5 狂気の新生徒会

 和代は嫌味を言ったつもりだったが赤坂は気にした風もない。

 そんな彼女の態度に苛立った和代は思っていることをハッキリ口にした。


「だいたいなんですの? あなた達のそのカラフル頭は。人を呼びつけておいてふざけているのなら、私はもう帰らせてもらいますわよ」

「ちょっとお前、なに綺ちゃんのこと悪く言ってるのよ」


 爪が食い込むくらいの力で後ろから美樹に肩を掴まれた。


 痛みにカッと頭に血が上る。

 反射的にポケットの中のジョイストーンを握りしめた、その時。


「美樹!」


 まるで突風が吹いたような錯覚が引き起こされた。

 赤坂の怒声を受けた美樹は慌てて和代の肩から手を離す。


「神田さんは大切なお客様なのよ。遠くからわざわざ来てくれたのに、なに失礼なことしているの!」

「あ、ご、ごめん、ごめんなさい。でも綺ちゃん。あの、その、ごめんなさいごめんなさい、私が悪かったですごめんなさいおこらないでゆるしてくださいごめんなさい」


 美樹は人が変わったかのように怯え始めた。

 頭を下げて何度も何度も謝罪の言葉を繰り返す。

 しまいにはその場で床に手をつき、震えながら地面に額を擦りつけ始めた。


「ごめんなさいもうしませんゆるしてくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「役立たずの分際で調子に乗らないでよね。いいわ、顔をあげなさい」


 美樹が顔を上げる。

 椅子に座ったままの赤坂は無造作に足を組み替えた。

 すると美樹は嬉しそうな顔になり、まるで犬のように赤坂の足元にすり寄る。


 そして赤坂の上履きを舐めはじめた。


「綺ちゃ~ん♪」

「ふふ……」


 単なる忠誠というだけではない。

 こいつは身も心も赤坂のペットに成り下がっている。


「ほら、いつまで舐めてるの」

「あんっ♪」


 赤坂が反対の足で美樹の頬を蹴る。

 床に倒れた美樹は幸せそうにとろけた顔をしていた。


「あなたのカラーが決まったわ。はやく第三校舎の理容室に向かいなさい」

「はっ、はいっ!」


 美樹は立ち上がって何事もなかったかのように一礼して退出していった。


「見苦しいところを見せてごめんなさいね」

「……いえ」


 あまりに異常な光景を見せられた和代の怒りは萎んでいた。

 その代わり、一刻も早く逃げ出したいほど嫌悪感が膨らんでいる。


「それで、どこまで話たかしら……そうそう、私たちのカラーがお気に召さないようですけど、これにはちゃんと意味があるんですよ」


 改めて部屋を見渡してみる。

 千尋と赤坂を除いた残りの人間は三人。


 青いショートヘアの女。

 ピンク色の小柄な女。

 緑髪の男である。


 三人は美樹とは様子が違って見える。

 たぶん心から赤坂に心酔しているわけではないのだろう。

 異様な赤坂の気に当てられ、逆らうことができなくなっているのだ。


 こいつらは進んでこんなことをしているのではない。

 美紗子の死後、赤坂が髪を血のように赤く染めたことは知っていた。

 生徒会意思の統一のために、周りの役員にもそれを強要しているということなのか……


「赤はリーダー」

「はい?」

「青はクールな参謀役。ピンクは一番女の子らしい子。緑は少年……最年少じゃないけれど、まあ男の子は一人しかいないからいいわよね。速海君は青にしようか黒にしようか最後まで迷ったんだけど、黒じゃその他大勢と変わりないし、聡美に緑は似合わないしね」


