9 スターフィールド・スカイ
「おらぁ、出てこいやぁ!」
香織たちがラバースの研究所に向かっていた頃。
弦架地区の住宅街は技原力彦による襲撃を受けていた。
すでに水瀬学園の勢力下に置かれたはずの地域。
ここにフリーダムゲイナーズの本拠地から≪
速海や赤坂にも負けない力を手に入れるには、もはや神器と呼ばれたそのJOYを手に入れて我が物にするしかない。
住人たちは知らない、知らないと繰り返したが、他に手掛かりもない。
技原は憂さ晴らしの意味も込めてあちこちの建物を破壊し尽くした。
「やめてください、本当に知らないんです。本郷さんが北部自警団ごとフリーダムゲイナーズの傘下に入ってから小石川さんは一度もこの街に――ぐげっ」
縋るような男の頭を技原は遠慮なしに蹴りつけた。
SHIP能力者の力で脳髄を揺さぶられた男はあえなく絶命し道端に躯を転がす。
「うるせえな、そんなことはどうでもいいんだよ……俺には時間がねえんだ」
技原は焦っていた。
自由派と平和派の総力戦で、彼は何の手助けもできなかった。
このままではまた自分の知らないところで大切なものを失ってしまう。
親友だった太田。
尊敬できる相手と認めた花子。
二人を失った時の恐怖が今も頭の中で渦を巻いていた。
「やめなさいっ!」
女の声が技原を制止した。
振り向くと、見覚えのある顔が睨んでいた。
「あんた、確か……」
かつての水学四天王の一人、麻布紗枝だ。
たしか彼女も水瀬学園を抜けだしたと聞いている。
「ちょうどいい。小石川香織って奴がこの辺にいるはずなんだが」
紗枝の表情がわずかに曇った。
どうやら嘘がつけないタイプのようだ。
「答えろ」
「それは……」
「ま、正直に話すとは思ってねえよ。腕づくで行くぜ!」
言うが早いか、技原は紗枝に跳びかかった。
空中で繰り出した蹴りを両腕でガードされる。
思った以上の反応だ。
そういえばこいつもSHIP能力者だったか。
手加減は無用と判断、そのまま掴まれた足を軸に紗枝の体にしがみつく。
紗枝の体が大きく傾いた。
投げ技を使うつもりらしいが、動きがトロ過ぎる。
同じ剛力のSHIP能力者でも姉の麻布美紗子とは雲泥の差だ。
技原は紗枝の胸元を掴んだ。
踏ん張りを効かせながら背中に右拳を当てる。
「おらっ!」
「ぐぁっ……!」
振動する拳が紗枝の体内を大きく撹拌する。
足から力が抜け、その場で血を吐いて地面に膝をついた。
「四天王なんて言ってもこの程度かよ。さあ、命が惜しかったら知ってることを洗いざらい――っ!?」
紗枝を立たせようと手を伸ばした瞬間だった。
何かが技原に向かって猛烈な速度で飛来してきた。
頭に当たる直前で受け止めたが、あまりの衝撃に掌が痺れてしまう。
飛んできたモノはジュースの空き缶だった。
「なんだ、誰だ!?」
技原は缶の飛んできた方向を見た。
そして目を疑った。
それはずっと遠くの道の先。
緩やかな丘の上に、二人の人間が立っている。
ここからでは米粒程度の大きさにしか見えないほど離れた場所に。
あの距離からこれを投げたのか?
いや、投げたなんて生易しいものじゃない。
こいつは何か強烈な力によって加速されたのだ。
頭に直撃していたら即死していた可能性もある。
技原が額の汗を拭うと、遠くの二人組は空高く舞い上がった。
そして数秒後。
砂煙をあげて技原のすぐ近くの地面に着地する。
見たこともない男たちだった。
片方は技原と同じくらいの年齢の男子生徒。
そしてもう一人は明らかに異様な姿恰好をしていた。
年齢は二十代後半から三十代くらい……だろうか?
