3 古大路の秘策
おかしい、妙だ。
古大路は現在、水学を裏手から攻める部隊を率いている。
彼は予想よりも厚い敵の布陣を奇妙に感じていた。
フリーダムゲイナーズのメンバーに担がせた輿の上で古大路は考える。
調べた情報に間違いがないなら、水瀬学園に常駐している兵数は三〇〇人程度のはず。
事前に流した情報を受けて各地に散らばっていた生徒を集めたとしても、五〇〇にも満たないだろう。
なのに、およそ総数と思われる人数が水瀬学園裏手の住宅街にひしめいている。
どの道を通っても狭い路地を埋め尽くすほどの防衛線が敷かれているのだ。
自由派は兵数の大部分を正面部隊に集中させている。
その多くは新戦力であるJOYインプラントで力を与えた大人たちだ。
フリーダムゲイナーズの正規メンバーは大半が古大路と共に裏手の奇襲部隊を担当している。
こちらの戦力は約八〇〇。
数合わせの大人も一部こちらに含めている。
現状でも単純な人数では圧倒的に勝っている。
慌てる必要はないのだが、敵の戦略が読めないのは面白くない。
予定よりも作戦は困難になりそうだ。
とはいえ切り札がある以上、必勝は揺るがないが。
「私も出ようか」
古大路の隣で同じように輿に担がれているアリスが小声で呟いた。
「最悪の場合はお願いしたいところだね」
「すごく痛いけど我慢すればJOYも使えないことはない」
「そこまでしてもらう必要はないさ。痛みを堪えてもらうのはあちら側の『彼女』だけでいい」
古大路はさらに部隊を進ませた。
前方に平和派のメンバーが待機しているのが見える。
学園裏は迷路のような住宅街で、しかも校舎に向かって上り坂のため守る側が圧倒的に有利だ。
この辺りがギリギリの位置だろう。
古大路は輿の上で立ちあがる。
そして遥か後方に向けて三条の≪
それが合図となって人垣が割れ、メンバーによってもうひとつの輿が運ばれてきた。
ただし、担がれているのは人ではない。
小型の鉄塔のような機械であった。
「装置を作動させろ。同時に大人部隊を前へ」
「は!」
メンバーの一人が鉄塔下部の赤いボタンを押す。
すると、この場にいる全員が奇妙な感覚を覚えた。
どこか懐かしいような違和感。
つい一年ほど前まで常に感じていたものだ。
「幸運にもこちら側の部隊に選ばれた皆さん。これまであなた達が受けたのと同等の屈辱を、愚かな水学生徒共に味わわせてあげてください」
「うおおおおおっ!」
古大路の号令で百数十人の大人たちが一斉に坂を駆け上がる。
彼らの眼前に待ち構えるは水学の防衛部隊。
おそらくJOY使いだろう。
数秒後、敵は自らの体に受けた違和感の意味を思い知ることとなった。
小型の鉄塔のようなこの装置は、かつてL.N.T.全域に影響を及ぼした能力制御装置と同じものである。
アカネの月の残党と
小型ゆえ効果範囲は半径一キロほどに限られる。
しかし効果は抜群で、範囲中のすべてのJOY使いは力を失う。
ただしSHIP能力者と同様、JOYインプラントを受けた人間だけは別だった。
「な、なんだ? JOYが使えな……ぎゃああっ!」
「ハッハァ! 死ねェ! ガキどもォ!」
思うままJOYを振りかざす大人たち。
それを迎え撃つのはJOYを封じられた学生たち。
力を手に入れた大人たちが、力を失った若者を蹂躙する。
これまでとは全く逆の光景が学園裏門近くの住宅街で展開された。
※
「い、痛いです……やめて……」
「あぁ!? 止めろだぁ!?」
「ひっ!」
憎しみの表情を浮かべながらで女生徒の頭を踏み躙る中年男。
「勝手なこと言ってんじゃねえぞ! テメエらが今までどれだけ好き勝手にやってきたかわかって……」
「止めろよこの野郎!」
「ぎゃび!?」
その頭を鋭い槍先が貫いた。
「な、なんだこいつ? 何者ぐえっ!」
「待て! 暴力の前に話し合おごっ!」
