6 研究所

 注意を凝らさなければ見落としてしまう小さな地下道の入り口。

 それは住む者もいない、未完成な住宅街の隅にあった。


 中に入るとすぐに暗闇が辺りを支配した。

 トンネルは反対側へ抜けておらず、わずかな光も見えない。

 知らない人間が偶然に迷い込んでも開通していない通路と思って引き返すだろう。


 千尋の持つ懐中電灯のわずかな明かりだけを頼りに奥へ進む。

 ある程度まで踏み入った所で、全員が覚えのある違和感に包まれた。


「間違いないですわね」

「うん」


 和代と千尋が視線を交わさずに確認し合う。

 彼女たちが感じたのは能力制御装置の範囲内に足を踏み入れた時の感覚だった。


 かつては街全体を包んでいたこの感覚。

 能力者たちを抑え、街に平和を与えていた装置。

 それがこの先のわずかな範囲でのみ作動しているのだ。


 つまり、この先に暴力が及んで欲しくない何かがあるということ。

 能力制御装置を生産できる技術がありながらラバースが街の現状を放置している証でもある。


 道は途中で途切れた。

 四人の前にむき出しの岩盤がある。

 分岐路もない一本道の末の行き止まりである。


「私が」


 千尋が懐中電灯を香織に渡して前に出る。

 振り上げられた右手に刃のない丸い剣が出現した。


 ≪无覇振動刀ブイブレード≫である。


「でやあぁっ!」


 気合一閃。

 水学の穏やかな剣士がJOYを振り下ろす。

 本体が岩盤にめり込むと同時に、能力特性である振動を送り込んだ。


 岩盤は粉々に砕け散り、その裏にあった鉄の扉をも粉砕する。


 崩れた岩と鉄片の向こうから光が差し込んで来た。

 蛍光灯に照らされた真っ白な廊下が現れる。


「ちーちゃん、能力使用に違和感は?」

「まったくないよ。普段と同じように使える」


 この場にいる四人はジョイストーンを持っていない。

 正確にいえばすでに体内に取り込んでしまっているのである。


 古大路偉樹とアリスが開発したJOYインプラント。

 極めて単純な方法を用いて能力を自分自身の力にする技術だ。


 これを行った者はJOYを他人に奪われることも、加齢と共に使えなくなることも、能力制限装置に力を封じられることもなくなる。


 四人は注意深く周りを観察しながら奥へと進んだ。

 十メートルほど先のT字路を白衣の研究員らしき男が歩いている。


「ん? なんだ、お前ら……」


 こちらを振り向いて声を上げようとしたが、させなかった。

 和代の≪楼燐回天鞭アールウィップ≫が素早く研究員の首に巻きつく。


「ぐげげげげっ」


 呼吸を封じられた男の頭に先端の球体が触れる。

 ≪无覇振動刀ブイブレード≫と同質の振動が一瞬のうちに男の意識を闇に葬った。


「確かに問題ないようですわね」

「……殺してないよね?」


 和代は倒れた研究員を踏み越えて先へと進む。

 千尋が男の脈を調べて安心したように息を吐いた。


「彼は運がよかったですわ。もう少し後で会っていたら、手加減ができたとは限りませんから」




   ※


 その後も何人か研究員とすれ違ったが、すべて和代が一瞬で気絶させた。

 接近戦を得意とする千尋や香織の出番は全くなかった。

 ミス・スプリングはそもそも戦う気がない。


 ふと、和代は足を止める。


「気づいたのですが、むやみに歩き回るよりも、研究員を捕らえて尋問した方が早くありませんか?」

「うん。私もずっとそう思ってたけど和代さんがすぐにやっつけちゃうから」


 なにを今更と言いたげに千尋が答える。

 和代は黙って視線を前に向けて歩きだした。


 次の研究員と出会うより早く、四人の前に大きな扉が現れる。


「いかにも怪しげですわね。どうやら尋問なんて迂遠なことをする必要はなかったようですわ」

「和代さん……」

「さあ、行きますわよ」


 和代が手を触れようとすると扉は自動的に開いた。


「……見られていますわね」

「まあ、あれだけ派手にやればね」


 扉の向こうに広がっていたのは何もない大きな空間だった。

 学校の教室を四つ並べたくらいの縦長の部屋。

 壁の色は廊下と同じく白一色だ。


 部屋の中央に人が立っていた。

 研究員たちとは明らかに毛色が違う人間だ。

 真っ白なボディースーツに身を包み、白い仮面で顔を隠している。

 凹凸のあるボディーラインとヘルメットから溢れた長い髪から若い女性であることだけはわかった。


「いよいよプロのお出ましですか」


