2 八人の勇士

 弦架地区は千尋と紗枝の活躍よって瞬く間に奪還された。

 昨日の戦いで弱体化した生徒会に辺境の地区へ目を向ける余裕はなかったのだ。


 北部自警団が使っていたいつもの集会場に、香織、千尋、和代、清次、紗枝、ちえり、そしてミス・スプリングが集まっている。


「お待たせ」


 やがて、星野空人が戻ってきた。

 香織に散髪してもらい髭を剃って新品の服に着替えた。


 今の空人は昨日までの彼がそのまま少し年を取ったような感じである。

 ただし全身に纏う筋肉の鎧と精悍な顔つきのせいで別人のように逞しくなっていた。


「さて。会議を始めるぞ」


 以前に蜜が立っていた台上に清次が立つ。


「まずはそれぞれの報告から始めようか」

「じゃあ、私から」


 最初に挙手したのは水学の様子を偵察していたちえりだった。


「多くの犠牲者を出した昨日の戦いは『第二次水瀬学園事変』もしくは『学園駅前の殺戮』と呼ばれているようです」


 殺戮、という言葉に全員が息を飲んだ。

 昨日の赤坂綺による大量殺人はすでに誰もが知っている。

 しかし、ちえりはその点にはあえて触れずに淡々と報告を続けた。


「平和派に属する生徒はおよそ半数程度に減りました。焼け野原になった水瀬学園跡地を捨て、建設中だった御谷地区の前線基地に本拠を移動。赤坂綺の指揮の下で再興を図っています」


 和代以外の全員にとって水瀬学園は母校である。

 すべてが燃え尽きたという話は何度聞いても信じたくない。

 受け入れてしまったら思い出までも灰になってしまうような気がした。


「自由派は本隊のフリーダムゲイナーズにほとんど被害はありません。赤坂綺の追撃から逃れた大人たちは各地に散り散りになりましたが、古大路偉樹はさらに人員を補充して、JOYインプラントによる即席能力者を量産し続けています」

「あいつらはもう一度水瀬学園に攻め込むつもりなのか?」


 清次の質問にちえりは頷いた。


「まず間違いないです。そして、それは遠い先のことじゃないと思います」


 あれだけの死者を出しながら、赤坂綺も古大路偉樹も戦いを止めるつもりは全くないようだ。

 彼らはもう完全に自分たちの都合だけしか見えていない。


「次は私たちの番ですわね」


 和代が席を立ち、なぜかテーブルの前に移動する。

 そして声高に研究所で見てきたことを語った。


 偵察のつもりが思いっきり殴り込みをかけたことについては誰も文句を言わなかった。

 それ以上に彼女たちの得た情報は非常に価値のあるものだったからだ。


「死んだ人を生き返らせるなんて……」


 特に驚いていたのは紗枝とちえりの下級生コンビである。

 空人と清次は黙って話を聞いていた。


「私からの報告は以上ですわ」


 語り終えた和代は自分の席に戻っていく。


「これで古大路の方は解決するな。研究所のことを教えてやれば、打倒ラバースに喜んで協力してくれるだろうよ」


 古大路は今でこそ平和派との戦いに夢中になっているが、本来の目的は運営打倒なのである。

 裏で戦いを操っている存在を知れば必ず攻撃の矛先はそちらに向かうはずだ。

 実際の所、生徒たち同士で争う理由はないのである。


「ですが問題もありますわ。私たちが潜入した研究所はすでにもぬけの殻、おそらくは別の場所により重要な施設があると思うのですが――」

「その場所ならもう調べてあるよ」


 これまで黙っていたミス・スプリングが発言した。

 彼女の発言に香織が続けて補足する。


「うん、あの研究所からそう離れてないところに、もう一つ研究所があった。千里眼で見てもらった後で自分たちでも確かめたから間違いないよ。あっちはまだ私たちが気づいたことに気づいてないはず」


 和代たちより一足先に研究所を脱出した後、ミス・スプリングはすぐにその場所を発見した。

 今までは入口が巧妙に隠されていたが、逃げ込む研究員たちを追ったら簡単に見つかったそうだ。


「だから戻ってくる時間が私たちとほとんど変わらなかったのですわね」

「偵察だけして帰ってきちゃったけどね」


 彼女のその言葉は問答無用で乗り込んだ和代に対する皮肉にも取れる。


「あの、和代さんが無謀にも乗り込んだおかげでそこが偽物だってわかったんだから、収穫はあったよ」

「別に誰も何も言ってないでしょう」


 千尋が一生懸命フォローをする。


「さて、後はどうにかして古大路に研究所のことを知らせればオッケーだな」

「古大路君は信じてくれるかな。私と彼女が見たって証言だけで証明するものは何もないんだけど」


 楽観的な清次。

 香織は少し不安そうだ。


「その判断は本人に任せればいいことだ。少なくとも疑わしいと思えば自分で確かめるだろうし、本当の敵がいるってのに無駄に水学に攻め込んで戦力を消耗したりしないだろ。それより問題は……」

「赤坂綺ですわね」


 言い淀んだ清次に代わって和代がその名前を口にした。


 水学全焼以上にショッキングな昨日の出来事は、何といっても赤坂綺による大量虐殺だろう。

 彼女は何故かラバース社が裏でやっている事を中途半端に理解しているようだ。

 死んだ人間が生き返るかもしれないことも知っている。


 だが、だとしても絶対に許されることではない。

 まだ死者を蘇らせる技術は完全に確立されたわけではないのだ。

 仮にそれが成されたとしても倫理的、あるいは感情的に死者が『生き返った』と認められるだろうか。


「私たちが何を言っても赤坂さんが戦いを止めることはないでしょう。彼女は美紗子さんに生き返って欲しい一心で完全に盲目になっています」


 話し合いは通じない。

 理由はどうあれ、赤坂綺は数百人の命を奪った大量殺人者だ。


 誰かが力づくで彼女を止めなければならない。

 全員の視線が空人に集まった。


「俺がやる」


 空人は立ち上がった。


「誰かが綺を止めなきゃいけないなら、それは俺の役目だ。たとえ刺し違えてでも、この手で悲劇の連鎖を断ち切ってやる。みんな……俺に力を貸してくれ」


 全員が無言でうなずいた。

 彼は人生を削るほどの覚悟を乗り越えた。

 その情熱に対して、文句を言う人間などいやしない。


 全員の承諾を得られたと判断した清次は最後の話に移った。


「じゃあ、具体的なこれからの方針を説明するぜ」


 古大路や赤坂綺が動き出す前に彼らを止める。

 誰にとっても共通の敵は一緒のはずだ。

 敵対している相手を全部倒す必要なんてない。

 ただ、きっかけを与えて少しの人間を動かせばいい。


 それをやるのは、ここにいる八人の勇士たちだ。

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