8 VSアリス! 香織と空人と白い翼の少女!

 アリスの戦闘スタイルはナイフを用いた接近戦による格闘術だ。

 補助としてJOYの電撃も使うが、直接攻撃こそ最も警戒すべきである。


 最初に仕掛けたのはアリスだった。


 SHIP能力者でもないのに驚くべき速度で接近する。

 彼女は瞬く間に香織との間の距離を詰めた。


 ナイフによる電光石火の刺突。

 香織は大きく後ろに飛んで回避する。


 荏原恋歌対策で動体視力を徹底的に鍛えていなければ一撃でやられていただろう。

 なんとかかわしたものの、体勢を崩した香織はアスファルトの上を転がった。


 勢いをつけて起き上がる。

 アリスがこちらに指を突き出した。


「≪雷皇の楽園サンダーランド≫」

「っ!」


 香織は反射的に地面を蹴った。


 アリスの指先から放たれた電光が香織の目をくらませる。

 しかし、電撃そのものは間一髪で避けられた。


 地面が焦げる匂いが漂う。

 少しずつ視界が戻ってくる。


「死んで」


 その時、アリスは目の前に迫っていた。

 寸分の狂いなく心臓を狙った一撃だ。


 香織は諦めずに横に跳んだ。

 また紙一重で致命傷は避けられた。

 制服が切り裂かれて、胸元に血がにじむ。


「や、やっぱり強い……!」


 ナイフと電撃による連携は完璧で、一部の隙もない。

 攻撃の密度と威力は荏原恋歌ほどではないが反撃を行う余裕がまるでなかった。


 このまま体力を消耗し続ければ、遠からず不利になるのは目に見えている。

 一か八か攻撃に転じるしかない。


「次は始末する」


 宣言と同時にアリスは突っ込んできた。

 ナイフの切先だけを見据え、ギリギリで攻撃を避ける。


「痛っ!」


 左腕をナイフの先端が掠めた。

 鋭い痛みが走るが、傷は決して深くない。


 アリスが地面を踏み締め、次の斬撃に移る。

 ここでカウンターを合わせる!

 香織は拳を握りしめた。


「ブロウクン……つっ」


 痛みのせいで体の動きが鈍った。


 顔をしかめたのは一瞬だったが、それが命取りだった。

 すでにナイフは目前に迫っている。


 やられる――!

