7 JOYインプラント

 四天王の相次ぐ死亡と離反によって、組織体制としての水瀬学園生徒会は瓦解しかけていた。


 足立美樹と中野聡美が戦死。

 麻布紗枝と協力者の神田和代、四谷千尋は行方不明。

 残った実力者と言えば生徒会唯一の男子生徒である速海駿也くらいである。


 いくら赤坂綺が圧倒的な戦闘力を持っていようと、これでは多面的な活動は行えない。

 フリーダムゲイナーズも主力を何人か失ったが生徒会を潰すチャンスは今をおいて他にない。


 そのための切り札を用意すべく、古大路とアリスは最後の実験を行おうとしていた。


「な、なにするんだよっ」


 古大路の下にひとりの中年男性が連れて来られた。

 左右から二人の学生に押さえ付けられ無理やり連行されてきた哀れな男。


 平和だった頃は千田中央で商店を営んでいたが、能力開放以降は若者たちの抗争に怯えながらひっそりと暮らしていた、L.N.T.の大部分を占める哀れな大人たちの一人である。


「これからお前にチャンスをやる」


 古大路は傲岸な態度でアリスが用意した薬品を男の前に差し出した。

 毒々しい紫色をしたその液体は見るからに有害そうである。


「な、なんだ、やめろっ」

「暴れさせるな。抑えつけろ」


 古大路は左右の生徒に命じて男の体をしっかり固定させる。

 強引に口を開かせ、その中に紫色の液体をゆっくりと流し込んだ。


「こぼさないように飲め。少しでも漏らしたら殺すぞ」


 脅すような言い方は男には効果的だった。

 この街で能力者に逆らえる非能力者なんていない。

 ましてや相手が現在の最大派閥の片割れの指導者ならばなおさらだ。


「の、飲みます! 飲みますから……んっ、んくっ」


 言われるまま男は液体を飲み干した。

 最初は毒でも飲んだように青ざめていたが、即効性の影響がないと知って安堵の表情を浮かべる。


「あ、あの。これは一体……?」

「念じてみろ」

「え?」

「いま、お前の頭の中に『言葉』が浮かんだはずだ。それを口にして念じて形にしてみろ」


 男は古大路の顔をじっと見ていた。

 その『言葉』の意味をすぐには理解できないらしい。


「早くしろ」

「は、はい!」


 古大路が苛立たしげに手を伸ばすと、男は覚悟を決めたようだ。

 彼は喉を鳴らして、その言葉を発する。


「≪《|復讐の炎(アングリーリベンジ》≫!」


 男の周囲に淡い炎が浮かぶ。

 同時に部屋の温度が急激に上がった。

 その現象を起こした男は慌てて『能力』を停止させた。


「こ、これは……!?」

「喜べ、お前はJOYを手に入れた。これでもう若者相手にビクビクする必要はない。自分の自由は自分の手で掴め」


 アリスの研究――それはこの『JOYインプラント』と呼ばれる技術である。


 本来JOYとはジョイストーンを持つことによって引き出される力だ。

 しかし、この技術はSHIP能力と同様にJOYをにしてしまう。


 つまり、ジョイストーンがなくてもJOYが使えるようになるのである。


 この技術による利点は二つ。

 一つは能力を他人に奪われる心配がなくなるという点。

 もう一つはJOYインプラントを受けた人間なら誰でも制限なく能力を扱えるという点である。


 ジョイストーンを介した能力行使には素質が必要になる。

 適正がない人間がジョイストーンを手にしても能力は引き出せない。

 その上、能力に体が耐えられず強い痛みを発症し、最悪は死亡する可能性もある。


 適正は年齢によって変化する。

 最終的にある程度の歳になるとJOYが使えなくなってしまうのだ。

 jewel of youthの名が示すとおり、思春期の少年少女にしか使うことができない力なのである。


 JOYインプラントはそれらの欠点を克服する。

 己の力とすることで若者でなくとも使えるようになる。


 この街に数万人いる、若者に怯えて暮らすしか生きる道のなかった大人たち。

 彼らに能力を与えて味方にすることでフリーダムゲイナーズの戦力は大幅にアップする。


「はは、はははは。これで、これで……」


 男が笑う。

 もう一度力を解放する。

 自らを包む淡い炎のエネルギーに酔いしれる。


 男は古大路に襲い掛かった。


「これでもう怯えなくて済むぞぉ!」


 胸元を掴みあげられた古大路は無言だった。


「クソガキども、よくも散々偉そうに振舞ってくれたな! こんな力を手にしたからにはもうお前らの好き勝手にはさせんぞ! ガキが大人に勝てるわけがないってこと、その体に叩き込んで――」


