう」


 二人は会話をしながら横を通り過ぎていく。

 どちらも香織たちの存在には気づいていない。


「この前みたいなえげつない争いはもう嫌だぜ。いくら自由の邪魔になる敵だからって、相手は同じ学生なのにさ……」

「オレだって同じ気持ちだよ。この前の戦いで捨て駒にされて死んだ大人が何人いるか知ってるか? 前回は運がよかったけど、赤坂綺が裏門に現れていたら、殺されていたのはオレたちだったはずだ。こんなバカげた戦争は早く終わりにして欲しいぜ」


 会話を聞いた香織は複雑な気持ちになった。

 戦いを終わらせたいと思っているのは香織たちだけではなかった。

 彼らのように派閥に属する末端の人間だって、望んで殺し合いなんてしたくないはずだ。


 街が平和派と自由派に分かれた時、北部自警団は仕方なく自由派に加担した。

 だが、それを決断した蜜だって本当は戦いたくなかったはずだ。


 仲間を守るためにより強大な組織に与することを選び、責任を果たすために戦って死んだ親友。

 なぜ戦わなくてはならないのか、香織は今さらそんなことを考えるつもりはなかった。


 理由がどうあれ争いなんてしちゃダメなんだ。

 だから、それを止めるために私たちはここにいる。


「いくよ、紗枝ちゃん」


 手に力を込める。

 見ていてね、蜜ちゃん。

 もうすぐ終わりにするから。

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