第20話 自由か、平和か

1 自由か、平和か

「このL.N.T.が実験施設であるということは事実です。

 ジョイストーンという、人類にとって早すぎる技術が外に漏れることないよう隔離された街。

 しかしそれがなんだというのでしょう。

 あなたの周りを見てください。

 そこには住む家があり、着る服があり、食べるものがあり、言葉を交わす隣人たちがいる。

 L.N.T.は実験施設であると同時に、大勢の人が暮らす成熟した一つの街なのです。

 街が作られた経緯やここで行われている様々な出来事は外の世界とは少し違うかもしれません。

 でも私たちがこの地に移り住んだその時から、L.N.T.は血の通った都市となったのです。

 長い人ではもう六年以上この街に暮らしている方もいるでしょう。

 青春時代の大半をこの街で仲間と共に過ごしたあなた方に問い掛けます。

 あなたたちにとって、この街は第二の故郷と言えませんか?

 今の戦乱、それ以前にも夜の抗争など、いくつもの悲しい側面があるのも事実です。

 ならば私たちの手でそれらをなくしていけば良いだけではないでしょうか。

 争いを望む愚かな人もいます。

 手にした力で弱い人たちを虐げようとする人もいます。

 そんな悪人たちに自らの過ちを気付かせ、皆の手でより良い街を築くのです。

 それは決して簡単なことではないでしょう。

 だけど、みんなが手を取り合えば必ず実現できるはずです。

 幸いにも私たちには時間があります。

 平和を取り脅した暁には、私たちはこの街でそれぞれの仕事を始めましょう。

 これからは私たち自身の手で街を運営していくことができるのです。

 外界から隔絶された街でも、そこに住む人の営みは外と何ら変わることがありません。

 古大路偉樹は皆さんのことを自由を奪われた人間だと言いました。

 そんなことはありません。

 外の世界にも完全な自由などは存在しない。

 むしろ、より多くのしがらみに縛られているでしょう。

 私たちがこの街の明日を創っていくのです。

 今は閉校中の学校もやがて再開します。

 新たな時代の子供たちに志を伝えていきましょう。

 未来は私たちの手で切り開くのです。

 それは希望に満ちた、やりがいのあることだと思いませんか?

 なのに、つまらない拘りに捕らわれて街の平和を乱そうとしている人たちがいる。

 これはとても悲しむべきことです。

 彼らと争うのは辛いことです。

 けれど人々の調和を乱し、私たちの街を破壊しようとしているフリーダムゲイナーズなる狼藉物の集団を放っておくわけにはいきません。

 今一度、私たち水瀬学園生徒会は武器を取って闘います。

 平和のため、そして未来のために。

 みなさんも手を取り合いましょう。

 やがて来る明日のために。

 この街に暮らしているすべての人々のために。

 私、赤坂綺は命を賭けて闘うことを誓います――」




   ※


 荏原恋歌が倒れ、エンプレスが瓦解してまもなくの事。

 古大路偉樹が突如として街中に暴露放送を流した。


 L.N.T.は人工的に作られた閉鎖空間であること。

 JOYによる実践データを取るための実験施設であること。

 若者たちに殺し合いをさせ、ラバース社員は今もどこかで経過を観察しているということ。


 真実を知った住人たちの衝撃は測り知れなかった。

 外周部の森の中に人々の嘆き声が響いた。

 街の到る所で暴動が起こった。


 しかし、その二日後。

 今度は水学の赤坂綺が前述の放送を流したことで事態は一変する。


 赤坂綺の言葉もまたひとつの真実だった。

 このL.N.T.は紛れもなく、多くの人が暮らす成熟した街である。

 外の世界とは異なるが、住人たち、特に学生にとっては青春の思い出が詰まった第二の故郷だ。

 彼女の言葉に同調した者は暴動を止めて水学生徒会の下に集まった。


 フリーダムゲイナーズに与する者は自由のために街を開放しようと。

 水学生徒会に与する者は平和を守り街の未来を手にしようと。


 かくして、赤坂綺と古大路偉樹、二人のリーダーの下で街は自由派と平和派に二分された。

 独立した各地域やエンプレスの支配下にあった者もすべていずれかの勢力に併呑された。


 L.N.T.の争いは最終局面に向かっている。

 これまでのような抗争ごっことは明確に違う。

 互いに目的を持って憎しみ合い傷つけ合う戦争に。


 自由を求めるか、平和を望むか。

 両者の主張は決して交わることはない。

 そして、さらなる悲劇が繰り返されていく……




   ※


「……会議の結果、北部自警団は古大路氏率いるフリーダムゲイナーズに迎合し、自由派に与することに決定しました」


 本郷蜜が淡々とした声で告げる。

 自治会館に集まった星野空人たち弦架地区の面々は黙って彼女の言葉を聞いた。


 一応、民主的に住人の半数以上が望んだ上での決定である。

 しかし苦々しげな表情のリーダーに遠慮して喜びを露にする者はいない。


 まばらな拍手が自治会館の中に響いた。

 これまで北部自警団は独立した勢力を保ってきた。

 だが、もはや覚悟を決めなければならない時がやって来たのだ。


 平和派か自由派。

 生徒会かフリーダムゲイナーズ。

 そのどちらかの陣営に所属する覚悟を。


 長い会議の末に蜜は最終的な決定を下した。

 彼女にとって苦渋の決断であったことは誰もが理解している。

 それでも蜜は弦架地区に住む一〇〇人を超える住人達のために選ばざるを得なかった。


「一度決まった以上、決定は覆ることはありません。それでも納得がいかないという方は……どうか黙って私たちの下から去ってください」


 皆に背中を向けて蜜は呟く。

 空人は居たたまれなくなって目を逸らした。

 隣の席では小石川香織がずっと下を見て俯いている。


 力を持って街を統一しようとしていた荏原恋歌は香織の手によって倒された。


 恋歌を倒すことは香織にとって長い間の悲願だった。

 そうすることが街に平和を取り戻すことに繋がると信じて、みんなで力を合わせてサポートした。


 しかし結果だけ見れば、荏原恋歌が倒れたことでより最悪な事態が引き起こされてしまった。


 自分たちの行いがこの状況を作ったのではないか?

 恋歌を倒した香織には特にその気持ちが強いようだった。

 そんなことはないと言いたかったが、情けないことに何も言えなかった。


「会議は以上です。みなさん、ありがとうございました」


 蜜の口から閉会の言葉が出ると、住人の代表たちは神妙な面持ちで自治会館から退出していった。

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