6 平和派の地道な活動
「我々L.N.T.市民が自らの手で真の自由を掴むためには、この町会の皆様の協力が是非とも必要なのです。生徒会の言う平和とは、ただ争いの無いだけの、偽りの平和に過ぎません。それは飼いならされた籠の中の鳥と同じで――」
まるで政治家の選挙演説のようだと本郷蜜は思った。
蜜は現在、菜井地区で自由派の同志を増やすための活動を行っている。
正確に言うなら、この辺りの地域に住む人々に呼びかける演説者の護衛任務だ。
今日はここ以外の地区でも、たしか二か所で同様のことが行われているはずである。
古大路偉樹の言っていることはわからないでもない。
自由を掴むためとはいえ、見境の無い暴動を起こしてもしかたない。
まずは多くの市民を味方につけてL.N.T.全体の意識を変えるのは必要なことだろう。
活動の甲斐あってフリーダムゲイナーズに賛同する自由派の人口は日増しに増えている。
だが、非能力者がいくら増えたところで果たして運営打倒の役に立つのだろうか?
いつかは生徒会とも決着をつけなくてはならない。
このような地味な活動を続けることに果たして意味はあるのか……
いくら人数がいようと、一般市民たちに能力者と戦えるような力はないのに。
結局のところ、戦力として頼れるのはフリーダムゲイナーズのみ。
能力者で構成される中核組織しかないのだ。
蜜や花子も今はその所属である。
どれだけ賛同者を増やそうとも、生徒会によってフリーダムゲイナーズが打倒されてしまえば、全てが無意味になってしまう。
「はい、蜜ちゃん。お疲れ様」
「ありがとうございます。香織ちゃん」
いろいろと考えながら立っていると、香織が缶ジュースを差し出してきた。
蜜は礼を言ってそれを受け取り傍のベンチに腰を下ろした。
「あの人も毎日大変だね。私だったら声が嗄れちゃうよ」
「そうですね」
意外にも蜜は香織と行動を共にすることを許されていた。
一緒に来ている他の能力者はさすがに古大路の手の者であるが、ことさら蜜たちの行動を監視しているようにも見えない。
古大路は蜜たちをよほど信頼してくれているのか。
はたまた迂闊な行動など起こせないと高を括っているのか。
ともかく、退屈な時間を友人と一緒に過ごせるのは嬉しい配慮だった。
「それでね、こんどローテーションが空く日に――」
「生徒会だ! 水学生徒会が来たぞ!」
報告を受けた蜜は即座に立ち上がった。
香織の表情も引き締まる。
「演説者は撤退、能力者は前へ! サポート組は市民の避難誘導をお願いします!」
チームリーダーの顔を取り戻した蜜は素早く仲間に命令を出す。
迅速に配置を完了させ、生徒会を迎え撃つ体制を整えた。
自由派による演説が行われている場所では、たびたびこうして生徒会の邪魔が入る。
ここで言う生徒会というのは中心となる役員のことではなく、彼女たちに賛同する平和派の生徒たちも含む。
蜜たちが最優先すべきこと。
それは演説者を無事に撤退させることだ。
そのため敵を足止めしつつ戦闘を行う必要がある。
可能なら少しでも相手の数を減らすことも彼女たちの仕事であった。
平和派の生徒たちが道の向こうから姿を現した。
その数はおよそ三十人ほど。
蜜を中心に能力者四人と非能力者十五人で陣形を組んで迎え撃つ。
この程度の戦力差ならばいざとなれば蜜ひとりでも十分に対処できる。
香織には撤退する仲間の護衛を務めてもらうことにした。
「街の平和を乱す不当行為を続ける暴徒たちに告げる。ただちに集会を中止して代表者は水瀬学園に出頭しなさい。この警告が受け入れられない場合は武力をもって鎮圧する。かかれ!」
言うが早いか、こちらの返事を待たずに平和派は攻撃を仕掛けてきた。
警告に意味などありはしない、向こうも最初からやる気なのだ。
バットや木刀などの武器を手にした非能力者の生徒が迫ってくる。
迎え撃つのはこちらも武装した非能力者たちだ。
その後ろに能力者たちが控える。
蜜は一番後ろで指示出しに専念した。
非能力者が相手なら蜜が出ればあっという間に片がつくが、今の彼女は組織の幹部である。
一騎当千の能力者とはいえ、大勢に囲まれれば無事でいられる保証はない。
エンプレスの罠にはまって落命した麻布美紗子の事例がこの街の戦闘の様相を大きく変えた。
影響力のある人物は万が一にも重傷を負うようなことがあってはならない。
以前のように気軽に先頭に立って戦うわけにはいかなくなったのだ。
蜜はあくまでサポートに徹する。
全体の動きをしっかりと把握し、集団を前に押し込む。
隙を見ながら遠距離から圧縮した空気を放って味方の援護をする。
攻撃を一点に集中させて相手の陣形が崩れたところを一気にたたみ掛ける。
「敵の左翼が崩れました! 押し込んでください!」
「了解!」
一人、また一人と平和派の生徒が倒れていく。
これで何度目かになる集団戦。
蜜はすっかり指揮官としての才能を開花させていた。
こちらの被害は最小限に。
討ち取れる敵を確実に討ち取っていく。
やがて劣勢に気づいた平和派は撤退を開始した。
「無理な追撃は必要ありません、私たちも引きましょう」
「なにを甘いことを言ってるんです! この勢いで全滅させてやりましょうよ!」
連れてきた能力者の一人が蜜の命令を無視して追撃を始めた。
何人かの非能力者たちも彼の後に続いて走り出す。
「待ちなさい! 命令に従わない人は――」
彼らは圧倒的な戦勝を前にして逸っている。
だが、蜜たちの役目は演説者を守ることだけだ。
命令無視を許せば組織の輪が乱れる。
なんとか止めようと声を出した、その瞬間。
全身にとてつもない悪寒が走った。
何かが来る。
平和派の生徒たちが逃げる方向から。
遥か前方から、ものすごい勢いで何かが近づいている。
平和派の生徒が二手に分かれて左右の路地に逃げ込んだ。
足を止めた味方の向こうから不気味な音が聞こえる。
多量の砂が川のように流れていくような甲高い駆動音。
やがて、蜜からもこちらに近づいてくる赤い塊が視認できた。
すでに全身から吹き出る嫌な汗を止めることはできなくなっている。
「げびょっ」
鈍い音が響いて男の体が宙を舞った。
逃げる平和派生徒を追っていた味方の非能力者の一人が
強かに後頭部をアスファルトに打ち付け、割れた頭からどろりとしたものを垂れ流している彼は、自分の人生が一瞬のうちに終わってしまったことを理解できなかっただろう。
それは盛大に砂煙を上げて蜜たちの前で停止する。
赤い塊に見えたのは大きな翼であった。
車体を横に向けて停車したバイク。
座席には二人の女が跨っている。
そのうち一人、ハンドルを握っていた女は見間違えるはずもない。
血のように赤い翼を持つ能力者。
同色の真っ赤な髪。
水瀬学園生徒会長、赤坂綺。
「結構速いのね、びっくりしたわ」
「すっごく怖かったよ綺ちゃん」
「何かにぶつかった気もするけど気のせいかしら」
「たぶん気のせいだよ」
「きっとそうね。それよりも……」
赤坂綺がバイクから降りる。
たった今、人を事故死させたとは思えないような冷静さだ。
彼女は蜜たちに向かって微笑みかけた。
「こんにちは。悪の組織のみなさん」
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