7 死と再生
和代は奇襲の機会を窺っていた。
社長の前には本郷蜜もどきが立ち塞がったまま動かない。
あの女はどうやら社長の指示に従って動いているようだ。
この距離から≪
偽物だろうと風使いという能力に対して、和代の能力はあまりに相性が悪い。
とはいえ接近戦を得意とする千尋や香織と連携すれば倒すことは可能だ。
しかし二人は……特に香織は、本郷蜜の姿をした敵に対して明らかに戸惑っている。
ミス・スプリングは敵のボスを前にしても戦うつもりはないようで、部屋の隅で突っ立っていた
和代は香織に発破をかけた。
「香織さん、いつまで惑わされているんですか! あれが本郷さんであるはずがないでしょう!」
「うっ」
彼女にとっては浅くない関係の人物だ。
現実を受け入れたくないという気持ちは理解できる。
だが、本郷蜜は死んだのだ。
そして今は倒すべき敵が目の前にいる。
一時の感情に流されてチャンスを失うわけにはいかない。
「くっくっく……」
社長が小馬鹿にしたように笑う。
「何がおかしいんですの」
「いや、一生懸命な姿が可愛くてね」
「ふざけないでください。殺しますわよ」
「物語としてはそれも面白いんだがね。残念ながらそうはいかない。あと、この本郷蜜は本物だよ」
背後で香織たちが動揺する気配が伝わってきた。
「や、やっぱり……」
「嘘をおっしゃいなさい! だって、本郷さんは――」
殺されたはず、とは続けられなかった。
振り返って見た香織の表情に、隠しようのない喜びの色が浮かんでいたから。
「本当に、蜜ちゃんなの……?」
「本物だよ。まだ自我はなく、肉体を構成している物質も違うがね」
「やはり偽物ではないですか!」
「確かに別の存在ではある。だが、本郷蜜の姿と記憶を持ち、以前の彼女と同じように振舞えるのなら、それはもはや本人と言って差し支えないのではないかね?」
「意味が解りません!」
「理屈を説明する気はないよ。ただ確実に近い将来、彼女は必ず本郷蜜として復活する」
「死んだ人間が生き返るはずはありませんわ!」
和代は何度も大声で怒鳴った。
香織は怯えるように自分の肩を抱く。
厳しいが、これはあまりにも当然の事実だ。
「では、彼女が最初から死んでいないと言ったら?」
「なっ……」
本郷蜜は赤坂綺に殺された。
一緒に殺された二人の死体も見ている。
死んだに決まっている、生きているはずがないのだ。
それが――
「まあ、死んでるんだけどね」
「ふざけ……っ!」
怒りで目の前が真っ赤になった。
この男は一体何を考えているんだ?
「でも」
社長は変わらぬ口調でさらに続けた。
「この街で死んだ人間全員、命のバックアップを取ってある」
社長がぱちり、と指を鳴らす。
背後の扉が開いた。
そこから現れた人物に和代は我が目を疑った。
「死んだはずの人間が目の前に現れる気持ちはどうかな? 嬉しいかい? それとも恐ろしいかい?」
深川花子。
本所市。
そして……荏原恋歌。
みな、すでに死んでいるはずの人物だ。
しかも荏原恋歌に至ってはつい先ほど死んだばかりのはず。
ミス・スプリングが遠視能力で赤坂綺に殺される姿を見たと言っていた。
「なんなの? 一体なんなの……」
香織は頭を抱えていた。
千尋も呆然としている。
和代だってわけがわからない。
今すぐこの場を逃げ出したい気持ちだった。
「君たちは、このL.N.T.の目的を何だと思っている?」
混乱するこちらをよそに社長はまだまだ喋り続ける。
素直に答えるのも癪だが、和代は話を進めるために応えた。
「超能力を持った少年少女の育成……ではないのですか?」
「そんなものに莫大な予算をつぎ込むほどの価値はない。ハッキリ言ってしまうとね、JOYやSHIP能力なんてものは単なる副産物に過ぎないのだよ。真の目的は人間が生み出すエネルギーの抽出だ」
「人間が生み出す……エネルギー?」
社長はにやりと笑って頷ずいた。
「詳しく語っても君たちの頭では理解できないだろうが、わかりやすい応用のひとつとして『命の再生』というものある。君たちひとりひとりのデータは長い時間をかけてゆっくりと収集してあるからね。しかるべき器さえあれば、すぐにでもコピーできるようになっているんだ。厳密には生前のオリジナルとは異なるモノだが、クローン技術のようなものと言えばわかりやすいかな?」
「人間を複製すると言うのですか……そんなこと、できるはず……」
「クローン技術に関してはすでに君たちも成功例を知っているはずだよ。エイミー=レイン、そしてルシール=レインという二人をね」
「エイミーさんが!?」
香織が大声で聞き返す。
水瀬学園の若き学園長。
そしてL.N.T.中の敵となったその妹。
