3 対決、水学四天王
先頭を歩く技原の足が止まった。
「着いたぜ」
正面には壁があった。
壁は左右にどこまでも続いている。
この向こうはもう水瀬学園の敷地内である。
学園の東部は昼なお薄暗い原生林地帯に面している。
林の中に境があり、侵入するだけなら容易なのだ。
「ほら、先に行けよ」
「失礼します」
「周りの警戒は任せてください」
蜜が空気を操って周囲の音を消す。
壁に背を向けた技原の両手を踏み台にして市がまず壁を越える。
次に技原が背後の木を伝って中に飛び込み、最後に蜜が圧縮した空気に乗って自力で潜入する。
「意外と簡単に侵入できたな」
「油断してはいけませんよ。問題はここからです」
現在、水瀬学園の中には数えるほどの人数しか残っていないはずだ。
非能力者の大半は赤坂綺の命令で前線基地の建設に駆り出されているからである。
平和派は御谷地区住宅街のど真ん中に前線基地を建設している。
まだ未完成だが、西洋の城壁のような威容で聳え立っているのが高台から見える。
迂回も容易で、戦略上あまり意味があるとも思えないが、赤坂綺の一存で計画されたらしい。
「さて、ここからですが……」
敷地内に足を踏み入れた蜜たちは今後の作戦を確認し合った。
特にルート確認は念入りに。
市と技原には事前に地図を覚えさせた。
二人は蜜に比べて圧倒的に水学に不慣れなのだ。
「目指すは第六校舎。そこに麻布紗枝の自室があるはずです」
蜜が今回のターゲットがいる建物に視線を向けた。
敵は常に赤坂綺に付きまとっている足立美樹を除いた四天王の残り三人。
そいつらは任務遂行時は常に三人一組で行動しているが、私生活まで一緒というわけはない。
バラバラの棟に自室があり、その場所も密偵によって明らかになっている。
ただし赤坂綺だけは普段どこで生活しているのか未だにわからない。
恐らく密偵が立ち入れなかった第一校舎だろうとは思うが。
蜜たちは周囲の気配に気を配りながら素早く第六校舎に近づいた。
≪
道中、人影は全くなかった。
作戦通りに蜜が校舎入口で待機。
市と技原が裏口から侵入しようとした時。
「おい!」
「っ!?」
技原が急に振り返り、拳を突き出してきた。
あまりに突然のことだったので反応もできなかった。
「な、何を――」
技原の拳は蜜の顔の横で停止していた。
金属同士がぶつかる鋭い音が蜜の疑問の声をかき消す。
「さすが技原。よく気づいたな」
「いつから不意打ちなんて汚いやり方をするようになった?」
「うちのボスが留守にしてる隙を狙って潜入してくるような奴には言われたくないね」
背後にいた人物が遠くに離れる気配がした。
蜜は慌てて飛びのいて距離を取る。
「それに、汚いなんて言葉を使う資格はないはずだぜ。お互いにな」
「知らないうちに頭に苔なんか生やしやがって。説教なら聞く気はないぜ」
蜜の後ろにいたのは深緑色の髪の男。
背丈よりも高い長槍を肩に担いでいる。
水学四天王の一人。
生徒会役員唯一の男子生徒、速海駿也。
技原とは知り合いなのだろうか……
そんな疑問より、気付かぬうちに背後を取られていた不覚に冷たい汗が伝う。
相手は相当な達人なのだろう。
とはいえ、こうも簡単に接近を許すとは。
校内に侵入した時から見張られていたとしか思えない。
蜜の疑問を裏付けるように、校舎の影から次々と生徒たちが姿を現した。
「本陣奇襲とは甘く見られたものだな。ネズミが入り込んで気づかないと思っているのか?」
「あなたたちがやってくるのはわかっていました。一番弱い私を最初に狙ってくることも」
「綺ちゃんがいない時にこそこそやってくるなんて卑怯者の上に臆病すぎて笑えるぅ~」
真っ青な髪に射抜くような切れ長の瞳、生徒会副会長、中野聡美。
