2 駅前の虐殺
「作戦は以上よ。何か質問は?」
生徒会役員たちの前で赤坂綺は作戦の説明を行った。
いや、果たしてこれが作戦と呼んでいいものなのか。
「……本気なんですか?」
「なにが」
ようやく声を絞り出したのは速海駿也。
赤坂綺は質問の意味がわからないと言いたげだ。
「フリーダムゲイナーズ側の作戦が本当に正しいなら……」
「失礼ね。私の密偵が仕入れた情報が間違ってるわけないじゃないの」
速海も会ったことはないが、赤坂綺は直属の密偵を持っている。
そして彼女はその人物が持ってくる情報に全幅の信頼を寄せていた。
「失礼しました。ですが、だったらなおさらです。この作戦には無理があると思います」
「何でよ。戦力に大きな差があるんだから、あなた達にもこれくらいはがんばってもらわないと」
「問題はオレたちの方じゃないですよ。心配なのは生徒会長の――」
「グリーン」
小さな、けれど、とてつもなく冷たい声が速海の言葉を遮った。
赤坂綺は氷のような瞳で速海の目をまっすぐに見る。
それだけで体温が奪われるような気がした。
「あなた、万が一にも私が倒れるところが想像できる?」
「い、いや……」
「だったら文句言わないの。私は私で頑張るから、あなた達も自分に割り振られた仕事をしっかりとやって頂戴。アリスさんも出て来られないみたいだし楽なものでしょ」
何も言葉がなかった。
別にこちらは無理難題を押し付けられているわけではないのだ。
本当に大変なところはすべて赤坂綺に引き受けてもらっている……もらい過ぎなのだ。
「搦手の指揮は茅埜に任せるわ。もし十分な成果を出せたなら、正式にカラー持ちにしてあげる」
「はっ、はい! 光栄です!」
嬉しそうな顔で意気込みを見せる下級生。
元気な返事を受けて赤坂綺は満足そうに微笑んだ。
その表情だけを見ていれば、天使のように美しいのに。
「……オレには指揮を任せられませんか」
「え? だってグリーンは古大路君の首をとってきてくれるんでしょ?」
喉元に氷の刃を突き付けられたような気分だった。
「な、なんで……」
「起死回生の一手、期待してるわよ。遊撃隊長さん」
速海は赤坂綺の前で古大路を討つなどと一言も口にしていない。
先ほど技原に語った以外には考えを声に出したことすらないのに。
赤坂綺は自分の考えなどお見通しなのか。
それとも――
「そうそう。お友達の計画、うまくいくといいわね」
今度こそ完全に言葉を失った。
もし時間を戻せるのなら、技原が出ていくのを死ぬ気で止めただろう。
どんな恨みや怒り、正義、大義、信念を持っていても、この人には絶対に敵わない。
「ただし! まだまだグリーンには働いてもらわなきゃならないし、こんなところで死んじゃダメよ? きっちり暗殺を成功させて、しっかり私の下へ帰って来なさい」
赤坂綺は艶然とした微笑みを浮かべてそう言った。
自分より頭一つ分身長が低いはずなのに、なぜか高い所から見降ろされているような感じがした。
※
水瀬学園へとまっすぐ延びる道。
大人たちが列を作って進軍していた。
駅前の原千田地区から御谷地区を抜けて水瀬学園地区へ向かう。
ゆるやかな坂道を上り、またわずかに下ると、学園駅前の商店通りが見えてきた。
大人たちの代表を任された鈴木孝は自身のJOYであるテレパシーを使い、数十人ごとに編成された各部隊の小隊長と連絡を取り合いながら、慎重に歩を進めていた。
彼はラバースの社員ではない。
この街で暮らし、小売店を営む平凡な男だった。
年齢は四十二歳で、息子が水瀬学園に入学する時に一緒にL.N.T.にやってきただけの一般人である。
家族と一緒に暮らすことは許可されなかったが、この街で仕事を得て、仕事を終えた後の晩酌と週末に遊びに来る息子との語らいだけでも十分な生きがいになっていた。
その息子はこの戦乱の初期に能力者同士の戦いで命を落としている。
この街では殺した相手を訴えることも、自分の手で復讐することもできなかった。
悲しみの毎日を送っていた彼の所に突然やってきて希望を与えてくれたのは古大路偉樹だった。
学生たちの特権だったJOYという力。
それを与えてもらった上に、作戦部隊の総指揮という大役まで任せてくれた。
古大路には心底から感謝している。
この作戦を成功させることが彼への恩返しになるだろう。
自由を手にした後は、ラバース社の悪魔の所業を世の中に公表しよう。
それを達して初めて息子の魂は浮かばれる。
同じような考えを持っているのは自分だけではない。
後ろに続く何千人もの大人たちも……いや
この戦いに参加していない何万もの善良な人々もそうだ。
皆、ラバース社を憎んでいる。
自由を欲している。
その代表として戦闘で戦えることを、彼は心から誇らしく思っていた。
「さあ、あとちょっとで敵地だ! フンドシを締めてかかれよ!」
「うおおおおおおおおっ!」
テレパシーに乗せ、声にも出して全員の気合を入れ直す。
手にした武器を掲げた二千人以上の大人たちが鬨の声で応えた。
これだけの人数がいて負けるわけがない。
超能力者だろうが、相手はたかだか数百人の高校生だ。
今さら若者に罪はないなんて綺麗事は言わない。
好き勝手にやってきた水瀬学園のガキども。
奴らには必ず痛い目を見せてやる。
さあ、そろそろ敵の本拠地が見えてくるはずだ。
駅前の商店通りに入れば水瀬学園前駅の駅舎はもうすぐそこである。
まだ敵の影は見えない。
校舎に立てこもって籠城する作戦だろうか?