みすぼらしく、むさ苦しい格好の男だった。
鍛え抜かれた筋肉にボロボロの服装。
まるで山籠り中の修験者だ。
伸びきった髪と鬚のせいで見た目の印象はかなり年長に見える。
まるでマンガの中から出てきた無頼の格闘家のようだ。
「内藤さん……それに」
紗枝は言葉を詰まらせた。
彼女の驚きははたして何を意味しているのか。
「すまない。助けに来るのが遅れた」
格闘家もどきの男が紗枝に声をかける。
それから隣の男に話しかけた。
「清次。奴は?」
隣の呼ばれた若い男が答える。
「憶えてねえか。爆校の技原力彦ってやつで、今はフリーダムゲイナーズに所属しているはずだ」
「強いのか?」
格闘家もどきは技原をちらりと見て尋ねる。
清次と呼ばれた男がニヤリと笑って答えた。
「いまのお前なら楽勝じゃね?」
「なんだと……?」
その一言は技原の逆鱗に触れた。
地元では喧嘩で負けなし。
L.N.T.に来てからも飛ぶ鳥を落とす勢いで戦い抜いてきた。
たとえ見た目は威圧感があるからって、侮って見られるのだけは我慢ができなかった。
「楽勝かどうか、試してみるかよ!」
技原は地面を蹴って躍りかかった。
狙うは格闘家もどきの顔面。
どんな力を持っていようと、一撃で沈めちまえば関係ない。
だが、技原の拳は当たらなかった。
直前で軽く首を動かしただけ。
それで容易くかわされた。
「ちっ、少しはやるみたいだな!」
技原は動きを止めない。
次から次へと攻撃を繰り出していく。
突き、蹴り、右、下、左、フェイントを入れての連続ワンツー。
そのどれもが紙一重で避けられる。
「本当だ。たいしたことないな」
「なにぃ……」
まるで哀れな弱者を見るかのような表情。
そんな男の態度に技原の怒りは爆発した。
「ふざけんなこの野郎っ!」
渾身の力を込めて男の腹を殴る。
体ごと突進するような必殺の一撃だ。
避けられるものなら、避けてみやがれ!
「無駄だ。もうお前の動きは見きった」
しかし、技原の攻撃は当たらない。
技原は気づいた。
この男はただ攻撃を避けているわけじゃない。
攻撃を先読みし、さらに微量な風が拳先をわずかに逸らしている。
その事実に気づいた時には遅かった。
「もういいよな――倒しても」
「ごっ!?」
男の拳が技原の顔面を打ちつけた。
ものすごい衝撃。
体が上空へと打ち上げられる。
「star field――」
下の方から声が聞こえてくる。
技原は宇宙空間に放り出されたような錯覚を覚えた。
上下の間隔がなくなり、暗くなった視界にはチカチカと輝く小さな無数の光が浮かぶ。
彼の体は宇宙をさまよう小さな星屑となった。
そのまま遥か地表めがけて落下する。
「――sky――」
重力に引かれて吸い寄せられていく。
体が燃えるように熱い。
命が燃え尽きているのだ、と技原は感じた。
視界が明るくなる。
目の前には一面の青が広がっている。
それはやがて、目を焼くような眩いばかりの白に変わる。
「――白命剣!」
最後に聞こえたかすかな呟きと共に、技原の意識は永遠の闇へ落ちて行った。
※
JOYを解除すると、全身にどっと疲れが襲ってきた。
目の前には胴体を真っ二つに切断された技原力彦の死体がある。
長い辛苦の時を越えてきたとはいえ、彼にとっては初めての殺人である。
「やったな、空人」
清次が慰めるように空人の背中を叩いた。
「それにしてもお前、ひっどい格好だな。まずは風呂に入ろうぜ。あとその髪と鬚をどうにかしないと、誰もお前だってわからな――」
「空人くーんっ!」
名前を呼ぶ声とともにミス・スプリングが飛んでくる。
彼女は迷いなく空人に抱きついて甘えたような声を出した。
「あーん、会えなくてさびしかったよぉ。ほんの少しのはずなのに、もう五年以上もあってなかったみたいにさびしいっ」
空人は苦笑した。
彼女にとってはただの錯覚。
空人にとっては実際に体感で五年ぶりの再会なのである。
「まって、早すぎるよっ……って、その人は?」
少し遅れて駆けてきたのは香織だった。
彼女は不思議そうな顔で空人の顔を見ている。
これが普通の反応だろう。
今の変わり果てた姿を見て、自分だとわかる方がおかしい。
「香織。久しぶり」
「え、あ、空人……君?」
戸惑う姿がおかしくて、空人は笑った。
ミス・スプリングがふくれっ面で空人の顔を覗き込む。
「私を見て」
「わかったわかった……偵察は無事に終わったのか? 四谷さんと神田さんは?」
清次が尋ねる。
香織の表情が暗くなった。
「それが……」
「私たちならここですわ!」
全員の視線が近くの家の屋根の上に集まる。
仁王立ちで佇む和代と、隣で恥ずかしそうに顔を覆う千尋の姿があった。
「なにもわざわざ目立った登場をしなくても……」
「劇的な大脱出を遂げて命からがら生還したのです。これくらいの演出は必要ですわ!」
「命からがらって。結局、爆発っていうのは嘘だったじゃない。研究員の人たちを脅したら簡単に抜け道を教えてもらえたし」
「細かいことはいいんですのよ。それより、彼らに驚くべき情報をお伝えしないと!」
和代が屋根から飛び降りる。
なぜか彼女は横っ腹を抑えてうずくまった。
「ほら、傷も治ってないのに無茶するから」
「ううう。痛いですわ、ちーちゃん」
なにはともあれ、無事で全員帰って来てくれたようだ。
「準備は整ったな」
「ああ……けど互いの報告は後だ。その前に空人、お前はまず風呂と散髪からだ」
清次が鏡を差し出す。
空人がボロボロに汚れた自分の姿を確認すると、全員が声を上げて笑った。
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