続けざまに槍を振り、左右の大人をほぼ同時に絶命させる。
能力を失って戸惑う防衛部隊の中、果敢に応戦するのは速海駿也だ。
「次はどいつだ!?」
圧倒的なパワーと機動力。
彼は調子に乗っていた大人たちを次々と打ち倒していく。
JOYインプラントで得た能力と同様、SHIP能力もまた能力制御装置の影響を受けることはない。
常人離れした彼の動きを捕えられるレベルの能力者は大人たちの中にはいなかった。
とはいえ、水学側でまともに戦っているのはほとんど速海一人だけである。
次から次へと襲い来る敵をすべて打ち倒すのは至難の業だ。
しかも後詰にはフリーダムゲイナーズの主力部隊が控えている。
体力を温存させつつ敵を退かせるには恐怖を与えて退かせるしかない。
赤坂綺を見習い、速海は躊躇なく敵を殺していく。
辺りは瞬く間に血と死体で埋め尽くされた。
「ば、バケモンだっ! こんな奴に勝てるかっ!」
鬼神のごとき速海の戦いぶりに、後続の大人たちが撤退を開始した。
迷路のような住宅街の中、逃げ道はいくらでもある。
速海はあえて彼らを追わなかった。
逃げる大人たちの波を逆流し、猫のような身のこなしで近づいてくる人影があった。
素早く振るった槍先を彼女の持つナイフが受け止め火花を上げる。
「アリスか!」
「あなた、邪魔」
ここにきて最悪の敵が出てきた。
しかし情報が正しければ今のアリスはJOYが使えないらしい。
ならば条件は互角……
いや、アリスはSHIP能力者ではない。
普通に考えれば明らかに速海の方が有利なはずだ。
なのに、この威圧感。
目の前に立った時のこの恐怖!
L.N.T.最恐、悪帝と呼ばれた女は伊達ではない。
……だからどうした。
こちらはもっと恐ろしい女を毎日傍で見ている。
「うおおおおっ!」
いまさら旧時代の恐怖に負けるものか。
※
大人たちがしっぽを巻いて逃げだすことなど予想の範囲内だ。
いくら犠牲が出ても気にする必要すらない。
代わりの兵は無数に作れる。
赤坂綺か速海駿也のどちらかが裏手に現れる可能性は、古大路ももちろん考えてあった。
赤坂綺なら能力制御装置の範囲外まで逃れて距離を取りつつ戦うだろう。
速海駿也ならばかまわず突っ込んでくるはずだ。
はたして、後者の予想通りになった。
予定通りに速海が現れた場合の始末はアリスに任せてある。
欲を言えば赤坂綺の方を消しておきたかったが、あちらは『彼女』に任せることにしよう。
おそらくだが、赤坂綺は極めて少ない人数を率いて正面部隊を迎え撃っているのだ。
自身の能力を過信したことを体力の限界が訪れた頃に後悔するだろう。
結局、すべてが古大路の思うままに進んでいる。
古大路はアリスと速海の一騎討ちを大きく迂回し、十名ほどの部下を率いて水瀬学園校内に侵入する。
そのまま彼らは素早く第一校舎へと向かった。
途中で出会った生徒は容赦なく≪
第一校舎にたどり着く。
古大路は部下に運ばせたポリ容器の中身を校舎の壁にぶちまけた。
「さようなら、我が母校。すべての元凶にして悪の巣窟」
ポケットから取り出したライターに火をつける。
灯油のしみこんだ壁に放り投げる。
見る見るうちに炎が膨れ上がる。
校舎の壁を燃え移っていく。
次々と運ばれてくる灯油を部下たちは絶えず撒き続けた。
しばらく経つと周りの校舎からも同じように火の手が上がりはじめた。
「よし、お前たちは残って監視だ。消火しようとする者が現れたら遠慮なく殺害しろ」
「はっ」
古大路は部下に命令をしてその場を離れた。
逃げ惑う水瀬学園生徒を狩るために。
ここまで面倒な指揮官役を務めたり、大人たちへのフォローをしたりで疲れているんだ。
たまにはストレス解消くらいしても許されるだろう。
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