8 五年越しの挑戦者
美女学に戻って神田和代を始末し、再び本隊と合流する。
この調子なら戻るまで十分もかからないだろう。
往復で三十分といったところか。
その間に生徒会が攻めてきたとしても、数で勝るエンプレス本隊は恋歌が戻るまで十分に持ちこたえられるはずだ。
恋歌も配下の者たちを無意味に遊ばせていたわけではない。
特にこの数か月は能力者を中心にした集団戦術をしっかり叩きこんである。
さすがに赤坂の首を取るのは無理だろうが、簡単に総崩れになるようなことはないはずだ。
ところが、本隊と離れてから一分ほど経ったところで、恋歌たちはとてつもない異変に見舞われた。
後方で何かが崩れる音がした。
最初はパラパラと、やがて轟音になる。
後ろを振り向くと土煙で何も見えなかった。
「何が起こった!?」
「はっ、橋が……崩れました!」
たった今、通ってきた橋が崩落したのだ。
恋歌は≪
「巻き込まれた者は?」
「いません! 全員渡った後でした!」
原付を走らせていた五人の側近は、からくも崩落前に渡り切ることができたようだ。
あと数秒遅ければ巻き込まれて谷底に真っ逆さまだったことだろう。
「誰かが橋を崩したのか……?」
自然に崩落したとは考えづらい。
まず間違いなく何者かの手が入ったと考えるべきだ。
例えば四谷千尋の≪
「れ、恋歌さん……」
命からがら危機を逃れた側近の一人、翔子が怯えた目で崩れた橋を眺めていた。
飛べる恋歌はともかく彼女たちが戻るには道を迂回しなければならない。
その進路上には深川花子が待ち構えている。
橋を崩した者の目的は戦力の分断だ。
美女学を攻めた神田和代を討つため戻った者たちを本隊から切り離す。
もし少数精鋭での帰還ではなく部隊を半分に分けていたなら、まんまと大打撃を受けていたはずだ。
判断を誤っていたら危うく一網打尽にされるところだった。
「後のことは後で考えましょう。今は一刻も早く美女学に戻って神田和代を討ち取るわよ」
幸いなことに分断されたのは恋歌と五人の側近だけ。
しかも恋歌は崩れた橋も容易く越えることができる。
いくら深川花子や四谷千尋がいても、二〇〇人以上のエンプレス本隊がそうそうやられるわけはない。
速攻で美女学に戻って神田和代を倒し、恋歌だけでも戦線に戻れば逆襲は可能だ。
「全速力でついてきなさい!」
仲間に檄を飛ばし、恋歌たちは再び美女学へ向って猛スピードで移動を開始する。
すると、今度は前方から謎の突風が吹いた。
「何事だ!」
翔子が叫ぶ。
埃舞う道路の先。
二つの人影が合った。
一人は見覚えがある。
これまでも何度か小競り合いを繰り返している相手。
弦架地区の自警チーム『北部自警団』のリーダー、本郷蜜である。
恋歌は悟った。
一連の行動の本当の意味を。
本隊の分断を狙ったのではない。
この私を本体から離して討ち取るつもりなのだ。
だが、それはあまりにも甘すぎる考えである。
「何しに来たのかしら」
「貴女に消えてもらいに来ました」
予想通りの返答。
恋歌は鼻で笑った。
「お前ごときが私に敵うとでも?」
同じ戦十乙女に列せられる者とはいえ、恋歌はかつて三帝とも呼ばれ、今やL.N.T.最大勢力の長だ。
一介の能力者とは二つも三つも格が違う。
そもそも恋歌は戦十乙女という呼称を嫌っていた。
他の有象無象共とひとくくりにされるのも我慢ならない。
自分と並び称されるのは精々、あの赤坂綺とアリスがいい所だ。
もちろん、その二人もいつか平伏させてやるつもりである。
側近たちが襲撃者を取り囲む。
恋歌はもちろん、側近たちも並の能力者では太刀打ちできないほどの強者だ。
特に翔子は本当に初期から恋歌の傍に仕え、戦闘力は戦十乙女と呼ばれる女たちにだって劣らない。
本隊から切り離されたとはいえ、二人だけで挑んでくるとはあまりに無謀。
