4 魔天使狂乱
商店通りの戦いは続いていた。
いや、それはもはや戦闘と言える状況ではない。
怯え逃げ回る数百数千の大人たちを赤坂綺が一方的に殺し続けるだけ。
虐殺だった。
すでに駅前通りには一〇〇を超える死体が転がり足の踏み場もない。
血の匂いが辺りに充満し聞こえてくるのは哀れな大人たちの叫びだけ。
今の赤坂綺という少女はただ特殊な力を持っているだけの女子高生でない。
その赤黒い六枚羽の翼が示す通りの断罪の魔天使。
地上に降りた悪魔だった。
一人対三〇〇〇。
いくら圧倒的な力を持っていようとも、数の上では決して楽勝できるわけではない。
大きな動物が無数の小蟲に食い殺されることがあるように、三〇〇〇人の人間が団結して戦えば、ここまで無残な結果にはならなかっただろう。
だが、ここに集まった大人たちは訓練された戦士でも統率された軍人でもない。
L.N.T.に来る前は平和な日本で普通に暮らしていた、恐怖と言う感情を持つ普通の人間だ。
自分が殺されても後に続く誰かがこの悪魔を倒してくれたら、などと考えて戦える者は一人もいない。
逃げ道に殺到した群衆に赤い羽根を撃ち込む。
人が密集している場所に降り立って剣を振る。
「あはっ! あははっ! あーはっはっは!」
赤坂綺は笑い続けていた。
一秒ごとに人が死んでいく様を自ら演出しながら。
まるでゲームで敵を倒すことを楽しんでいる子供のように。
「ぎゃあーっ!」
突如、赤坂綺のいる場所とは違うところで人が宙に舞った。
群衆が逃げる方向から逆流し、邪魔者を跳ね飛ばしながら何かが近づいてくる。
一発の光球が飛びだした。
赤坂綺は素早くそれを翼で防ぎ、光の球が飛んできた方向を睨みつけた。
「赤坂ァ……」
そこに立っていたのは復讐に顔を歪める女。
かつてのエンプレスの首領、L.N.T.の女帝、荏原恋歌だった。
荏原恋歌は二つの≪
赤坂綺は彼女を一瞥したが、すぐに視線を逸らし、特になんの感想も漏らさなかった。
剣を無造作に一振りする。
また命が一つ消える。
「赤坂ァ!」
無視されたと感じた荏原恋歌はさらに怒りを色濃くする。
鬼神のような形相をしているのは怒りのせいだけではない。
恋歌は小石川香織の≪
内側から引き裂かれるような感覚だ。
とても常人が耐えられるものではない。
だが、荏原恋歌は耐えていた。
すべては赤坂綺に復讐を果たすため。
小石川香織などどうでもいい。
だって、赤坂綺を倒さなければこの不快な気持ちは絶対に晴れない。
たとえそれが、狂おしい痛みの中で古大路偉樹に刷り込まれた、洗脳めいた言葉のためでも。
「お、おお……救世主だ……」
「彼女ならやってくれるかもしれん……」
逃げる人々は恋歌の存在を頼もしく思った。
かつて自分たちを虐げていた最強の女帝が味方に付いたのだ。
「殺す!」
断罪の魔天使の前に復讐の悪鬼が立ち塞がる。
恋歌は赤坂めがけて次々と光球を撃ち出した。
だが、当たらない。
得意の高機動力で回避される。
翼の絶対防御の翼で防がれる。
手にした剣で斬り落とされる。
「ふふん」
赤坂綺は恋歌をバカにするかのように、一発防ぐごとに傍にいた人間を斬り殺す。
そんな攻撃じゃ障害にすらならないとでも言いたげに。
「貴様……キサマ……!」
あまりの怒りに恋歌は頭の血管が切れた。
額から血を噴きながら地面に降り立つ。
すべての光球を正面に集める。
「赤坂ァァァッ!」
七つの光球が恋歌の前で渦を巻く。
すべての光が一つになって莫大なエネルギーを生み出す。
それと同時に恋歌の体のあちこちが裂けて、全身から鮮血を迸らせる。
恋歌の出せる理論上最大最強の技。
その名は『七連星』
巨大すぎるエネルギーによる負担はあまりに大きかった。
万全の状態であっても無事に使えた試しはない。
まさしく捨て身の一撃である。
「おおおおおおおおおっ!」
咆哮と共に恋歌は七連星を放った。
赤坂綺がこちらを見た。
次の瞬間、四方八方から飛んできた赤い羽が、七連星を貫いた。
巨大な光の球は激しく揺れ、バラバラの小さな欠片となって飛び散った。
分裂した光のひとかけらが赤坂綺の元にたどり着く。
赤坂綺はJOYを解除し、そっと開いた手のひらで光を受け止めた。
「弱っわ(笑)」
光は赤坂綺の手の中で弾けて消えた。
哀れなモノを見下すようにニヤリと口の端を歪める。
「アカサカアアアアアァァァァァッ!」
すでに恋歌に戦う力は残っていなかった。
全身から血を噴き出し、体もバラバラになりかけている。
それでも恋歌は自らの足で駆け、六枚翼を広げた悪魔の元へと向かう。
赤坂綺が飛んだ。
背後に降り立つ影。
横薙ぎに振られる剣。
≪
目の前で真っ二つになる大人。
背後から恋歌の体を貫いてゆく赤い羽。
体が前のめりになった直後、刃が恋歌の胸を薙いだ。
最後の一撃すら、私だけのために振るってくれないのか。
「アカ……サ……」
恋歌の意識は闇に落ちた。
「うわあーっ! 女帝がやられたーっ!」
その他大勢と同じように最後の希望はあっさりと消えた。
逃げ惑う群衆の混乱はさらに大きくなる。
赤坂綺は変わらず殺戮を続けた。
逃げる人々。
追いかけて確実に殺す断罪の魔天使。
その進行方向と反対側、水瀬学園の敷地から走ってくる女子生徒がいた。
彼女は目の前の惨状に一瞬言葉を失うものの、死体の山を乗り越えながら赤坂綺に近づいて、一息に伝えるべき情報を口にする。
「報告します! 北側からフリーダムゲイナーズによる襲撃を受け、水瀬学園は現在すべての校舎が燃えています! 防衛にあたった者たちは能力を封じられて一方的に」
そこで彼女の言葉は途切れた。
開いた口から上が斬り飛ばされたからだ。
残った顎から噴水のように血を噴き出して死体の山の一つになる。
この女子生徒、赤坂綺にとっては仲間である。
彼女が殺されたのはなぜか?
考えるまでもない。
悪魔の前に人が立った。
それだけで許されざる大罪なのだ。
この場にいる全員が罪人なのである。
その罪は死によってしか償えない。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
虐殺は続く。
断罪の魔天使は笑い続けていた。
季節はずれの灼熱の太陽が駅前の街道を照らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。