 赤坂は急に意味の分からない説明を始めた。


「何を言っているんですか?」

「なにって、神田さんが質問したんじゃない。チームごとのカラーの意味」

「話が見えません。チームとはなんのことです」

「だから、戦隊の色分けだってば」

「……は?」

「作品によって色分けは異なるけど、基本はこんなところよね」


 まったく言っていることが意味不明。

 和代はさっきとは違ったタイプの嫌な感じを覚えた。


「ところで、実はこっちも話し合いの途中だったのよ。せっかくだから神田さんもアイディアを出してもらえない?」

「……何ですか」

「さっきの美樹と、ここにいる聡美、速海、紗枝。この子たちって自由派から『四天王』とかって呼ばれてるみたいなのよね」


 この数日、自由派と平和派の小競り合いはすでに何度か発生している。

 多数の戦十乙女が守りを固める自由派の演説に対し、平和派は生徒会役員がその他の生徒たちを率いて妨害することを繰り返していた。


 特に赤坂綺が言った四人は戦場での活躍も多い。

 その力はすでに戦十乙女にも匹敵すると言われている。


「でも、四天王って響きが悪役っぽいじゃない。だから、こっちで代わりになる名称を考えようと思っているんだけど、なにかいいアイディアはないかな?」


 またしても意味不明。

 一体この女はさっきから何を言っているのだ。


「『水学四戦士』。そのまま過ぎよね。『暁の守護者たち』。せっかくだし四っていう数字は入れたいな。『フォースソルジャー』。うーん、いまいち。英語以外の外国語とかどうかしら。イタリア語で『クワットロカヴァリエーレ』。意味が伝わりにくいなぁ」


 冗談で言っているわけでも、からかっているわけでもない。

 この女は子供のヒーローごっこのようなことを真剣に考えている。


「……付き合ってられませんわ」

「そう言わないでよ。あなたや千尋さんにまでは強要はしないから」

「さっきから聞いていれば貴女、ずいぶんと言葉遣いが偉そうですわね。私の方が年上だってことをお忘れではなくて?」

「生まれた年が少し早ければ――」


 和代は思わず後ろに跳び下がった。

 反射的に≪楼燐回天鞭アールウィップ≫を発動させる。


 これまで幾度の戦いを乗り越えてきた彼女の戦闘勘が無意識の反応させた。

 だが、同時に和代は過去に類を見ないほどの絶望感を味わうことになる。


「――人の上に立つ資質が身につくのかしら?」


 それほど赤坂綺が発した殺気は凄まじかった。

 JOYを持つ和代の手に汗がにじむ。


 改めて見れば赤坂綺は椅子から一歩も動いていない。

 別に何らかの能力を発現させたわけでもない。

 ただ、目を細めて気迫を発しただけだ。


 この女は本当に人間なのか。


「それ、しまってもらえないかしら」

「え」

「武器をチラつかされちゃ平和的な話し合いはできないですから」

「……あ、ええ」


 なんとか絞り出した声はかすれた響きとなって宙に消えた。

 JOYを消すと全力疾走した後のような疲労感が押し寄せてくる。


「さて、話の続きですけど」


 赤坂は何事もなかったかのように会話を続けようとする。

 その言葉を遮るように部屋のドアをノックする音が響いた。


「失礼しまーす!」


 返事を待たずドアを開けて入ってきたのは先ほど退出した美樹だった。

 ただし、その髪の色は光沢のない真っ黄色に変色している。


「あら、可愛くなったじゃない。これで今日からあなたはイエローね」

「えへへ。ありがとう!」


 この短時間で見事な変化である。

 日本人形があっという間に外国製品になってしまった。

 平坦な顔と髪型はそのままなので、正直まったく似合っていない。


「そうだ綺ちゃん。ラバースの人がさっき来ててね。例の物を持って来たって言ってたよ。駐車場に置いてあるから後で取りに来てって」

「ああ、あれね。すぐに行くわ」


 あっさりとラバース運営と関係を持っていることを口にする二人。

 それを問い質そうと思っても、和代の口はまだ思うように動かなかった。


 脅迫に乗せられたのは果たして良かったのか、悪かったのか。

 それすら今は考えられない。


 ただ一つわかることは、すでに何かが手遅れになってしまっているということだけだった。

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