 さすがに研究所を守る戦力がないわけがない。

 和代たちの潜入に気づいてラバースの人間が送り込んだ戦闘員だろう。

 どれほどの力を持っているのかは不明だが、決して侮って良い相手ではないはずだ。


「私がお相手いたしますわ。かかっていらっしゃい」

「待って和代さん、ここは協力して一気に片付けた方がいい」


 和代は一人で戦うつもりだったが千尋に強く制止された。


「私だけでも問題ないと言いたいところですけど、遊んでいる場合でもないですわね。ここはちーちゃんの言う通りにしましょう……香織さん、どうしました?」


 香織は驚いたような顔でボディースーツの女を見ている。


「そんな……まさか……」


 彼女の様子は尋常ではない。

 和代が何事かと眉をしかめると。


 部屋の中に突風が巻き起こった。


 風の発生源はボディースーツの女。

 どうやら彼女はJOY使いのようである。

 自分で起こした風に乗り、猛スピードで迫ってくる。


「風使いですか! しかし、そのような脆弱な力で!」

「まって和代さん! あの技は――」


 千尋も何かに気がついたようだ。

 相手の進路を阻む位置に立った和代を押しのける。

 低空飛行をするボディースーツの女をすれ違いざまに斬りつけた。


「もう、なんですの!?」


 突き飛ばされた和代は前のめりになってたたらを踏んだ。

 千尋の行動に文句を言いつつ、背後に回ったボディースーツの女を振り返る。


 ≪无覇振動刀ブイブレード≫は女の頭部に当たった。

 白いヘルメットが真っ二つになり、音を立てて地面に落ちる。


 女が顔を晒す。

 それは千尋や香織も良く知っている人物だった。

 弦架地区の北部自警団のリーダーにして、弓道部の空気使い――本郷蜜。




   ※


 そんなはずはない。

 あの女は死んだはずだ。


 自由派の刺客として水瀬学園に乗り込んで来て、赤坂綺に殺された。

 死体が麻布紗枝の手で片付けられるところも和代は離れた校舎の中から見ていた。


 それなのに、なぜ――


「っ! 来ますわよ!」


 本郷蜜らしき女が腕を振る。

 無数の真空の刃が香織を襲った。


「っ!」


 香織はとっさに横に飛んで直撃を避けた。

 リノリウムの床が木屑のように無残に削り取られる。


「蜜ちゃん、私だよ! 香織だよ!」


 香織が必死に呼びかける。

 しかし本郷蜜は無視して攻撃を続けた。


「危ない!」


 千尋が無防備な姿をさらす香織を守ろうと前に出た。

 真空の刃を≪无覇振動刀ブイブレード≫で受け止める。


「香織さん、惑わされないで! 偽物に決まっているよ! だってあの人はすでに――」

「死んでいる……と言いたいのかね?」


 部屋の隅から男の声が聞こえた。

 全員の注目がそちらに向く。


 オールバックの金髪に白いスーツ姿の若い男が立っていた。


「やあ、お久しぶり。私を覚えているかな」


 千尋と香織が「誰?」という視線を向ける。

 和代だけは彼の正体を知っていた。


「ああ失礼。以前に会った時、そちらの二人は気絶していたね。荏原恋歌くんにやられて」


 和代は敵意のこもった眼差しで男を射抜く。

 ちらりと本郷蜜を見るが、攻撃の手は止まっていた。


「……悪の元凶がわざわざ姿を現したのは、そんなつまらない皮肉を言うためなのですか?」


 白スーツの男はおかしそうに笑った。


「そう邪険に扱わないでくれ。ここ最近ずっとむさ苦しい研究員としか会話をしてないのでね。イレギュラーとはいえ、せっかく出向いてくれた若い女性とお喋りを楽しみたいと思うのはいけない事かい?」

「嘘をおっしゃい。私たちのことなど実験動物くらいにしか思っていないくせに」

「それは誤解だよ。君たちは立派なゲームの駒、愛着のあるキャラクターだよ」

「……っ!」


 和代は衝動的に≪楼燐回天鞭アールウィップ≫を振った。

 攻撃の軌道上に本郷蜜が割って入り、風の結界を張る。

 振動球は攻撃の軌道を逸らされて白スーツ男の後方の壁を砕いた。


「短気は損だよ。君たちは私にいろいろと聞きたいことがあったんじゃないのかな?」

「そんなこと、あなたさえ殺せば後はどうでもいいことですわ」


 なぜなら目の前にいるのはL.N.T.住人共通の敵。

 学生たちを争わせ、街に住む人たちすべてを苦しめた悪の組織の首魁。


 ラバース社長、新生浩満だ。

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