ハッキリ言えば飛んで火にいる夏の虫である。
だが、蜜は顔色一つ変えずにこう言った。
「私じゃない」
蜜が風を起こす。
空気を操る強力無比なJOY≪
「うわあっ!」
強烈な突風を受けた五人の側近たちが吹き飛ばされた。
やはり並大抵の能力者ではない……が、
「周りの雑魚は私が引き受けます、今のうちに決着を」
蜜は自ら吹き飛ばした翔子たちを追って飛んだ。
その代わりにもう一人の女が恋歌の前に立ちふさがる。
「お久しぶりです、荏原恋歌さん……あなたの相手は私です」
※
恋歌は呆れを通り越して怒りさえ感じていた。
本郷蜜ならば、まだ自分に挑戦する資格もある。
だが、この女はなんだ。
眼鏡をかけた地味な印象の女。
戦十乙女どころか名も知らない人間である。
無名の能力者風情が、自分に戦いを挑むなど身の程知らずにもほどがある。
「ひょっとして自殺志願者なのかしら?」
「前みたいにはいきませんよ。今度は絶対に負けないから」
女の返した言葉に恋歌は眉根を寄せた。
今の口ぶりだと以前にも恋歌と戦ったことがあるようだ。
だが、こちらにその覚えはない。
倒したグループリーダーや、手ごわかった能力者の顔なら大体は覚えている。
ということは、記憶にも残らない程度の弱い相手だったのだろう。
くだらない自己満足に付き合ってやるつもりはない。
早く神田和代を倒して本隊と合流しなくてはならないのだ。
恋歌は表情ひとつ変えず、ひそかに≪
光球が女の後ろに来た。
何も言わず一気に加速させる。
必殺の奇襲は。
しかし。
「はっ!」
「何!?」
……避けた!?
驚くべきことに、女は背後から迫った光球をあっさりと躱した。
まるで後ろに目がついているかのように、スッと体を横に移動させてやり過ごしたのだ。
それだけならまだいい。
戦十乙女レベルの能力者なら、このくらいの反応ができる者もいるだろう。
驚愕したのは女が攻撃を避けた後、わざわざ光球を
恋歌自身にダメージはないとはいえ≪
尋常の反応ではない。
いや違う、それ以前の問題だ。
恋歌は目の前で起きたことが信じられなかった。
高密度のエネルギー体である≪
「この日のために五年間ずっと修行してきたんだ。前と同じ攻撃は通用しないよ」
「五年……? ああ」
恋歌はようやく目の前の女が誰なのか思い至った。
「対校試合の時の女か」
五年前、初めてジョイストーンを手にして間もない頃。
生徒にJOYを開放し、まだ数人程度の最初期の能力者しかいなかった時。
水瀬学園と美隷女学院の間で生徒数名ずつの代表を出して能力者同士の対校試合があった。
団体戦の結果だけを見れば美女学側の敗北だった。
恋歌以外のメンバーは一勝もできず、水学の代表選手たちに敗北を喫したのだ。
味方の不甲斐無さに激昂した恋歌は、試合が終わった後、今と同じ奇襲で勝利に沸く水学の代表メンバーを次々と打ち倒した。
その時の水学の代表は麻布美紗子、深川花子、四谷千尋。
今になって考えれば錚々たるメンバーだが、いずれも当時は恋歌の敵ではなかった。
その時にはすでにいなかった者。
第一試合で恋歌と戦い、一秒と持たずにリングに沈んだ水学の先鋒。
水学側の四人の代表者の中で唯一、その後に有力な能力者として名を記さなかった女。
生徒会にも夜のグループにも属することなく、表で名を挙げたわけでもない。
ただひたすら私を倒すためだけに修行を積んでいたと言うのか。
面白い、その執念だけは買ってやろう。
「悪いけど名前は覚えていないの。改めて聞かせてもらえるかしら」
「小石川香織です」
せめてもの礼儀だ、手加減はするまい。
恋歌は七つの≪
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