第22話 死と再生
1 水瀬学園侵攻
太陽が街を照りつけていた。
日常から遠ざかり、季節の感覚を失ったL.N.T.
そこに住む人々にとっても今日の気温は異常だった。
春を飛び越えいきなり夏が来たような灼熱の暑さである。
この街をどこかで監視している神気取りの誰かによる演出だろうか。
だが、それももうすぐ終わりだ。
古大路偉樹は駅前のペストリアンデッキ上から目の前に広がる景色を見降ろしていた。
千田中央駅前通りに集まった、人、人、人。
上から見下ろす光景はまるでライブ会場のようだ。
なにやら人気アーティストになったような気分でもある。
その数は実に三〇〇〇人以上。
アカネの月による学園テロから始まった日から数か月。
能力者たちによって繰り返される戦乱に怯え、ひっそりと暮らしてきた街の大人たち。
男女比はおよそ五対一。
二十代後半が一番多いだろうか。
中には白髪の混じった老人なんかもいる。
彼らの我慢はとっくの昔に限界を超えていた。
JOYインプラントによって力を手にした今、もう以前とは違う。
フリーダムゲイナーズの一員として、自らの手で悪を倒し、自由を掴むことができる。
「L.N.T.に住む皆様。ついにこの日がやってきました」
古大路の演説もいつもより少し熱が入る。
「この街を戦場に変え、善良な市民を虐げてきた悪の企業ラバース社。その先兵である水瀬学園生徒会。それらに一矢報いる時が来たのです! 他ならぬ、あなた方自身の手で!」
「うおおおおおおおおっ!」
駅前に大歓声が響き渡る。
愚かな大衆は若者も大人も変わりない
ちょっと甘い言葉とエサを与えてやるだけでいい。
それだけで自ずと従順な兵隊になってくれる。
「我々が独自に生み出したJOYI技術により、もはや彼我戦力差は決定的となりました。あとは皆さんの怒りをぶつけるだけ。目指すは水瀬学園! すべての始まりの地で決着をつけましょう!」
「わああああああっ!」
「古大路! 古大路!」
止まない歓声に古大路は満足し、民衆たちの前から姿を引っ込めた。
と、歩道橋の階段脇にアリスがいるのを発見した。
「あんなものでよかったかな」
「いいんじゃない」
相変わらずの無表情である。
一大決戦を前にしても彼女は緊張とは無縁のようだ。
「体はもう大丈夫なのか?」
「動ける程度には。でも、≪
アリスは先日、脱走を図った小石川香織と戦い敗北した。
その際に彼女の≪
あの荏原恋歌を倒しただけあって、まさしく一撃必殺の技だったと言う。
赤坂綺の≪
能力を使用すると、とてつもない激痛を受ける。
つまり、実質JOYが封じられたも同然なのである。
この街において能力が使えないということは非差別階級への堕落を意味する。
向こうで騒いでいる大人たちとは一夜にして逆の立場になってしまったわけだ。
「協力はしてもらいたいが、無理はしないでくれよ。戦力として以上にあなたの頭脳は貴重なんだ」
「わかった」
それでもアリスは能力に頼らないナイフ格闘術がある。
自衛に徹すれば低レベルな能力者に負けるようなことはないだろう。
彼女がやられたと聞いた時には耳を疑ったが、生きて戻ってくれてよかった。
これから行われる作戦に支障はない。
この時のために、万全の準備を行ってきたのだ。
「さあ行こう。この手に自由を掴むために、そして……」
古大路はアリスに言葉の先を促したつもりだったが、彼女は何も言わなかった。
※
「いよいよ始まるな」
速海駿也は水瀬学園第二校舎四階にある自室にいた。
赤坂綺の命令で悪趣味な緑色に染められた髪をかき上げて窓の外を眺める。
自由派の連中は非戦闘員のはずの大人たちを集めて水瀬学園を襲撃しに来るらしい。
どうやったのか知らないが彼らは年齢制限を外れた大人たちにJOYを与え、戦力に組み込んだのだ。
水瀬学園生徒会に与する平和派の能力者の数は、どう多めに見ても四〇〇人程度。
非能力者の人員を含めても一〇〇〇にも満たないだろう。
数の上での戦力差は絶望的だ。
いくら赤坂綺が強くても、押し寄せる人の波をたった一人で止められるわけがない。
今日この日、水瀬学園は壊滅し、平和派は自由派に敗れるだろう。
「で、お前はどうするんだ?」
ベッドに腰掛けている技原力彦が尋ねてきた。
速海に敗れて以来、彼は黙ってこの部屋でおとなしくしている。
逃げようと思えばチャンスはあったはずだが、これまで何の行動も起こさなかった。
彼もまた己の行くべき道を見失っているのだろう。
「もちろん戦うさ。オレがいなきゃ生徒会の士気が下がる」
一〇〇人程度の戦力差なら速海と赤坂の二人でひっくり返すこともできる。
しかし、流石に今回だけはどうしようもないと思った。
一〇〇〇人規模の争いになれば、もはや個人の武力でどうにかなるレベルではない。
それでも速海には起死回生の作戦がある。
たった一つの行動で逆転に繋がる秘策が。
「古大路の首を取る、か」
考えていたことを言い当てられても速海は驚かなかった。
肩を並べて歩んできた親友なら自分の考えが読めても不思議じゃない。
「そう言う技原はどうする気だ? まさか争いに紛れて赤坂さんを狙うつもりじゃないだろうな」
「そいつも考えたけどな。もっと確実な方法でいくつもりだ」
「確実な方法? そういえば、ここ数日何かを調べていたようだが」
「まあな。ちょっとお前が使ってる密偵を借りたぜ」
「それは構わない。で、何を企んでる?」
「面白い情報を仕入れたぜ。ヘルサードが残していったとんでもないモンが、古大路の所から盗み出されたらしい」
「ヘルサードが?」
久しぶりに聞く名前だ。
速海はこの街に来るきっかけとなった人物の顔を思い出す。
支社ビル奪還作戦の後、L.N.T.から姿を消した運営のひとり、ミイ=ヘルサード。
技原の言うとんでもないモノとは、彼が残したジョイストーンのことを言っているのだろう。
「本人以外じゃルシール=レインくらいしか扱えなかったっていう伝説のJOYか」
「そうだ。だが、俺なら必ず使いこなしてみせる」
それは神器とも呼ばれるJOYで、並の人間が使える代物ではない。
あの荏原恋歌が手にしていた時期もあったが、彼女がそれを使ったという情報はない。
恐らく扱いこなせなかったのだろう。
だが、技原の力ならあるいは強引に抑え込むこともできるかもしれない。
ルシール=レインが能力弱体化の能力を併用することで反動を抑え込んでいたように……
「じゃあ、これが最後の別れになるかもな」
その能力を手にした後、技原がどう行動するかには興味がない。
水瀬学園が陥落したとしても、赤坂綺は生き延びるだろう。
死に時を今日と決めた速海には関係のないことだった。
「それじゃ、行くわ」
「ああ。あの世で太田にはよろしく言っておくよ」
かつての親友同士が最後に交わした言葉はそれだけだった。
速海が再び窓の外を見て数秒後、技原の気配は室内から消えていた。
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