4 散りゆく乙女たち
技原と速海は校舎の中に消えていった。
その後、真っ先に動いたのは蜜だった。
≪
掌の中で圧縮位させた空気を残る三人の前で握り潰した。
「きゃあっ!」
指の隙間から漏れ出た空気の流れは足立美樹、中野聡美、麻布紗枝の三人に直撃。
さほどの威力はないが、人間を吹き飛ばして壁に叩きつける程度のダメージは与えられる。
だが、流石に四天王と呼ばれた女たちはそこまで甘くはなかった。
「あはは! そんなのきーかない!」
美樹はどうやったのか空中で急停止。
聡美は近くの木の幹にロープを巻き付け枝上へと跳ね上がった。
そして麻布紗枝は姉譲りの剛力で地面に腕を突き刺して強引にブレーキをかけた。
その紗枝の頭上に複雑な模様に織り込まれた巨大な編物が覆いかぶさる。
「不用意に体勢を低くしてはいけませんよ」
市の≪
端から解けた糸が紗枝の体に巻きついて彼女を地面に固定する。
「くっ、しまった!」
どちらも中距離戦闘を得意とする蜜と市にとって、接近戦を得意とする麻布紗枝は非常に相性が悪い。
力の入りにくい形で動きを封じれば剛力のSHIPを持っていようと脱出は不可能。
即席の連携で一番厄介な敵を真っ先に封じることに成功した。
もちろん、これで終わりではない。
麻布紗枝の動きを封じても、四天王はまだ二人も残っている。
この二人……最低でも片方を仕留めなければ、紗枝にトドメを刺すチャンスは得られないだろう。
「よくも紗枝をっ!」
枝の上から飛び降りた聡美が鞭のようにしなやかなロープで市を攻撃する。
距離はかなり離れていたが、ロープは蛇のように波打って目測以上の伸びを見せた
「当たりませんよ」
市は眼前に糸の結界を張り巡らせた。
伸びきったと思ったロープがさらに伸長する。
攻撃の先端を受け止めた糸の結界が大きくたわんだ。
「本所家の当主……! やはり並の能力者じゃないか!」
攻撃が通じないとわかると、聡美はすぐにロープを手元に戻した。
今度は自分の足元でバネのような形を作る。
「これならどうだ!?」
跳躍で一気に距離を詰めてくる。
蜜は彼女の予想着地点で待ち受けた。
そこに横から足立美樹が襲い掛かってくる。
「やっぱりあなたは裏切った! 綺ちゃんの敵になる奴はぜんぶ殺さなきゃいけなかった! 殺す殺す殺す! きゃははははは!」
蜜はゾッとした。
美樹の顔は完全に狂気に染まっている。
もはや正気に戻る余地があるとは思えない。
「さあ死になさい! 私の≪
彼女自身も赤坂の下で多くの人を殺めている。
手心を加えてやるつもりは毛頭ない。
「本所さん!」
蜜が叫ぶ。
背後から伸びた一筋の糸が美樹の手首を正確に貫いた。
「あ!?」
美樹は苦痛に顔を歪めたものの、構わず自身の能力を発現させようとする。
一瞬の遅れで充分だった。
足元の空気を操り回転しながら美樹の頭上を取る。
蜜が彼女の背後をとると同時に、いくつもの風の刃が美樹の全身を襲った。
「――Dream hold!」
見えない空気の凶刃が巻きつく。
蜜の体を凄まじい力で縛り上げる。
「あぎゃあああああっ!」
断末魔の絶叫を上げながら美樹の体がちぎれ飛ぶ。
背中に敵の血と肉片を浴びながらも蜜の機動は止まらない。
恐怖に目を見開く聡美の着地地点に向かって蜜はさらに加速した。
「えっ」
直後、肩と脇腹に鋭い痛みが走った。
何かが蜜の体を貫いたのだ。
蜜はその場で方向を転換。
聡美の動向に気を配りながら油断なく周囲を見回した。
「ぐっ!?」
さらに太ももと右腕を『何か』が貫いていく。
目の端に僅かに映ったそれは、ただ赤い色をしているということ以外は何もわからなかった。
痛み。
戸惑い。
恐怖。
蜜は混乱した。
そんな彼女をあざ笑うかのように、赤い『何か』が今度は蜜の左目を射抜いた。
自らの死を直感した直後、蜜は残る右目で頭上に浮かぶ悪魔を見た。
六枚翼を背中から生やした断罪の魔天使。
水学生徒会長赤坂綺が降りてくる。
彼女が地面に両足を付けるより早く、襲来した無数の赤い羽が、蜜の体をズタズタに破壊した。
薄れゆく意識の中で蜜は自分の犯した過ちを悟った。
この街で生き延びたかったら、赤坂綺を敵に回してはいけない。
※
「ハナちゃんの仇!」
市が指先から延ばした毛糸で赤坂綺に向かって攻撃をする。
赤坂綺は小馬鹿にするような冷笑を浮かべていた。
両手の剣で易々と毛糸を切り裂いていく。
「このっ」
直接攻撃が効かないと判断した市は≪
敵の接近と同時に発動するカウンター狙いの罠である。
だが、綺は構わずに正面から突っ込んで来た。
「煩いのよ、人の留守中に上がり込んだ盗人さん」
綺が頭上を通り過ぎた時、市の上半身は結界ごと二つに切断されていた。
