3 北部自警団
心を研ぎ澄まし、切っ先に全神経を集中させる。
刃を己の一部と化す。
瞳が見据えるのはただ目の前の敵のみ。
極度に凝縮された闘志を裂帛の気合とともに解放し、星野空人は前に出た。
全身全霊を込めた一撃は、しかし敵に触れる瞬間に目標を見失う。
空人の竹刀が空を斬った。
下がった切っ先を払われ反撃が迫る。
落としそうになった竹刀をしっかり握りしめる。
渾身の力を振り絞って体を引き戻す。
鼻先を相手の竹刀が縦に掠めた。
空人はさらに一歩前に出る。
だが、再び竹刀を振り上げることはできなかった。
「ぐげっ!?」
先に体勢を立て直した相手の竹刀の先革が空人の喉を撃つ。
耐え切れず空人は今度こそ竹刀を落としてしまった。
そのまま地面に膝をついて咳込む。
「げほっ、げほっ」
「大丈夫?」
面を取った四谷千尋が心配するように空人の顔を覗き込んだ。
空人はどうにか笑顔を作って、
「し、心配ない」
と身振りで示す。
「完全にやられたよ。やっぱり千尋さんには敵わないな」
「そんなことないって。最初の反撃を避けられたのは本当に驚いた」
フォローしてくれるのはありがたいが、裏を返せば負けるのが当たり前の実力差があるということだ。
まあ、仕方のない話ではある。
こちらは全くの素人で、対する四谷千尋は剣道部のエース。
しかも、戦十乙女の一人にも数えられているあの『穏やかな剣士』なのである。
「最初の頃に比べたら本当に強くなってるよ。攻撃への反応も日増しに鋭くなってるし、なにより前に出ようとする気迫がビンビン伝わってくる」
空人と千尋は弦架地区の住宅街にある空き道場にいた。
別に剣道を基礎から習っているわけではない。
能力者同士の戦いでも基本的な運動能力の向上は欠かせない。
つまり戦闘勘を養うため、空人は千尋に訓練に付き合ってもらっていた。
反射神経と動体視力、そして精神的な強さ。
空人はあらゆる面から己を鍛え直していた。
※
四谷千尋は先日、突如として弦架の住宅街に姿を現した。
豪龍組の支配時代から単身でL.N.T.各地を渡り歩き、暴力の芽を摘んで回っていたらしい。
一時は親友である神田和代とともに西部の自警グループに所属していが、和代が反エンプレス派を率いて打倒荏原恋歌に繰り出す直前に袂を分かったそうだ。
千尋は自分でチームを作るつもりも、今の水学生徒会に協力する気もないらしい。
そこで知り合いの小石川香織を頼ってこの弦架地区へやってきたのだそうだ。
本郷蜜をリーダー格とする弦架住宅街の北部自警団は、美女学生徒会が壊滅した現在、エンプレスに抵抗できる唯一の自警グループと言っていい。
ただし、本気で攻められたら壊滅は必死。
自衛のためには少しでも戦力が欲しいところだ。
そのタイミングでの千尋の加入は願ってもないことである。
「空人くん、いるー?」
訓練後の休憩をとっていると、小石川香織が騒がしく足音を鳴らして道場にやってきた。
「こんにちは、香織」
「あ、千尋ちゃんもいたんだ。ちょうどいいや」
「やかましいな、なんの用だよ」
最近の空人は香織に対して当たりが強い。
香織は特に気にした様子もなく要件を告げる。
「蜜ちゃんが全員集合だって。何か大変なことが起こったみたい」
大変なことが起こったらしいと伝えるにしては香織の態度はそれほど大変そうでもない。
だが彼女の態度と起こった事件の大きさは比例しないのは経験からわかっている。
空人は千尋と顔を見合わせて、着替える時間も惜しんで蜜の下へ向った。
※
「エンプレスが水瀬学園に総攻撃をかけるようです」
はたして、事件の重大さは空人たちの想像をはるかに超えるものだった。
「作戦決行は明後日の朝。これは確かな筋からの情報です」
北部自警団の主要メンバー、主に能力者たちをが集まっていた。
その中で実質的なリーダーである本郷蜜が皆にその恐るべき情報を告げた。
「総攻撃かよ……こりゃとんでもないことになるな」