 最後までセリフを言わせることはなかった。

 男の腹を古大路のレイアローの光の矢が貫いた。


「え、が……」


 手を離した男の体がよろける。

 太った体に何本もの光の矢が突き刺さる。

 男が床に倒れたときには、すでに絶命していた。


「やはり、たいした能力は得られないか」


 独り言のような呟きにアリスが冷たい声で答える。


「雑兵として扱うには十分でしょ」

「そうだな。あまり強い力を与えて今のように調子に乗られても困る」


 JOYインプラントの原料である能力付与前のジョイストーンは腐るほど余っている。

 だが、実のところ守りの要であるDリングはほとんど残っていない。

 防御力のない捨て駒としての低能力者量産が精一杯だ。


 戦十乙女のような強力な能力者が大人たちから出てくる可能性は極めて低いだろう。

 とはいえ、戦闘に参加できるだけでも使い道はいくらでもある。

 古大路は男を連れてきた二人の生徒に命じた。


「ただちに支配区域に人を遣わせて大人たちを集めさせろ。JOYIの生産が軌道に乗り次第、彼らに能力を与えて兵士とする。必要な数を揃えたら一気に水瀬学園に攻め込むぞ!」




   ※


「なんてことを……」


 狂気の計画としか思えなかった。

 数千人の能力者を作り出し、水瀬学園を徹底的に攻め滅ぼす?

 そんなことをしたら、どれだけの被害が出るのか彼はわかっているのだろうか。


 いや、無意味な疑問だ。

 古大路偉樹は犠牲を無視できるほど強い執念に動かされている。


 彼は間違いなく作戦を決行するだろう。

 もはやフリーダムゲイナーズ内部から彼を止める手段はない。


 そう判断した小石川香織は行動を開始した。


 親友の蜜を失ってからしばらく塞ぎこんでいたが、彼女は偶然にも古大路とアリスの会話を聞いてしまい、居ても立ってもいられなくなった。


 いつまでも落ち込んでなんていられない。

 一刻も早く空人たちと合流して彼らを止めなければ。


 ただ逃げるだけじゃダメだ。

 香織は脱走する前に古大路の自室に忍び込んだ。

 せっかく平和派の本拠にいるのだから、何かしらの成果を得たいと思って。


 そして香織は手に入れた。

 為政者らしく豪奢に飾り付けられた派手な室内。

 戸棚の上に飾られるように置いてあった、真っ白に光り輝くジョイストーンを。


 紆余曲折を経て古大路偉樹の手に転がり込んだミイ=ヘルサードのJOY。

 その名は≪白命剣アメノツルギ≫という。

 赤坂綺の≪断罪の双剣カンビクター≫を上回る破壊力を持つ最強の剣である。


「これがあれば……!」


 手に入れたジョイストーンを握りしめ、香織はフリーダムゲイナーズ本拠地からの脱出を図る。

 非常口から第一校舎を抜け出してアスファルトの中庭を全速力で走った。


 途中にあるバスケットコートに差し掛かった所で、ゾッとするような声が聞こえてきた。


「どこに行くの」


 声のした方を見上げる。

 同時に、その人物は二階の窓から飛び降りてきた。

 たいした衝撃もなく地面に降り立ち、香織の行く手を阻むよう小柄な少女が立ち塞がる。


「アリスさん……っ!」

「逃げるの?」


 香織は相手との距離を測った。

 よりによって最悪な相手に見つかってしまった。

 他の生徒ならともかく、かつては三帝の一人に数えられた能力者だ。


 戦って切り抜けるのは至難の業。

 彼女の強さが尋常ではないことはわかっている。

 戦十乙女の芝碧を殺したという噂はすでに香織も耳にしていた。


「……そこを通らせてください」


 やるしかない。

 彼女を相手に背中を見せることは死を意味する。

 ならば、正面から挑んで倒すしか突破する方法はない。


 やれるはずだ。

 同じ旧三帝の荏原恋歌だって倒した自分ならできる。

 ≪天河虹霓ブロウクンレインボー≫を当てさえすればどんな敵だって倒せるはずだ。


 勝てる。

 自分に言い聞かせる。

 香織は再び戦う決意をする。


「だめ。逃げるなら敵」


 アリスがナイフを抜いた。

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