2 仇討ち
「いやあああぁぁぁっ! ハナちゃあぁぁぁん!」
本所市の悲痛な叫び声が会議室に響く。
それ以外の幹部たちは何も言えずに顔を伏せていた。
深川花子、戦死。
その報が舞い込んだ時は誰もが単なる誤報だと思った。
彼女はかつて夜の街の支配者とまで呼ばれていた能力者なのだ。
フリーダムゲイナーズにおいても第一隊の切り込み隊長として活躍していた。
その突然の訃報。
まさに青天の霹靂であった。
先日、彼女と友誼を結んだばかりの蜜もやりきれない気持ちでいっぱいある。
最初に会った時は嫌な奴だと思ったが、腹を割って話してみれば人間味に溢れた人物だった。
これからもっと仲良くなれそうな気がしていたのに。
特に彼女の一番の親友だった市の取り乱し様は激しかった。
普段の落ち着いた様子からは想像もできない狂乱である。
「許せない、赤坂綺、絶対に……っ!」
憎しみをこめた声。
呪詛の言葉を吐いて市は立ち上がる。
「待て、どこへ行くんだ!」
幽鬼のような表情で会議室を出て行こうとする市を古大路偉樹が呼び止める。
「水瀬学園に乗り込んでハナちゃんの仇を討ちます」
「やめろ。そんなことをしても無駄死にするだけだ」
「でも、でも、このままじゃ、ハナちゃんが浮かばれない!」
「君は友人を失って取り乱しているんだ。落ち着いて、本当に彼女のために何ができるのかを考えろ」
「でも、うっ、うううっ……」
諭すような古大路の言葉を受け、市はその場で声を殺して泣き始めた。
「今日の会議は終わりだ。しばらく演説活動は休止する。皆、自室に戻って休んで――」
廊下を何者かが走ってくる。
その激しい音が古大路の閉会の言葉を中断させた。
足音は会議室の前で止まり、勢いよく開いたドアに全員が注目する。
そこに息を切らして立っていたのは、花子の所属する第一隊のナンバーツーの人物。
数少ないSHIP能力者であり、戦場では花子の相棒を務めていた男。
技原力彦である。
「古大路」
技原は彼こそが花子の仇だとでも言いたげな鋭い目つきで古大路を睨みつけた。
「下がれ。今は幹部会議中だぞ」
「お前の指図は受けない。俺は今から花子の仇を討つため、水瀬学園に殴り込みをかける」
技原の言葉に市がハッとして顔を上げる。
「お前が何を企んでいるのかは知らねえ。水学側に情報が漏れないためなのか、俺たちにも本意を隠しているのはわかってる。だがいい加減に我慢の限界だ。赤坂の首を取るとは言わねえ。けど、生徒会幹部の一人でもあの世に送ってやらねえと、もう気が済まねえんだよ!」
技原の怒りの叫びに文句を挟める者はいなかった。
誰もがこの地道な演説活動に飽き、先の展望も見えていない。
どう転ぶかわからない戦いに加えて、ここで大きすぎる犠牲者が出た。
内心の考えはともかく、花子は表面上は徹底攻撃を主張して、それを否定され続けてきた。
この事件ををきっかけに急進派が暴走するのはある意味で当然と言える。
「君の言いたいことはわかる、だが今は……」
「うるせえ。第一隊の生き残りやフェアリーキャッツの旧メンバーたちも同意済みだ。止めようってんならお前をぶん殴ってでも行くぜ」
「わ、私も彼に賛成です! ハナちゃんだけに寂しい思いはさせられません!」
市が技原に同意してしまう。
会議室の空気代わり、にわかに緊張が高まる。
すると古大路の斜め後ろに座るアリスの気配がわずかに変化した。
古大路もそれに気づいたようで、彼女をなだめる仕草を行う。
「ここで仲間割れをしても何にもならない……ちょっと考えさせてくれ」
古大路は目を閉じて数秒ほど何かを考えていた。
その後、技原と市を交互に見比べながらこう言った。
「亡き深川花子の仇を取るために水学へ攻め込むという君たちの提案、フリーダムゲイナーズの作戦行動として採用しよう」
思わぬ決定である。
血気に逸っていた技原も面喰ったような顔になる。
「しかし、あくまでグループとしての作戦行動だ。無駄な犠牲者は出したくはないし、無意味な玉砕も許さない。赤坂綺との直接対決も禁止する」
「どういうことだよ……?」
「密偵を使って内部の様子を探らせる。赤坂綺が留守の時を狙って精鋭を送り込もう。目標は四天王。そのうち一人でも倒せば、それで満足できるか?」
赤坂綺が数日に一度、水学内から姿を消すという情報はすでに自由派も仕入れてあった。
何者か、恐らくラバースの運営と会い、連絡を取り合っているのだろう。
広大な敷地を持つ水瀬学園。
だがそのセキュリティは意外に脆弱だ。
訓練を受けた密偵なら十分に潜入して情報を得られる。
もちろん、赤坂綺や四天王などの有力な能力者に近寄らないことが前提ではある。
「……これでなんとか納得してもらえないだろうか」
技原と市が顔を見合わせる。
二人としてはやはり赤坂綺を倒したいのだろう。
だが、それが不可能であることも十分に理解しているはずだ。
怒りのぶつけ所を与えられただけで良しとすべきか。
しばしの沈黙の後、技原は首を縦に振った。
「わかった、それでいい……悪いな古大路」
「ありがとう。作戦の内容は決定次第追って伝えよう。では会議は終了だ」
※
それから四日後、赤坂綺不在の情報を掴んだ密偵が戻ってきた。
しかし最も危険な相手がいないとはいえ、敵の本拠地に攻め込むのである。
正面から堂々と乗り込むような迂闊な真似はできない。
隠密性を重視しての奇襲作戦になる。
要するに暗殺である。
襲撃メンバーは技原、市、そして蜜の三人だ。
元水学の生徒による敷地内の案内は必要。
ともすれば怒りで暴走しがちな二人をサポートできる人物がいい。
ということで三人目に蜜が選ばれたのだが、これは彼女も望んでいたことである。
花子を失った今、これまでのような多面行動はやりにくくなる。
自由派が巻き返すためには逆転の一手を打つ必要があるのだ。
そのためには直接的な打撃を与えるのが一番である。
チャンスというわけではないが、今を逃せばズルズルと後手に回るだろう。
流瀬台の最北部から学園東部の森を抜けて、水瀬学園の敷地内に潜入する。
このルートは密偵が使っているもので道らしい道は存在しない。
原生林の中を抜けていくルートである。
足場も悪く、普通に歩くだけでもかなりの難所だ。
だが能力者である三人にとってはたいした苦労もない。
蜜が≪
草木をかき分ける音を消しつつ、技原が先頭に立って木々をかき分ける。
途中にいた見張りは市が≪
JOYで顕現させた編み棒。
その先に結ばれているのは伸縮自在の毛糸。
ワイヤー並の強度を持つ糸が敵の首に巻きついて締め殺す。
市は本来は温厚な性格である。
しかし、今日ばかりは一切の手加減がなかった。
彼女の精神状態が普通通りでないことは傍目にも明らかである。
「市さん、あまり無理はしないでくださいね」
「大丈夫ですよ蜜さん。おかげ様でもう落ち着きましたから」
とてもそうは見えないが……
いざという時は無理にでも彼女を止めて撤退させなければ。
上手く二人をサポートしつつ、この作戦を犠牲なく成功させるのが、蜜に与えられた役割である。
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