どちらもよく似た顔で、特と徴呼べる水色の髪を持った女性だった。
「彼女たち『レインシリーズ』は最初期のクローン体だ。姉妹という設定にしてあったが、どちらも同一の個体から生まれたコピーなんだよ。ベースとなったのはヘルサードの昔の恋人だ。彼女たちの場合は当人の記憶でなく、こちらであらかじめ用意した記憶と人格のデータを入れてあるんだけどね」
「なんてことを……!」
命のバックアップ。
人工的に作られた身体。
そんなもの、冒涜としか思えない。
「今のところはまだ、バックアップした人格を入れることが可能な器は完成していない。まあ時間の問題だがね」
「そうか……それで、納得がいった」
千尋が震える声で呟く。
「赤坂さんはそれを知っているんだね」
「御名答。頭の回転が速い子がいて助かるよ」
社長が手を叩いて千尋を褒める。
和代は馬鹿にされたような気がして不快になった。
「どういうことですの?」
「赤坂さんは死んだ人が生き返る……作り直せることを知ってる。だからあんな風に人を殺せるんだよ。それとこれは想像だけど、赤坂さんは交換条件として彼らの言う通りに行動するよう仕向けられているんじゃないかな」
「交換条件……」
そこまで言われて、和代もピンときた。
「美紗子さんの復活ですか」
「その通り。我々は麻布美紗子を蘇らせることを条件に、赤坂綺くんに生徒会長としての職務を全うしてもらっている。彼女たちは本当に仲が良かったみたいだからね」
あの二人がただの先輩後輩ではない特別な関係にあったことは和代も知っている。
大切な人を失うことがどれほど悲しいことか、経験のない和代にはわからない。
でも、だからって……!
「作り物の代替品なんて、そんなのは本物の美紗子さんじゃありませんわ!」
「君がどう感じるかは知ったことじゃない。赤坂綺同様、この技術が完成すれば喜ぶ人はたくさんいる。なにせ人類がその歴史上、初めて死という業から逃れることができるようになるんだ」
「御託はたくさんです!」
和代の怒声が社長の不愉快な声をさえぎった。
「ラバース社が何を企んでいようとどうでもいいことですわ。人形遊びが趣味なら勝手にやってなさい。私たちはあなたを倒して、このふざけた争いを終わらせます!」
「美女学の生徒会長は意外と思考が単純だね。私を倒しても争いは終わらないよ」
「単純で結構。どんな理由を並べられようと、モルモットの立場に甘んじるつもりはありませんわ!」
「ならば戦おう。こちらの駒とそちらの数はちょうど四対四。おや? 五年半前の対校試合と同じだね。しかも八人中五人が同じメンバーだ。あの時は荏原恋歌くんの独壇場だったが、今回はどうなるかな?」
社長が最後まで言い終わると同時に、荏原恋歌の姿をした何かが前に出た。
「この体に入っているのは意思も感情も持たない疑似人格だが、先ほど回収させた本人のJOYを持たせてある。その恐ろしさは良く知っているだろう? さあ荏原恋歌くん、目の前の敵を殲滅せよ!」
社長の声を合図に、荏原恋歌もどきが≪
四つの光球がそれぞれ和代たちに向かって飛んでくる。
「くだらないマネを!」
和代は飛来する光球すべてを≪
四つの光球は半分の距離も飛ばないうちにすべて叩き落とされ地面に墜落する。
「いくら同じ能力を持っていようと、意思を持たなければただの木偶人形! 本物の荏原恋歌さんとは比べるべくもないですわ! さっさと息の根を止めて差し上げます!」
「ほう……」
社長は興味深げに顎を手で撫でながら頷いた。
「なるほど、能力を使えるだけではダメなのか。やはりJOY使いの強さはパーソナリティに依存するのだね。それにしても神田和代くん、君の成長もなかなかのものだ」
社長が懐から取り出したリモコンを操作する。
彼が入ってきた背後の扉が開いた。
「気が変わったよ。この場は君たちを見逃してあげよう。試作品とはいえ、一体一億円もする高価な器を壊されてはたまらないのでね」
社長が扉の向こうへ消えていく。
木偶人形たちもロボットのように後に続いた。
彼女たちの姿が見えなくなると、音もたてずに扉は閉まった。
「待ちなさい!」
和代は≪
しかし、閉ざされた扉に遮られて攻撃は届かない。
その直後、不穏当な放送がどこからともなく聞こえてきた。
『当施設は自己崩壊シークエンスに移行、十分後に爆破消滅します。職員は速やかに避難してください』
「このっ!」
「やめて和代さん、逃げるのが先だよ!」
なおも扉めがけて攻撃を繰り返そうとする和代の背中を千尋が必死に抱き止めた。
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