第23話 二つの決戦

1 黒幕の老人達

 薄暗い部屋に男が立っていた。

 彼の正面には複数のモニターがある。

 そこには複数の人間の顔が映っていた。


「残る大星は十一。今次プロジェクトも大詰めになってまいりました」


 部屋の男……ラバース社長、新生浩満が語る。

 それに対してモニターの中の老人たちはそれぞれの反応を見せた。

 おかしそうに笑う者、つまらなそうに頷く者、無表情の者など、さまざまである。


 モニターの中の一人が発言した。


『いよいよ最終局面か。いや、ずいぶん楽しませてもらったよ』


 それを皮切りに老人たちは勝手に喋り出す。


『当初の予想とはずいぶん違った流れになったものだ。特にあの赤坂綺』

『私は彼女の活躍にばかり見とれていたよ。特に先日の駅前の虐殺は年甲斐もなく興奮してしまった』

『彼女の他にも面白い登場人物は沢山いたね。必死に足掻く若者の姿はやはりいいものだ』

『だが、麻布美紗子という少女は残念だったよ。個人的にお気に入りだったのだが』

『それで新生君、我々を呼び出してどういうつもりかね。誰が最後まで残るか賭けでもするかい?』

「お望みとあらば」


 新生浩満が手元のリモコンを操作する。

 すると、彼の背後の巨大モニターが点灯した。

 残った十一人の名前と倍率の数値が記されている。


『なんだ、最初からそのつもりだったのか』

『大本命の赤坂綺は一・〇一倍。対抗馬の星野空人は二・〇倍。それに比べて古大路偉樹が五・五倍とはずいぶん差をつけたものだ』

『やはり≪白命剣アメノツルギ≫を引っ提げて現れたインパクトが強かったな。実績もない終盤のポッと出だが、今のところ赤坂綺に対抗できる可能性を持つ唯一の役者というわけだ』

『神田和代やアリスといった初期からの優秀な人物も捨てがたいな。直接対決で赤坂綺に勝つのは無理だとしても、策を弄して生き延びるかもしれん』

『戦闘力とは関係ないが、内藤清次の能力は実に面白いと思う。彼はぜひ次世代に繋げてやりたい。ルシール=レインの時のような失態のないようにな』


 苦笑いを浮かべて新生浩満は答える。


「心得ております。前回の失敗を教訓に、今度は万全の態勢を整えて戦いの帰趨を見守らせております。万が一にもロストはありません」

『万全ねえ……登場人物が研究所に乗り込んで来た先日の事件もイレギュラーではないと?』

「あれは演者に与えた希望という名のエサです。より必死になるよう仕向けるためのフェイク……本物の研究所は市民たちの目の届くところにはありません」

『それを聞いて安心したよ。モルモットが野に放たれては、我らも要らぬ損害を被る可能性がある。そのような事態だけは決して起こさないようにな』

「もちろんでございます。皆様にご迷惑をかける可能性は万が一、いえ、億に一つにもありません。して皆様方。賭けの方はいかが致しますか?」

『赤坂綺の一点勝ちに一千万』

『同じく赤坂綺のみが生き残るに二千万』

『わしも同じく赤坂綺だ。二千五百万出すぞ』


 新生浩満は肩をすくめてみせる。


「皆が同じは賭けになりませんね」

『仕方なかろう。誰が見てもそれ以外の結果になるわけがない』

『ならば私は残りが半数になったところで和睦を結ぶに一千万だ。残るのは赤坂綺、速水駿也、神田和代、四谷千尋、麻布紗枝、江戸川ちえりあたりでどうだろう?』

『それもなかなか面白い意見ですな。ならば私は赤坂綺、アリス、古大路偉樹、星野空人、内藤清次、小石川香織が残るに一千五百万』

『あまり生き残りすぎても具合が悪いだろう。たしかバックアップした人格を稼働させるに当たって、オリジナルの存在が謎の不都合を生じさせるのだったよな? 故に量産は出来ぬと聞いている』

『和平などつまらん。それだけは阻止してほしいものだな』

『平和的解決の気配を感じた場合は私兵を介入させるというのはどうだろう』

「はは、皆様方の深慮には心底から感服いたします」


 満足そうにうなずく新生浩満。

 再びリモコンを操作すると、背後のモニターが切り替わる。


「結果は間もなく出るでしょう。L.N.T.の二か所で大星たちがぶつかり合います。果たしてあと幾つ星が流れるか。皆でゆっくりと鑑賞するとしましょう」


 劇場のスクリーンのような大画面に映る景色。

 それは水瀬学園前線基地とフリーダムゲイナーズの本拠地だった。




   ※


 目を閉じると、恐ろしい記憶が浮かんでくる。

 たった一日に圧縮されて体と心を蝕んだ五年分の記憶が。


「大丈夫、空人くん?」

「え? あ、ああ……大丈夫だ」


 空人は何でもない風を装って答えた。

 どうやら無意識のうちにうなされていたらしい。


 今は伸びすぎた髪を香織に切ってもらっている最中である。

 ついうとうとして意識が沈みそうになっていたようだ。


「それにしても、すごいねー。どうやったら一日でこんな風になるの?」


 香織と最後に別れてから再会するまでに現実時間では丸一日も経っていない。

 今朝別れた時は普通の高校生らしい容姿をしていたのに、夕方戻ってきたら熊か山男かという姿になっていたのだから驚くのも当然だろう。


「……清次君の力?」

「ああ」

「幻術使いって、こんなこともできちゃうんだね。次は私もお願いしようかな」

「やめておいた方がいいぞ」


 赤坂綺に負けない力を得るため、≪白命剣アメノツルギ≫を使いこなすために空人が行ったのは、幻術空間内での修行であった。


 内藤清次は幻術使いである。

 彼の能力は描いた非現実の風景を相手に見せることができる。

 ただしこの能力には制限があり、対象者の同意を得られない場合は効果は発揮できない。


 つまり戦闘で敵を惑わすのには使えない。

 精々、相手に同意を求める動作で隙を作り出せるくらいである。


 しかし清次の能力の真価はそれだけではなかった。

 高度に歪められた幻術空間は肉体そのものにも影響を及ぼす。

 その中では時間の流れが現実とは異なり、あらゆる現象を術者の思うまま起こすことができる。


 術を受けた人間にとっては体感がすべてである。

 長く幻術空間に居座れば歳も取ってしまう。


「じゃあ、本当に五年間も清次君の幻術空間の中で修業をしていたの?」

「香織だって荏原恋歌を倒すために同じくらい頑張ってきたんだろ」

「私はけっこう遊んだりもしてたけど……」


 ともかく主観的に五年という時間を費やしたのは事実。

 修行の甲斐あって空人は以前とは比べ物にならない力を手に入れた。

 強い気持ちを持って、大きな犠牲を払ってでも力を求めることを欲したのだ。


「俺には蜜師匠や神田さんみたいな才能はない。だから、ちょっとズルをしてでも、ひたすら努力し続けるしかなかったんだよ」


 そして空人はようやく手に入れた。

 最強クラスの能力者たちに並ぶほどの力。

 彼が憧れて、劣等感を抱き続けた者に勝る力を。


 香織はもう何も言わずに黙ってハサミを持つ手を動かした。

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