6 生徒会進軍

 翌未明、エンプレスはグループメンバーの九割を率いて本拠地の美麗女学院を発った。

 ほぼ同時刻に水学生徒会も水瀬学園を出る。


 L,N.T.東部から南東部にかけてを勢力下に置いたとはいえ、今度の戦いに動員できる生徒会側の生徒数は一五〇人足らず。

 対するエンプレスは多少勢いを落としても二五〇人は下らない。


 人員差のある決戦。

 これは激突する場所が非常に重要となる。


 L.N.T.に四〇〇人が入り乱れて乱戦を行える開けた場所はそう多くない。

 奇襲を受けたり、前後から挟撃されたりすれば、数で劣る生徒会側は容易く圧倒されるだろう。


 地形を利用して限定的な戦いを挑むしかない。

 大将の荏原恋歌は座して戦局を見守るような人物ではないだろう。

 赤坂綺が前面に出れば間違いなく恋歌も出て来て、リーダー同士の対決になる。


 生徒会にとって必要なのは最低でも五分の条件で挑むことだ。

 荏原恋歌は自分の力とエンプレスの勢いに絶対の自信を持っている。

 あれこれ策を凝らすよりも、圧倒的な力で叩き潰そうとしてくるだろう。


 生徒会側は最も都合のいい場所で敵軍を迎え撃つべく動いた。

 赤坂綺は軍勢の先頭に立ってL.N.T.中央部を斜めに貫く裏街道を進む。


 水瀬学園北部の菜井地区から始まり西部の図岸地区へと続く裏街道。

 ここはいくつかの小さな丘が連なって、アップダウンの激しい坂道が続いている。

 道路幅は片側二車線分あって表街道よりも広く、途中には三区画に分かれた曽崎台団地があった。


 その一つめと二つ目の間の下り坂。

 そこで生徒会はエンプレスを迎え撃つつもりだった。




   ※


 部隊を率いて悠然と進軍する水学生徒会。

 その前方から一人の男が走ってくる。


 前に出ようとした役員の一人を赤坂綺が手で制する。

 男は綺があらかじめ放っておいた斥候であった。


「申し上げます」


 片膝をついてやや芝居がかった仕草で報告する。

 赤坂綺は無言で顎をしゃくって先を促した。


「第二団地と第三団地の間で給水塔が倒壊し、道を塞いでいます」

「なんですって!?」


 報告を聞いて叫んだのは中野聡美である。

 聡美は会長の座を赤坂綺に譲り、以前のように副会長に収まっている。

 今も昔も生徒会役員たちにとっては頼れるサブリーダーだ。

 

 聡美は少し考え、まずは地形の再確認が必要と考えた。


「誰か、地図を――」

「進軍停止よ」


 麻布紗枝がカバンの中から携帯地図を取り出すより早く、赤坂綺が全体に命令を下した。


「おそらくエンプレスの本隊は給水塔の裏側で待ち伏せしているわ。横幅四メートル弱の給水塔なら梯子でも掛ければ登れないことはない。けど、昇り降りの最中に襲撃を受けたら対処の仕様がないわ」

「わざわざ乗り越えなくても他の道を進めばいいんじゃないでしょうか。例えば団地の中を進むとか」

「団地の中なんてそれこそ待ち伏せし放題よ。上から矢の雨を降らされたい? 少し手前に団地を迂回するルートはあるけど裏街道に戻る道はすべて広い上り坂。待ち伏せされたら最悪の地形ね」


 聡美は紗枝から渡された地図を確認した。

 中央団地付近の地形を調べる。


 赤坂綺の言う通りだった。

 川の手前に団地を迂回して進める道が存在している。

 地元住民じゃなきゃ知らないような小道で、崖を背にした道路は確かに団地のすぐ裏にあった。


 こんなところに入って前後から挟まれたら手も足も出ない。

 地図上では良くわからないが、裏街道へ戻る道が上り坂であることも事実だろう。


 赤坂綺の頭の中にはこんな小さな情報まで入っているのか……

 ならば対処方も考えているのではないか?


「とりあえず動きを止めるとして、その後はどうするんですか?」

「二つ手前の丘まで戻って待機よ」


 綺は聡美の質問に迷いなく答えた。


「自分たちで道を塞いでしまった以上、エンプレスが水学へ向かうには団地の中を迂回するしかない。どちらにしても戻ってくるんなら、かえって有利な場所で戦えるわよ」


 今や生徒会の中心人物となった赤坂綺。

 年上の役員に命令する姿も堂に入っていた。


 聡美にしても、他の上級生にしても、赤坂綺をリーダーと認めることに異論はなかった。

 だが、それはかつて美紗子を中心としたような対等な友だち関係ではない。

 リーダーと構成員という明確な主従関係であった。


「とは言っても、ただ待つのもつまらないわね……紗枝」

「はい」


 名前を呼ばれた麻布紗枝が赤坂綺の前に進み出る。


「敵の様子を探ってきて。別に急がないから慎重にね」

「わかりました」


 紗枝のJOYは自身の姿を透明にする≪不可視の夢ライヤードリーム≫という

 敵の様子を探るにはもってこいの能力者だ。


 残念ながら足が遅く、体力もないため斥候役は任せられなかったが、進軍停止して待ち伏せをしている相手を探るなら彼女以上の適任はない。


「いい? 様子を探るだけよ。間違っても奇襲をかけようなんて思わないで。自分の力を過大評価しちゃダメだからね」


 紗枝は強く頷いた。

 ごく最近、紗枝はSHIP能力に目覚めた。

 しかも手に入れたのは美紗子と同じ『剛力』の能力である。


 時間差で姉の想いが宿ったのか。

 運命的なものを感じたが、紗枝は自分がが姉と同じように戦えるとは思ってはいない。

 仇を討ちたいと思う気持ちはあっても、赤坂綺の指示通りにすることが復讐への一番の近道であることを、紗枝はよくわかっている。


「護衛として美樹をつけるわ。慌てないでゆっくり行ってきてちょうだい」

「はい」


 紗枝が足立美樹を伴って部隊を離れた後、赤坂綺は全員に後退命令を出した。

 自身が先頭に立って生徒会を引き連れ威風堂々と歩く赤坂綺。

 聡美は彼女の隣に移動して問いかけた。


「もしこのままエンプレスが動かなかったらどうするんです?」

「そうね、その時は……」


 赤坂綺は横眼でちらりと聡美を見た。

 そして艶然とした笑みを浮かべる。


「荏原恋歌は生徒会を恐れて部隊を動かせなかった臆病者。そう街中に吹聴するだけよ」


 以前とは似ても似つかぬ赤坂綺の表情と口ぶりに、聡美はゾッとするものを覚えた。

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