7 エンプレス包囲網

 荏原恋歌率いるエンプレスは裏街道を水学方面に向かって進軍していた。

 恋歌は椅子のように組み並べた≪七星霊珠セブンジュエル≫に腰掛けて宙を飛んでいる。


 その周囲を囲むのは、たった数名で夜の中央駅で名を売っていた頃からの忠臣である二人の親衛隊員と、エンプレス結成後の攻勢において特別の功があった三人の能力者だ。


 五人の側近は先日潰した西部の自警チームから入手した原付バイクに跨っている。

 歩兵の進軍速度に合わせてゆっくりとアクセルをひねって進んでいた。

 このまま進めば日が昇りきる頃には水学にたどり着くだろう。


 恋歌はこの日に水学を襲撃することを以前から公言してきた。

 情報が伝われば必ず赤坂綺は出てくるし、生徒会の面子にかけて逃げるわけにはいかないだろう。


 戦力はこっちの方が圧倒的に上。

 籠城するのでなければ、数の優位を殺せる場所に陣取るはずだ。


 おそらく不利な状況で戦うことになるが、恋歌は全く気にしていなかった。

 どんな犠牲を払おうとも赤坂綺さえ始末すれば生徒会は終わりだ。


 水学生徒会打倒の暁には今度こそL.N.T.に敵はいなくなる。

 恋歌の頭にあるのは赤坂綺との決着だけであった。


 まもなく曽崎台団地に差し掛かる辺りで、恋歌の下にとある情報が伝わった。


「二番道路より、謎の一群が近づいて来ているとのことです」

「規模は?」

「目測で三十ほど」


 エンプレスは情報をさほど重視していない。

 何故ならいつでも圧倒的な力で相手を蹂躙して来たからだ。


 本拠地に乗り込んでくるようなバカは常に恋歌が自らの手で潰してきた。

 報告があったということは、最後尾から肉眼で見える所まで部隊が接近しているという事である。


「フン」


 恋歌は鼻で笑った。

 エンプレス本体の人員は二五〇を越える。

 それにたったの三十人程度で横槍を入れようとは。

 単なる馬鹿か命知らずか。


 気にする必要もないと誰もが思った。

 だが、次いて耳に入った情報は恋歌に少し考えを改めさせた。


「部隊を率いているのは、あの深川花子のようです!」


 メンバーたちにざわめきが広がる。


 フェアリーキャッツはすでに壊滅したグループである。

 とはいえ、かつての夜の住人であった者ならば深川花子の名には畏怖を感じざるを得ない。


「足を止めて迎え撃つ。水瀬学園と当たる前の前哨戦よ」


 とは言え、恋歌にとってはさほど脅威のある相手ではない。

 組織を束ねる手腕はたいしたものだが、一個の能力者としては明らかに恋歌より格下である。

 ついでに息の根を止めておく相手が一人増えただけの話だ。


 部隊を止めて敵の出方を待つ。

 しかし、いつまで経っても深川花子の率いる一団が攻撃を開始したという情報は入ってこない。


「どうやら深川花子は一キロほど離れた場所で動きを停止しているそうです」

「何? いったいどういうつもり?」


 考えて、恋歌は一つの予想を立てた。

 もしや花子は水学生徒会と通じ合っているのではないか?

 裏ではすでに話を通してあり、両軍がぶつかると同時に背後から奇襲をかける気か。


 だとしたら少し面倒だ。

 面倒ではあるが、こちらから向かって潰すか。

 作戦の変更を考えた恋歌の下に、さらに予想外の情報がもたらされた。


「弦架住宅街の自警グループ『北部自警団』が別方向より接近中!」


 率いるのはチームのリーダーである本郷蜜ではなく、同じく戦十乙女の四谷千尋。

 自分たちの接近を知らせるかのように、繰り返し目立つように斥候を送って来ているそうだ。


「間違いないわね。奴らは結託して私たちを叩くつもりよ」


 どちらも大した人数ではない。

 が、部隊を率いているのは一流の能力者である。

 こうなれば一旦進軍先を変えて一気に押し潰してしまうのが得策だ。


 だが恋歌が命令を下すより先に、さらに重ねて最悪の知らせが届いた。

 それは部隊の最後尾からの連絡ではなかった。

 エンプレスの本拠地である美麗女学院に待機していた留守番役からの使者だ。

 最後の原付バイクに跨り、甲高い排気音を奏でながら近づいてきて、本隊の前で急ブレーキをかける。


「た、大変です! 本拠地が神田和代の襲撃を受けています!」


 今度こそ恋歌は顔色を変えた。

 あの小娘が、散々に叩いてやったのにまだ刃向うつもりか。

 留守番役はおよそ二十数名ほどを残してあるが、あの女が相手では耐えるのは厳しいだろう。


「ど、どうします? ここで退いたら私たちはいい笑いものに――」

「黙りなさい!」


 慌てる使者の横っ面を恋歌は拳で殴りつけた。

 そんなことは言われなくてもわかっている。


 わざわざL.N.T.中に広まるよう水学襲撃を吹聴したのだ。

 本拠地が奇襲を受けたからと言ってみすみす中止するわけにはいかない。

 たとえ神田和代が水学生徒会と連携して、このチャンスを狙っていたとしてもだ。


 そもそも部隊を率いて美女学に戻るには三十分以上かかる。

 留守番部隊が全滅するのは仕方ないが、神田和代を逃がしたくはない。

 不気味に一定の距離を保ち続けている深川花子のことを考えれば即断が要求された。


 ならば、取るべき手段は一つだけ。

 最強の機動力を持つ恋歌が自ら戻って潰す。


「私は一度本拠地に戻るわ。部隊はここで停止して、生徒会が近付いて来たら迎え撃ちなさい」

「こちらに接近中の部隊はどうします?」

「後続部隊を五〇人ずつに分けて押し潰せ。本隊一五〇は前方にのみ注意を払わせること。何としても私が戻ってくるまで持ちこたえなさい」

「恋歌さん、私たちもお供します」


 原付バイクに乗った五人の側近たちが恋歌の後ろについた。


「好きにしなさい。ただしついてこられないなら置いていくわよ」


 恋歌は組み替えた≪七星霊珠セブンジュエル≫に乗り、一気にトップスピードまで加速する。

 あっという間にエンプレス本隊から離れ、その後をフルスロットルで原付のアクセルを開ける五人の側近が続いた。

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