8 勝てない敵
赤坂綺の最初の演説をきっかけに自由派と平和派が抗争状態に入ってから、すでに一か月あまりが経過していた。
各地区の一般住人の同意を得るための自由派地道な活動は確かにある程度の効果を発揮している。
自由を求める古大路の思想に共感し場所の提供や物資の補給を申し出てくれた市民も多い。
活動拠点も増えて、現在では街の半分以上を勢力下に置いたと言っていい。
しかし、領地が広がったことに反比例して、自由派の活動の勢いは衰える一方だった。
現在自由派は、水瀬学園北部の菜井地区、曽崎台団地、千田中央駅西側の梨野地区の三方向で突発的な活動を続けている。
だが水瀬学園に近づくにつれ明らかに途中撤退する頻度が多くなった。
最も大きな理由は赤坂綺が前線に出てきたことにある。
フリーダムゲイナーズも生徒会と同じく複数の密偵を抱えている。
その部隊を指揮しているのは戦十乙女の芝碧だ。
彼女たちは貴重な通信手段である無線機を持っていて、赤坂綺が出撃したことを察知すると、すぐに各地区のリーダーに伝える手はずになっている。
逃げ道は前もって確保。
決して赤坂綺とは争わないよう綿密な計画を立てる。
この体制を考案したのは本郷蜜である。
古大路偉樹も彼女の慎重策に賛同してくれた。
赤坂綺と正面からぶつかって無駄に犠牲を出すのは得策ではない。
事実、赤坂綺が戦場に降り立った時に逃げ遅れた者は多くが死亡。
もしくは二度と戦うことができないほどの重症を負わされている。
そして平和派の脅威は赤坂綺だけではない。
自由派が四天王と呼ぶ戦十乙女にも匹敵する強力な能力者が四人いる。
副会長、中野聡美。
神速の槍使い、速海駿也。
狂気の赤坂綺信奉者、足立美樹。
麻布美紗子の妹で剛力のSHIP能力者、麻布紗枝
いつも腰巾着のように赤坂綺の傍にいる美樹以外は、必ず三人セットで同じ戦場に現れる。
三人が連携した時の戦闘力は凄まじく、蜜や花子であっても撤退戦で苦戦は免れない。
加えて生徒会側には残りの戦十乙女の二人、神田和代と四谷千尋も協力している。
彼女たちの猛攻にフリーダムゲイナーズは初期の勢いを失っていた。
現在は演説場所については即撤退の繰り返しである。
そんな硬直した状況に一石を投じるため、古大路は本拠地に各幹部と、主要な能力者三十余名を集めて会議を行うことにした。
※
フリーダムゲイナーズ本拠地の学園、その大会議室。
巨大な円卓を囲むのは古大路偉樹を始めとする幹部たちだ。
参加者は本所市、深川花子、芝碧、本郷蜜、アリスなどである。
加えて今回はそれぞれの傘下である能力者たちも集まっている。
その中には荏原恋歌を倒した小石川香織も含まれていた。
「このままジリジリやってたって埒が開かないって! 思い切って攻めるべきだよ!」
花子の熱を帯びた主張が広い会議室に響き渡る。
彼女は蜜と同様に部下を率いて主力の第一部隊を指揮している。
これまでに何度も生徒会と激しい戦いを繰り広げており、三つの部隊の中でも最も多くの戦功をあげているだけあって会議での発言力も高い。
「戦力を結集して水瀬学園に直接乗り込むべきと?」
「そうだよ。今なら数だってこっちの方がずっと多いんだ。なるたけ犠牲を少なくしたいっていう古大路の考えはわかるけど、ここらで一気に片をつけとかないと、後々になって負けが込んで来た時に絶対後悔するって!」
戦線が硬直した今、勝てる時に決戦を挑むべきだというのが花子の主張であった。
熱を持って持論を語る彼女に対して議長を務める古大路の声は冷静である。
「生徒会が折れない以上、いつかは総力を尽くした決戦の時も来るだろう。だが今はその時ではない」
「今のフリーダムゲイナーズじゃ生徒会には勝てないっていうの?」
「その通りだ」
会議室の中がにわかにざわつく。
「それは、あの赤坂がいるから?」
古大路は腕を組んだまま黙っていた。
沈黙は彼女の問いを肯定したも同然である。