内藤清次が呟やく。
その声も多分に冷や汗混じりである。
蜜は勝手に発言した清次を咎めることなく神妙な顔で頷いた。
「おそらくこの情報は生徒会にも伝わっていると考えていいでしょう。学園側が籠城する可能性は低く、戦力を集結させて討って出るものと考えます」
麻布美紗子の死を境に能力者たちの戦術は明らかに変化した。
それは特にエンプレスにおいて顕著である。
以前ならグループリーダーを中心とした能力者が前面に出て戦うのが当たり前だった。
つまり主力である能力者の力がそのままグループの強さと言って良かった。
非能力者が何人束になろうと能力者の前では無力だからだ。
能力者以外のメンバーはあくまでチームの勢力を示すための数合わせに過ぎなかった。
しかし、現在の風潮は違う。
数と戦術次第では非能力者も能力者を討ち取れる。
それをエンプレスが証明してしまったからだ。
もはやこの街で行われているのは抗争ごっこではない。
勝つためには非常な手段も辞さない、ルールなき戦乱なのだ。
とはいえ、リーダーの喪失がそのままグループの崩壊に繋がることには変わりはない。
万が一にも大将が討ち取られてしまえばその途端にどんな組織も瓦解するだろう。
例えば一時の栄華が嘘のようにあっという間に崩れ去った豪龍組のように。
となれば自然に戦いは相手の戦力を削る消耗戦。
つまり非能力者が戦闘の前面に立つ、グループ規模の戦闘がメインとなっていった。
ここ数週間で行われた小競り合いにも、恋歌や綺のいないところで行われた戦いがいくつもある。
エンプレスの反乱鎮圧。
生徒会による宇ヶ坂・流瀬地区の制圧。
これらの戦いではそれぞれ五十近い命が失われている。
そんな現状で双方が総力を結集して決戦に及んだら、どれだけの被害をもたらすことか……
「エンプレスの作戦が決行されれば、間違いなく支社ビル奪還作戦を超える数の犠牲者が出るでしょう。なんとしても両者の激突は阻止しなくてはなりません」
蜜はそう強く主張する。
清次が挙手して発言を求めた。
「気持ちはわかるけど、どうやって阻止するつもりだ? 相手はどっちもバケモノみたいにでっかいグループなんだぜ」
歯に衣を着せない清次の発言は会議を円滑にする。
彼は皆が言いたくても言えないこともはっきりと口にするからだ。
リーダーの意見に反対するのは気が引けても、清次がワンクッション置くことによって、他の会議出席者たちも自分の発言をしやすくなる。
だが、今回ばかりは彼の後に続いて発言する者はいなかった。
誰もがあまりに絶望的な現状を理解しているからだろう。
沈黙が数秒続いた後、蜜は清次の質問に答えた。
「実は以前から考えていた作戦があります」
移動式ホワイトボードが運ばれてくる。
そこにはL.N.T.中央部にある曽崎台団地周辺の地図が張ってあった。
この辺りの大規模団地群は、ちょうど水瀬学園と美隷女学院の間に位置する場所にある。
「両者が激突すると予想される場所は、この曽崎台団地一帯です」
蜜は地図にマジックで凸型をいくつも書き込んでいく。
「どちらも組織としての規模は巨大ですが、地形を利用すれば進軍の足を止めることができるでしょう。私たちだけでは難しくても各地の協力者の手を借りればある程度の妨害は可能です」
「足を止めても衝突を回避できなきゃ意味ないでしょ?」
空人は肘で清次を小突いた。
説明中に口出しをするなと言いたかったのだ。
蜜はやはり気にした様子もなく、それどころかうっすらと口元に笑みすら浮かべ、
「狭路進軍中の軍勢になら、上手く妨害すれば足を止めるだけでなく戦力を分散させることも可能です。そして手薄になったエンプレスの本体に突入し――」
エンプレス側のひときわ大きな凸印に赤いマジックで力強く×を書いた。
「荏原恋歌さんを倒します」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。