彼女が最期に見たのは、再び上空に舞い上がった赤坂綺の、ゴミを見るような侮蔑の瞳だった。
※
「さて、これはどういうことなのか説明してもらえるかしら?」
周囲の空気すら凍てつかせるような冷たい声と共に赤坂綺が地上に降りてくる。
紗枝は答えることができなかった。
争いには慣れたはずだが、目の前の惨状はあまりにも酷すぎる。
そして、それを行った先輩に対しての精神的ショックで口が開かなくなってしまったのだ。
代わりに中野聡美が状況を説明する。
「敵の襲撃です。自由派の連中は会長……レッドが留守の時を狙って精鋭を送り込んできました。おそらくは少しでもこちらの戦力を削ぐため、四天王を暗殺しようと目論んだので」
「そう言うことじゃないの。そんなのは見ればわかるわよ」
赤坂は苛立たしげに聡美の言葉を遮る。
「私が言いたいのはね、どうしてイエローが不様にやられてるのかってことよ」
「……は?」
「ピンチになるのはいいわ。リーダーの私が戻ると同時にカッコよく救出するっていう演出になるもの。なのに、私が来る前にやられちゃ台無しじゃない!」
紗枝だけでなく、聡美も言葉を失った。
赤坂綺は美樹が殺されたことを悲しんでいない。
彼女を救えなかった自分たちを怒っているわけでもない。
ただ、呆れているのだ。
自分の思い通りの展開にならなかったことに。
「あーあ、せっかく五人そろっての決めポーズも考えてたのに。しょうがないから早めにメンバーを補充しなきゃね。一般生徒の中に素質のある子はいるかしら? 次はもうちょっと役に立つ子を入れないと」
「美樹は赤坂さんのために戦って命を落したんですよ!?」
聡美の声は怒りに震えた。
少し前から美樹がおかしくなっていたのはわかっていた。
それでも彼女は心から赤坂綺を尊敬し、赤坂綺のために命を賭けて戦っていた。
しかし、崇拝対象である赤坂綺が自分のために殉じた美樹に送ったのは、人を人とも思わない、命を侮辱するような言葉だった。
「役に立たなきゃいくら頑張ったって無駄よ。聡美、いいから代わりの人材の選別を開始して。紗枝はそこに散らばってる三体のゴミを奇麗に片付けてちょうだい。みんなの校舎は奇麗にしなきゃね♪」
「ふざけるなっ!」
怒声を上げながら聡美がジョイストーンを地面に叩きつける。
「お前は人を何だと思っているんだ!? 美樹も私たちもお前の道具なんかじゃない、街の平和のために、生徒たちのために命を賭けているんだぞ!」
これまで耐えていた聡美の怒りがついに爆発した。
やり方は過激だが、赤坂綺は確たる信念を持って生徒会を導いてきたと思っていた。
そう思えば彼女のふざけた態度もなんとか堪えていられたのだが、もはや我慢がならなかった。
「なのにお前は、ヒーローごっこのつもりで遊んで! 人が死んでるんだぞ! このくだらない争いのせいで罪もない人間が何人も死んでるってことを理解してるのか!?」
「バカにしないでくれる? ちゃんとわかってるわよ」
赤坂綺は平静そのものの態度で聡美の激情を真正面から受け止める。
人を小馬鹿にしたような表情は紗枝の背筋を凍えさせた。
そして彼女は聡美の怒りにさらなる油を注ぐ。
「はいはい。大声を出してスッキリしたら早く仕事に戻ってね」
「……っ! 私はもう、お前とはやってられない!」
聡美は赤坂綺に背を向ける。
彼女の拳は血がにじむほど強く握りしめられていた。
「どこへ行くつもり? まさか暴徒に協力して私と敵対するとか言わないでしょね」
「自由派の味方はしない。私はもうこんな醜い争いはごめんだ。死んだ美紗子だって、こんな風になるなんてこと望んでなかったはずなのに」
数か月前の戦いで命を失った前会長。
聡美の口から出たその名前を聞いた赤坂綺の顔が歪む。
「じゃあな。また街に平和が戻ったら、その時は――」
離別の言葉を最後まで口にすることはなかった。
それより早く、聡美の首は胴体から離れた。
「あんたなんかに美紗子さんの何がわかるのよ」
手にした≪
「味方じゃなくなるって言うなら、いつ敵に回るかわからないものね。紗枝、ゴミがひとつ増えちゃったけど、後片付けよろしくね」
赤坂綺はすでに声も表情も平常に戻っていた。
だが、彼女が美紗子の名前に過剰反応したことは間違いない。
美樹と同じ……いや、それ以上に赤坂綺は狂っている。
彼女をこのままにしておいてはいけない。
それが無理なら逃げだしたい。
紗枝はそのどちらも選ぶことができず、ただ去っていく赤坂の後姿を眺めていた。
「神田さんと四谷さん、正式メンバーにしちゃおっかなー」
赤坂綺は意に沿わぬ者は仲間相手でも容赦しない。
この狂人を相手に、どうして逆らうことができるだろうか。
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