「あんな奴がなんだって言うんだよ。いくら強いって言ってもおんなじ人間じゃん。荏原恋歌がルシールをやっつけた時みたいに、みんなで上手く作戦を立てて追い詰めれば、勝てないわけなんかないって! その方法を考えるのがこの会議の議題じゃないのかよ!」
花子の主張はますますヒートアップしていく。
席から立ち上がり、全員に訴えかけるように身を乗り出した。
「なんたって赤坂が出てくるとすぐ逃げ腰だ。そんなにあいつが怖いのかよ。あたしたちは自由を掴むために命を賭けて戦ってるんじゃないの? 今の生徒会なんてほとんど赤坂一人でもってるみたいなもんだろ。あの女さえ倒せば生徒会なんてすぐに瓦解する。四天王だってあいつに従ってるだけなんだからさ。赤坂さえどうにかすれば、あたしたちの勝ちだろ!」
花子の言葉にある意味では蜜も同意していた。
生徒会は赤坂ひとりの組織。
赤坂を倒すことはそのまま自由派の勝利に繋がる。
だが、それだけのことが今のフリーダムゲイナーズにはできないのだ。
「赤坂綺を普通の能力者と同じに考えてはいけません」
これまで黙って話を聞いていた蜜が、努めて静かな声で発言をした。
「あの人は私たち凡百の能力者とはまるで違うんです。たとえ大人数で挑んでとしても、何もできずにやられてしまうだけでしょう。あの荏原恋歌さんでもあそこまで恐ろしい相手ではなかった」
間近で赤坂綺の殺気を受けた蜜にはわかる。
これはどうしようもない現実なのだ。
あえて花子の目は見ずに全員に向けて言葉を発したのは、たとえ自分が臆病者と罵られようと、正面から赤坂綺に勝負を挑むの事がいかに愚かな行為であるかを皆に伝えたかったからだ。
「……かおりんさ」
「はっ、はい!」
花子は発言をした蜜ではなく香織に向かって話しかけた。
「あたしは荏原恋歌にはタイマンじゃ絶対に誰も勝てないと思ってた。でも、そんなあいつをかおりんは倒したでしょ」
「う、うん。いちおう……」
「今度はあたしたちも全力でかおりんをサポートするよ。それでも、赤坂には勝てないと思う?」
香織はしばし押し黙った。
やがて、奇妙に平坦な声で花子の問いに応える。
「あたしは四年間ずっと恋歌さんに対抗するための修行をやってきた。だから、今ならもう一度戦っても恋歌さんには負けない自信はある」
淡々と言葉を語る香織。
蜜は黙って友人を見守った。
「けど、あたしじゃ赤坂さんに勝つのは無理だと思う。あの人にはまず私の攻撃が当たらない」
自らはほとんど動かずに敵を追い詰めるタイプの荏原恋歌と赤坂綺では全く戦闘のスタイルが違う。
曲芸のように宙を飛びまわる赤坂綺は、まず動きを捉えることの難度が並大抵ではない。
一撃必殺の≪
だが、一体誰があの赤坂綺を捉えられるというのか。
香織はたぶん自分自身のことを言ったつもりだったのだろう。
裏を返せばほとんどの人は赤坂綺に手も足も出ないということでもあった。
花子は諦めたように溜息を吐き、水を向ける相手を変えた。
「アリスさんは? あんたでも赤坂には勝てない?」
「無理」
即答だった。
前髪で顔の半分を隠した少女アリス。
その目には何の感情も見られず、ただ無機質な光を湛えている。
いつものように一言で終わりかと思ったが珍しくアリスは話を続けた。
「前なら勝てたかもしれない。でも今の赤坂綺には無理。どうがんばっても絶対に勝てない」
アリスがこれだけ長く喋るところを蜜は初めて見た。
彼女の口から弱気な言葉が出るところも。
希望はあっさりと潰えた。
会議室内の空気が急速に沈んでいく。
「ちっ、どいつもこいつも……!」
花子は不貞腐れたように椅子に腰を下ろして背もたれに体を沈ませた。
その後は全く建設的な意見も出ることなく会議は終了する。
チャンスを待ちつつ現状維持という、何の解決策にもなっていない結論を残して。
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