 そう思った瞬間。


「!?」


 風が吹いた。

 自然ではありえない足もとから突風。

 上昇気流が巻き起こり香織の体をふわりと浮き上がらせる。


 入れ違いに空から降りてきた白い少女がアリスの前に降り立った。

 その人物がナイフによる攻撃を受け止める姿を空から見た。


「え? え?」


 香織は浮いていた。

 体が心地よい温かさに包まれる。

 それは人の体温、逞しい男の子の腕だ。


「よかった、間に合った」

「そ……空人君!」


 間一髪の所で香織を救ったのは、弦架地区に残っていたはずの星野空人だった。




   ※


 空人は安堵していた。


「腕を斬られたのか。大丈夫か?」

「う、うん。かすり傷だよ。それより空人君、どうしてここに?」

「決まってんだろ。香織を助けに来たんだよ」


 平和派と自由派。

 どちらも当初の信念は忘れて暴走をしている。

 蜜が死んだという噂を聞いて空人は居ても立ってもいられなくなった。

 これ以上の仲間が犠牲になる前に、自由派に残った香織のことを助け出したいと思った。


 だから飛んできた。

 文字通りに。


 ただし、無事に香織と再会出来たのは良かったが、状況は最悪のようだ。

 L.N.T.で荏原恋歌と並んで最も恐ろしいと言われた女が彼女の命を狙っているのである。


「爆校の悪帝アリスか」

「空人君、あの人は?」


 香織は空人が一緒に連れてきた少女について尋ねる。

 背中に大きな白い翼を背負った女の子だ。


「ああ、彼女は……」

「空人くん」


 紹介しようとすると、少女は空人の言葉を遮って口元で人差し指を立てた。


「ダメだよ、私の名前を知ってるのは空人くんだけでいいの。私を呼ぶなら『ミス・スプリング』とでも呼んでね……なんてね」


 彼女はそう言ってにっこりと笑ってみせた。


 自称ミス・スプリング。

 あの日、絶望に暮れる空人の前に降り立った少女。

 自分のことを好きだと言ってくれた彼女のおかげで、空人は立ち上がることが出来た。


「な、何なの、あの子……?」


 ソラトにとっては恩人みたいなものだが、彼女を見る香織の目はどこか訝しげである。

 名前すら教えたがらない人間なんて不審に思っても当然だろう。


 だが、アリスの攻撃を止めた彼女の力は本物だ。


「白い……翼」


 アリスが目を見開いた。

 すでに彼女は香織のことを見ていない。

 視線は目の前のミス・スプリングに……彼女のJOYである真っ白な翼に注がれていた。


 なんだ? と思う間もなくアリスは再び動き出した。

 ナイフを閃かせ、ミス・スプリングに襲い掛かる。


「危ない!」

「大丈夫!」


 ミス・スプリングは素早く上昇して攻撃を回避した。

 宙に浮いたままの空人たちの前で停止。

 無言でこちらを睨みつける。


「空人くん」

「あ、ああ……」


 空人はすぐにその視線が意味する感情を理解した。

 慌てて地面に降りて香織の体を離す。


 要するに彼女は嫉妬してるのだ。

 いつまでも香織を抱えていることに。


「立てるか?」

「うん」

 

 香織は少しふらついたが、しっかりと両足で地面を踏みしめた。


「うんうん。無事でよかったね」


 ミス・スプリングが微笑む。

 二人が離れたことで満足したようだ。


「あとは……」


 そして彼女は視線を再度アリスに向けた。


 アリスもまたミス・スプリングだけを見ている。

 空人たちのことなど眼中にないようだ。


「どうする、空人くん?」

「うーん。このまま飛んで逃げられそうだけど」

「私はその人を運びたくないよ。空人くんがその人を抱えて逃げるのも、ちょっとやだな」

「なっ……」


 失礼な発言に香織がミス・スプリングを睨む。

 しかし、返ってきたのは人畜無害そうな笑顔だった。


「そんなに睨まないで。私はあなたとも仲良くしたんだから」

「仲良くって……」


 何を考えているのかわからないミス・スプリングに対して香織は反応に困っていた。

 構わず彼女は言葉を続ける。


「それに、よく考えたらこれってチャンスだよね」

「ああ」


 空人は頷く。


「やっちゃおう。空人くんはサポートしてね。そっちの人もお願い」


 言うが早いか空人の返事を待たず、ミス・スプリングはアリスめがけて突撃を開始した。




   ※


「それ、私にちょうだい」


 アリスが何事か言いながらナイフでミス・スプリングを何度も斬りつける。

 その刃はことごとく彼女が張った見えない壁によって阻まれていた。


「そんな攻撃、効かないよ」


 彼女のJOY≪白天使の翼エンジェルウイング≫は翼型能力の例に漏れず、高機動力と絶対防御能力の両方を兼ね備えている。


 ただし、その傾向は赤坂綺の≪魔天使の翼デビルウイング≫よりもヘルサードの≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫に近い。

 翼そのもので攻撃を受け止めるわけではなく、前方に張った透明な結界で敵の攻撃を防ぐのだ。


「電撃が来るぞっ!」

「おっけー!」


 空人が叫ぶと、ミス・スプリングは声に反応して背中の翼を前面に回した。

 直後、アリスが≪雷皇の楽園サンダーランド≫による電撃を放つ。


 アリスを中心にした半径五メートルの空間で電撃が暴れ回る。

 ≪白天使の翼エンジェルウイング≫はこの圧倒的な攻撃を完璧に防いでいた。


「攻撃が止む!」


 空人は再び叫んだ。


「それじゃあ反撃いくよー!」


 ミス・スプリングは防御を解除してアリスに襲いかかる。

 彼女は右手をアリスの胸元に添えた。


「そーれっ!」

「うぐっ……」


 掌から相手の内面に衝撃を与える≪白天使の翼エンジェルウイング≫の攻撃技である。

 大きなダメージは与えられないが、相手を怯ませるには十分な威力があった。


 そのままアリスの襟元を掴みながらミス・スプリングは空高くへと舞い上がる。


「香織、そこから五歩前、二歩左へ」

「え?」

「僕が合図したら真上に向けてアッパーカットの要領で≪天河虹霓ブロウクンレインボー≫を打つんだ」


 香織はその指示の意味がよくわからないようだった。

 しかし空人が真剣な表情なのを見て言われた通りの位置に移動する。

 香織が立っている場所の遥か上空、ミス・スプリングはアリスを掴んでいた手を離す。


「後は任せたよー」

「……! ……あ!」


 アリスが空から落ちてくる。

 体が思うように動かないのか、空中で身じろぎしている。


「来るぞ、準備しろ!」

「は、はい!」


 香織は光り輝く拳を握りしめ、空から落ちてくる敵を見据えた。


「ブロウクン――」


 目標をしっかりと見据える。

 距離とタイミングを定めるのは難しい。

 一歩間違えれば落下してくるアリスの下敷きだ。


 だが、空人がいればその心配は無用だ。

 その瞬間を見極めて合図を出す。


「今だ!」

「レインボーっ!」

「……っ!? うああああああああ!」


 空人の声と同時に振り上げた香織の拳が、アリスの背中を打ち砕いた。

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