3 自由派

 L.N.T.北西部の御山地区。

 かつてのエンプレスの本拠地があった場所よりさらに山側。

 つづら折りの坂道を上った先に、フリーダムゲイナーズの本拠地となる施設はあった。


 それは山間部を削って造成された校舎だった。

 再来年にL.N.T.四番目の高校として開業する予定だった建物である。


 敷地面積こそ水瀬学園には劣るものの、爆撃高校や美隷女学院を上回る広さを持つ。

 建物は半分が建設途中のまま放置されているが、すでに完成した第一校舎が彼らの新たな拠点だ。


 未だ自然が多く残るこの地域。

 こんな場所の存在を蜜は今日になって初めて知った。


 坂の下一帯は古大路家の私有地となっていて他には施設も民家もない。

 都市部から距離もあり、わざわざ足を踏み入れようとする人間もいないだろう。


 古大路偉樹は今日までこの場所を隠し通しながら様々な暗躍を行っていたのだ。

 戦力増強の手腕、行動を起こすタイミング、どれをとっても見事と言わざるを得ない。


「やあ、よく来てくれたね」


 蜜は校門を潜って敷地内に足を踏み入れる。

 満面の笑みを湛えた古大路が出迎えた。


「お久しぶりです。一度は断ったにも関わらず、再び声をかけてくださったことに感謝しています」

「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。これからは一緒に戦う同志なんだ、自分の家だと思ってくつろいでくれたまえ」


 芝居がかった態度に内心で辟易しながらも、蜜は丁寧に会釈を返してみせた。


「四階の会議室へ行く。少し歩くけど着いてきてくれ」

「わかりました」


 蜜は先を歩く古大路の後ろを歩いた。

 移動の最中、彼は途切れることなく話しかけてくる。


「小石川さんは来られないのかい?」

「話がまとまるまで香織ちゃんには留守番をお願いしています。北部自警団が自由派についたと知られたら、水学から比較的距離の近い弦架地区は生徒会の襲撃を受ける可能性がありますから」

「さすがは知将と謳われた本郷蜜さんだ。抜け目がない」

「恐縮です」


 そんなふうに呼ばれた記憶は全くないのだが。

 薄っぺらいお世辞を蜜は軽く流した。


「しかし残念だね。あの荏原恋歌を破って『新三帝』に列せられた小石川香織さんには是非とも会ってみたかったのだけれど」

「私ではご不満ですか?」

「そんなことはないさ。君に来てもらえただけで一〇〇人の仲間を得たも同然だよ」


 化かし合いにも辟易してきた頃、ようやく四階の会議室にたどり着いた。


「今日ここに集まっているのはすべて幹部候補の人間だ。どうか仲良くして欲しい」


 古大路がドアを開く。

 中に入ると、いくつかの見知った顔があった。


「げっ、最後に来るのってこいつなのかよ」


 第一声から文句を吐いたのは元フェアリーキャッツのリーダー、深川花子だった。


 相変わらず失礼で憎たらしい女である。

 蜜は無視して空いている席に座った。


 花子の隣でにこにこと微笑んでいるのは本所家の跡取り娘、本所市。

 彼女とは以前にフリーダムゲイナーズに招かれた時にも会っている。


 こいつは花子と違って何を考えているのかよくわからない。

 嫌な奴という印象はないが、気を許せる相手でもないだろう。


 残りの二人は蜜に視線すら向けようともしない。


 うち片方は芝碧。

 爆撃高校の数少ない女子生徒である。

 戦十乙女の一人にも数えられているが、実力、思考ともに全く読めない謎の女だ。


 彼女は以前、明確なルールの上で行われた試合において赤坂綺と引き分けた実績を持っている。

 試合と実戦ではまるで違うが、対赤坂綺の実績を買われて勧誘されたのだろう。


 そして最後の一人。

 同じく爆撃高校の生徒で旧校舎の支配者。

 かつて荏原恋歌や赤坂綺と並んで三帝の一人に数えられた女、アリス。


 以前に来た時にはなかった存在に蜜は緊張した。

 なぜアリスが今頃になって古大路に同調したのか……


 考えても仕方のないことだ。

 聞いたところで答えが返ってくるとも思えない。

 彼女に関しては少なくとも敵ではないというだけで十分だろう。


 しかし改めて見回せば、すさまじい顔ぶれである。

 戦十乙女と呼ばれた十人の能力者のうち、蜜を含めて半数までが集まっている。

 死んだ麻布美紗子と香織に倒された荏原恋歌を除けば残る有名なJOY使いは赤坂綺、神田和代、四谷千尋の三人くらいしかいない。


 赤坂綺以外の二人が自由派と平和派のどちらにつくかはまだわからない。

 現状ではフリーダムゲイナーズを中心とした自由派が相当に有利だと言えるだろう。

 蜜の指揮の下で北部自警団が成り立っていたように、強い能力者の下には自然と人が集まるものだ。


「さて、全員そろったところで話を始めようか」

「よっ! 待ってましたっ」


 古大路がホワイトボードの前の台上に立つ。

 花子が場違いに囃し立てたが、他の者は無言であった。


「改めて我々の目的を説明させてもらう。先に伝えた通り、我々は力を合わせてこの閉ざされた世界を打破したいと考えている。住人たちを解放すると同時に、ラバース社という巨悪を討ち果たすために戦うのだ。その思想に共感してくれたからこそ皆もこうして集まってくれたのだろうと信じている」