落ち着いた口調の派手なピンク色の少女、麻布美紗子の妹、麻布紗枝。
日本人形のような髪型に全く似合わない金髪、赤坂綺の狂信者、足立美樹。
水学四天王がそろい踏みでのお出迎えだ。
※
第六校舎の廊下で二人の男が攻防を繰り広げる。
絶えず走り回りながら、高速の槍術で攻撃を繰り返す水学四天王の速海駿也。
対して手数は少ないが牽制を挟みつつ、必殺の拳を確実に当てる機をうかがう技原力彦。
技原は速海によってこの第六後者に誘い込まれた形になった。
おかげで他の二人とは完全に分断されてしまった。
こうなったらせめて一対一で決着をつける。
「速海! なんでお前が生徒会なんかに手を貸してやがる!」
「お前と同じだ。心惹かれた相手がそこにいた、だからオレはこの力を彼女のために使うんだ」
「惚れた女っていうのは、あのキチガイ生徒会長のことかよ」
速海の動きがわずかに鈍った。
彼は苦々しげな表情を浮かべる。
「彼女は……彼女もきっと辛いんだ。すべてが終われば、きっと元に戻ってくれる」
「何百の死体を積み上げた後でか!? 奴はL.N.T.を自分の思い通りにしたいだけだろうが!」
「痛みに耐えることも平和を築くためには必要だ……!」
「その痛みを被るのは誰だ!? お前だって大切な奴を失う辛さはわかってるだろうが!」
「……っ、街に混乱を引き起こしているのはお前たちだろ!」
速海の槍が技原の脇腹を掠めた。
すばやく床を蹴って紙一重で串刺しを裂ける。
予想以上の加速をした速海の動きに技原はゾッとする。
速海が自分の立場に戸惑っているのはわかる。
それでも、闘志はまったく揺るがない。
油断したら即座に殺される。
早く決着をつけたいのに、技原は決定的な打撃を与えることができない。
それどころか手加減をされているような感覚さえ伝わってくる。
「技原、これが最後の警告だ。大人しく抵抗をやめれば命は助ける」
「はっ! もう勝ったつもりかよ! 寝言は俺に勝ってから言いやがれ!」
冗談じゃない、技原は支社ビルでの戦いの後も一日だって鍛錬を怠った日はなかった。
爆高を去った後も花子と共にいくつもの戦場を駆けてきた。
実戦で鍛えることも忘れていない。
なのに、技原の拳はあと一歩のところで速海に届かない。
速海が生徒会では赤坂綺に次いで四天王最強と言われていることは知っている。
花子と同じスピードタイプのSHIP能力に加え、独学で身につけた槍術が彼に驚異的な戦闘力を与えているのだ。
しかし、ここまで強くなっているとは……
「わかった。なら、力づくでお前を止める」
速海が槍を引いた。
そして左腕を穂先に添える。
必殺の刺突技でも繰り出すつもりか。
「はっ、上等だ!」
同じく一撃必殺を得意とする技原にとっては望むところである。
技のぶつけ合いならば絶対に自分が負けるはずはない。
「六年越しの決着をつけてやるぜ!」
拳を握りしめる。
両足で踏みしめた地面が震えるほどの力を溜める。
スピードは速海が上でも、技原には大地を振動させるほどのパワーがある。
正面からのぶつかり合いなら負けない。
数秒の硬直の後、先に動いたのは速海だった。
技原はそれに対し自分から突っ込んで攻撃を迎え撃つ。
「うおらあぁぁっ!」
全力で拳を突き出す。
同時に絶妙なタイミングで右足を強く踏みしめる。
相手の槍が届く前に、下からの振動で速海の動きを鈍らせる。
「≪
体勢を崩したはずの速海が小声で呟く声が聞こえた。
瞬間、技原は大海原に放り出されたような錯覚を覚える。
「JOYだと――!?」
目の前に迫る巨大な波。
その中から現れた水龍に技原の体は呑み込まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。