そうなれば搦手から攻めている古大路の率いる第二部隊と挟み撃ちだ。
さらに部隊を前進させる。
学園駅前にぽつんと人影が見えた。
紛れ込んだ一般市民か。
はたまた敵の斥候か。
どちらでも構わない。
この一大イベントに居合わせたのが悪いのだ。
「前進! 前進んんんーっ!」
構わず部隊を進ませる。
テレパシーで仲間に知らせる必要もないだろう。
まもなく人物の顔が判別できる距離に差し掛かる所で、そいつは急に視界から消えた。
不審に思いながらも停止命令は出さない。
ふと、視界が暗くなった気がした。
さっきまでは快晴だったのに、急に雲が出てきたのか?
彼は歩きながら上を向く。
見上げた空に、太陽を背にする六枚翼の悪魔を見た。
※
赤坂綺が振り下ろした≪
近くの中年女性が悲鳴を上げると同時にさらに二つの首が飛ぶ。
綺は躍るように群衆の中を駆け回った。
双剣を一振りするたびに血飛沫が舞い上がる。
相手はJOYインプラントを受けて何かしらのJOYを得た一〇〇〇人近い大人たち。
しかしDリングまでは用意できなかったようで、防御に関しては完全に生身である。
烏合の衆を蹴散らす事など、綺にとって豆腐の塊を切り崩すよりも容易かった。
ほとんどの人間は何が起こっているのかも理解できていないだろう。
叫び声を上げる人もいた。
そんなことは全く身を守る行為にならない。
目の前にいた人間が斬り殺されるのを見た次の瞬間には自分もまた骸に変わる。
やがて、状況を理解した者たちが反撃を開始した。
「ちくしょう! なんなんだよこいつ!」
手にした武器で殴りかかってくる者。
何某かの能力を用いる者。
反応は様々だが、動きも鈍ければ力も弱い。
これまで戦ってきた能力者と比べても児戯のような抵抗だ。
綺は小馬鹿にするように敵の攻撃を躱しては斬りつけ、翼で防いでは斬りつけた。
「あはっ、あはははははっ! それ、それそれそれぇ!」
面白いように首と鮮血が飛ぶ。
彼女が剣を一振りすると最低でも三つの命がこの世から消える。
右手を振って三人。
左手を振ってさらに三人。
大人たちの抵抗は全くの無意味だった。
飛び回る彼女にダメージを与えることすらできない。
とはいえ綺も人間である。
疲労が蓄積すれば動きが鈍くなることもある。
もちろん、その隙を突かせるほど彼女の戦いの経験は浅くない。
「ふざけんな! ふざけんなよお前――ぎゃあっ!」
鉄パイプで殴りかかってきた中年男性の攻撃を避ける。
大きく旋回しつつ敵の脇下から首の付け根にかけて斬り裂き、そのまま上空に退避。
地上十メートルの高さに逃れた赤坂綺に対して、地べたを這いつくばる弱者は抵抗手段を持たない。
「撃てっ! 能力で撃ち落とせっ!」
石礫や火の玉が飛んできた。
この程度は翼でガードするまでもない。
Dリングの守りすら通さない程度の、あまりにか弱い抵抗だ。
「さあ、いっくわよー!」
赤坂綺が攻撃を宣言する。
赤黒い翼が光り輝き、無数の羽が射出される。
「ぎゃあっ!」
「なんだこれ、なんだこ……ぎえええっ!」
「どこから撃たれてるんだ!? やめろっ、助けっ――」
羽根は縦横無尽に飛び回り、地上の人間たちを貫いていく。
ほんの数秒も経たないうちに数十の命が消えていく。
敵部隊は混乱の極みに陥った。
「冗談じゃねえよ! あんなバケモノ相手にしてられるか!」
「どけよっ! 逃げなきゃ殺されちまう!」
悪魔を前にした人間の行動そのままに、哀れな大人たちは我先にと逃亡を開始した。
ある者は後ろの人間を蹴倒して来た道を戻る。
ある者はフェンスを越えて線路の中へと必死の逃走を試みる。
ある者は這うように商店通りの路地から坂の上の住宅街へ続く道へと逃れる。
「だーめ、逃がさないわよぉ」
狭い路地に殺到する群衆も、高いフェンスによじ登る人間も、綺にとっては格好の的だ。
「げひっ!」
「ぐぎゃあッ!」
赤い羽根が正確に彼らの心臓を射抜く。
面白いように人が倒れ、高所から落下する。
「だれかっ! 誰か助けてくれーっ!」
事態を理解していない後方の群衆が動かないせいで撤退することすらままならない。
過剰に集めた人員が明らかなマイナスに働いた形になった。
パニックはやがて全体に伝染していく。
綺はそんな群衆のど真ん中に降り立ち、思うままに≪
「ぎゃあああああっ!」
双剣を手に綺は舞う。
一振りごとに命の灯が消えていく。
「あははっ、あははははははははっ!」
綺は笑っていた。
楽しそうに、とても楽しそうに。
狂った笑い声を上げながら、彼女は人を殺し続けた。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
赤い悪魔の死の舞踏。
誰もそれを止めることはできない。
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