 今さらそんな前置きはいらない。

 蜜は早く本題に入るよう促した。


「それで、具体的に私たちは何をすればいいのでしょうか?」

「黙ってなよ、まだ古大路君が喋ってんじゃん」


 花子が今にも噛みついてきそうな表情で睨んできた。


「いいんだ。本郷さんの疑問はもっともだからね。質問には適時答えよう」

「では聞かせてください。まず、このフリーダムゲイナーズがエンプレスや豪龍組、あるいはフェアリーキャッツとどう違うのでしょう。それが理解できないうちは共感などできません」

「花子くんのいる手前、多少言いづらい所もあるんだが……」


 古大路はちらりと花子の方を見る。

 そんな仕草もどこか芝居めいて見えた。


「構わないよ、気楽にグループを率いていたあの頃とは状況が違うんだし」

「ならば話そう。我々の目的はズバリ、市民の意識の統一だ」

「意識の……統一?」

「これまでのように能力者を中心とした学生だけの組織ではない。大人から小さな子供まで、すべての住人たちに我々と思想を共有してもらいたいと考えている」


 思想の共有とは、なにやら不穏な響きである。

 まさか洗脳のようなことをする気ではないだろうか。


「そのための具体的な手段は考えてあるのですか?」

「各地域を回って市民たちに言葉で語りかけるんだ。L.N.T.の実状を伝え、閉鎖された空間の証拠となる映像を流す。まずはより多くの人に真実を知ってもらうためにね。僕たちはこれまでの覇権グループのように無秩序な勢力拡大を目的とはしていない。真の自由を得るためには市民たちに自らの意思で立ちあがってもらわなくてはならないからね」


 蜜は少し拍子抜けだった。

 古大路が語ったのは意外にも穏当な手段だったからだ。

 実を言うと、集まった顔ぶれを見た時には、総力を結集して水学に乗り込むとでも言うかと思っていたのだ。


「では最初の質問に戻ります。私たちは何をすればいいのですか?」

「こちらの用意したパフォーマーの傍にいてくれるだけでいい。君達のような有力なJOY使いが傍にいるだけで発言に大幅な説得力が増す。なんなら二、三言でも自分の考えを言ってくれると嬉しい。もちろん有事の際にはその武力を遺憾なく発揮してもらうことになる」

「有事の時とは?」

「我々の目的を邪魔する敵が現れた時だ」


 水学生徒会を母体とした平和派。

 赤坂綺の放送以来、あちらの理屈に賛同する人間も多い。


 平和派の目的は今まで通りのL.N.T.を取り戻し維持することである。

 フリーダムゲイナーズの活動は平和を乱す活動と見なされて必ず邪魔が入るだろう。


「我々の目的は平和派の殲滅ではない。むしろ出来るなら愚かな思想に囚われた彼女たちのことも救いたいと思っている。だからこそ、可能な限り争いを避けて意思を市民たちに伝えていきたい……ここまでは良いかな?」


 蜜は頷いた。


「啓蒙活動は必ず二面ないし三面作戦で行う。これは敵の戦力を分断させると共に、短時間でより多くの成果を出すためだ。もちろん万全を期して演説時は最低十名の能力者とその倍の非能力者を同行させる」

「活動の人選はどうやって?」

「集まった者たちは一度フリーダムゲイナーズ所属として統合してから、改めていくつかの隊に振り分ける。ここにいる者たちには各隊の部隊長になってもらう。部下の指揮は自由に執ってくれてかまわない」

「一度は勧誘を拒否した私に、そのような重要な役目を任せてもらう程の信用があるでしょうか」

「過去がどうあれ、こうして北部自警団の兵力を預けてくれたのだ。組織の一翼を担う資格は十分にある。僕は何よりも今の君を信用しているよ」


 そうせざるを得ない状況を作っておいて、この言い草。

 反論の言葉がいくつも思い浮かんだが精一杯の理性を動員して飲み込んだ。

 まあ実際、権限と言いつつ要は部隊長となる人物も含めての相互監視体制ということだろう。


「大変な役目だが、よろしく頼むよ。いつか必ずこの街に住むすべての人々が束縛から解放され、本当の自由を手に入れる時が来る。その日が来るまで手を取り合って共に頑張ろう」


 奇麗事だ、そんなのは誰の胸にも響かない。

 もちろんそんなことくらい、古大路もわかっているはずだろう。


 こうなってしまえば勢いに流されるしかないのだ。

 無理に時流に逆らおうとすれば、フリーダムゲイナーズと生徒会の二つの渦の間で押し潰される。


 もはや個人や小規模グループがどう足掻いたところで状況は変わらない。

 この場にいる他の人間にとってもそれは同じだろう。

 古大路偉樹や赤坂綺でさえもだ。


 もう、誰もが止まることはできない。

 だから蜜はあえて残してきた。


 流れの外を泳ぐ、三人の希望を。

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