2 北部自警団の解散
十分後、自治会館の中には数名の自警団幹部だけが残っていた。
蜜、香織、空人、内藤清次、そして江戸川ちえりの五人だ。
「ふぅ……」
親しい仲間だけになったので蜜も張り詰めた気が緩んだらしい。
その表情は自警団を束ねるリーダーのものではなく、年相応の十七の少女に戻っている。
蜜は四人に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい。私が至らなかったばかりに、みんなにも辛い思いをさせることになります。私に赤坂さんや荏原恋歌さんのような力とカリスマ性があれば……」
「そんなことないよ!」
「わっ」
ずっと黙っていた香織が顔を上げて大声で蜜の声を遮った。
驚く空人に構わず、香織は机から身を乗り出して蜜の手を握りしめる。
「そんなことない。蜜ちゃんは本当にがんばってくれてるよ」
「香織ちゃん……」
「蜜ちゃんがいてくれたおかげで、私たちはこうして手を取り合えるんだよ。みんな蜜ちゃんに助けられてる。あやまらなきゃいけないのは責任を蜜ちゃんひとりに押し付けてる私たちの方だよ」
もともと蜜はあまり主張するタイプではない大人しい女の子なのだ。
それが、たまたま強力な力を持つ能力者だったというだけで重荷を背負わされ続けている。
少しくらいの弱音を口にしたところで誰が責めるものか。
「私たちもがんばるから、諦めないでやっていこうよ」
「……ありがとう、香織ちゃん」
滲んだ涙を拭うと、蜜の表情は少し穏やかになった。
香織の方こそ落ち込んでいた様に見えたが、それは空人の勘違いだったようだ。
他でもない親友の心情を考えて会議の場では何も発言しなかったのだろう。
「香織ちゃんは、ずっと私のそばにいてくれますか?」
「もちろん! 蜜ちゃんが決めたなら、私はどこまでだってついていくよ!」
太陽のように明るい振る舞いでみんなに元気を分けてくれる香織。
頑張っている少女二人を見て空人も諦めていてはいけないと思った。
「僕も協力するよ。弦架地区に住む一員として、蜜師匠と一緒に最後まで闘うから」
「わっ、私も! 小石川センパイのためならなんだってしますからっ!」
空人に続いてちえりも負けずに声を張り上げた。
しかし、蜜は静かに首を横に振る。
「気持ちは嬉しいですが、空人さんと清次さん、そしてちえりちゃんとはここでお別れをするつもりです」
「なっ……」
思いがけない蜜のセリフに空人は言葉を失った。
絶句している空人に代わってちえりが文句を言う。
「どうしてですか!? 私たちだって弦架地区の仲間です!」
「言い方が悪かったですね。仲間であることに変わりはありませんよ」
蜜は真剣な表情でちえりの目を見て言う。
「大きな組織の中に居ては見えないものもあるんです。私たちが身を寄せる自由派が行く先を見失った時、第三者の視点で外から物事を捉えられる人たちが必要なんです。以前の私たちがそうだったように、あなた達にそれをやって欲しい」
「どうして私たちじゃなきゃダメなんですか。いままでずっと一緒にやってきたのに……」
「あなたたちを一番信頼しているからです」
そう言われては、ちえりも何も言い返すことができない。
北部自警団を率いていた蜜、そして荏原恋歌を倒した香織。
この二人は黙っていても両陣営が絶対に放っておかないだろう。
だが、空人たち三人は特に何らかの実績があるわけでもない。
自由派も平和派もわざわざ狙ってくることはないはずだ。
清次はさっきからずっと黙っている。
ひょっとしたら彼だけは事前に聞かされていたのかもしれない。
「待ってくれ。僕たちにだって選ぶ権利はあるはずだ」
空人は仲間外れにされたような不快感があった。
蜜の言い分もわかるが、あまりに一方的じゃないか。
ちえりの言うように、今まで一緒にやってきた仲間なのに。
「さっき蜜師匠は決定を気に入らない物は去れと言った。なら、逆に居残ったっていいはずだよね?」
「空人君、あなたは赤坂さんと戦えるの?」
横から挟まれた香織の言葉に空人は思わず声を詰まらせた。
彼女はいつになく真剣なまなざしで空人を見ている。
「フリーダムゲイナーズに同調して自由派に参加するってことは、生徒会と、赤坂さんと本格的に敵対するっていうことなんだよ。空人君は本当にそれでいいの?」
「そんなこと……」
わかっている、とは言えなかった。
まっすぐな香織の瞳はすべてを見透かしているようだ。
空人が力を求めた理由は、憧れの赤坂綺に少しでも近づきたかったからだ。
弦架地区に移住して、蜜が率いる北部自警団に所属したのもそう。
いつか来る時のため己を鍛えるという理由からだった。
空人が何かを頑張ろうとする時、その目標の先にはいつも赤坂綺の姿があった。
「ね。だから空人君は戦うんじゃなくて、解決の方法を探してほしいの。争いが避けられないとしても、その時に最悪の事態を回避できるように、私たちに代わってしっかりと見極めて欲しい」
「……」
綺とは戦いたくないという想い。
これまで一緒に戦ってきた蜜や香織に対する友情。
どちらが大事なんて比べられぅ、二つの感情の狭間に空人の心は揺れた。
空人は顔を伏せた。
香織はずっと黙っている。
と、清次が空人の肩を叩いた。
「お前の気持ちもわかるけどさ、いつだって自分にできる最良のことをやるしかないんだ。大事なところで失敗して本当に取り返しのつかないことになる前に」
そう言って空人を諭す清次は、なにかを諦めたような悲しそうな顔をしていた。
彼は大切な人をこの戦乱の初期に失った。
ずっと年上の、恋人のような関係の女性だったと聞いている。
人前では辛そうな顔を見せないが、彼が毎晩悪夢にうなされているのも知っている。
それでも清次は気持ちに整理をつけて前に進もうとしている。
彼は空人にも前向きな気持ちを持って欲しいと言っている。
なぜなら、空人はまだ取り返しのつく場所にいるから。
「わかった、僕たちは自由派に行かずに独自の行動をとるよ」
「そんな……」
ちえりが愕然とした表情で空人を見る。
香織のことを強く慕っていた彼女は気の毒に思うが、もう迷うことはない。
「でも忘れないでくれ。離れていたって僕たちはずっと仲間だ。困ったときはいつでも力を貸すからな」
「仲間、ね……」
香織が空人の言葉をかみしめるように瞳を閉じる。
その表情がどこか悲しげに見えたのは思い過ごしだろうか。
しばらくの間をおいて、香織は目を開いた。
「うん。その時はお願いするね」
「まかせとけ、地の果てからだって飛んで行ってやるから」
空人が手を差し出す。
その手を握り返した時、香織は笑顔に戻っていた。
北部自警団は今日を持って解散。
香織と蜜は住人たちを率いて古大路率いる自由派に参加。
空人、清次、ちえりはグループに属さずに新たな道を探ることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。