4 荏原恋歌を倒す者

 誰も言葉を発することができなかった。

 清次ですら口をあんぐりと開けて呆けている。


「以前と大きく変わったとはいえ、生徒会は単なる武力組織ではありません。現生徒会長の赤坂綺さんが倒れたとしても別の人物が生徒会長を引き継ぐだけでしょう。それに、やり方は感心できませんが、彼女たちはあくまで街の治安を守ろうとし行動をしています」


 誰も何も言わないことをいいことに蜜はノリに乗って説明を続ける。


「しかしエンプレスは違います。こちらは荏原恋歌さんのカリスマの下に集まった、暴力による街の支配を目的としたグループです。リーダーである荏原恋歌さんがいなくなれば、自然と空中分解するでしょう。どちらかを滅ぼすなら迷うことなくエンプレスを選ぶべきです」

「ちょ、ちょっと待った」


 今回、口をはさんだのは空人だった。

 周りの視線が痛かったが、言わざるを得なかった。

 そんな説明をいくら聞かされてもまったく現実味がないのだ。


「荏原恋歌を倒したらどうなるかって話よりも、どうすれば倒せるかって話をすべきと思うんですけど」

「説明は省きましたが、作戦は綿密に練ってあります。皆さんの協力があれば確実に荏原恋歌さんに近づくことができます。方法の詳細ははあとで……」

「いや、どうやって近づけるとかじゃなくて!!」


 空人はまたも大声で蜜の言葉を遮った。


「仮に全体の動きを止めて荏原恋歌に接近できたとしても、一体誰がどうやってあのバケモノを倒すんですか。そんなことできる奴がいるなら最初から苦労してませんって」


 会議の出席者たちは何も言わなかったが、場の雰囲気は空人に同意していた。

 相手は一人でL.N.T.の半分以上をまとめあげた最強の能力者。

 かつては三帝とまで言われた怪物である。


 同じ三帝の赤坂綺やアリスなら可能性はなくもない。

 しかし、残念ながら弦架地区にそれだけの力を持った人間はいなかった。

 あえて言うなら戦十乙女の蜜か千尋だろうが、彼女たちでも荏原恋歌には遠く及ばないだろう。


「普通に考えればそうでしょうね。けど……」


 蜜は空人の目を真っすぐに見返した。

 心なしか頬が紅潮しているようにも見える。


「一人だけいるんです。この数年間、荏原恋歌さんを倒すことだけを考えて、荏原恋歌を倒すために血の滲むような特訓をしてきた人物が。そして今なら間違いなく荏原恋歌さんを倒すことができます」


 まさか蜜が……?

 空人がそう口にしようとした時。

 思わぬ場所から「ええ」という声が聞こえた。


 蜜は末席に座る彼女に視線を向ける。

 そして、その名を口にした。


「頼みますよ、香織ちゃん」




   ※


 会議は終了した。

 集まった能力者たちが三々五々会議場となっていた公民館を出ていく。


 清次と二人で自宅に向かう帰路。

 空人は不安を口にした。


「香織が荏原恋歌と戦うって、どうなんだろうな」

「どうって……信じるしかないだろ」


 そうは言うものの、清次も全く納得していない様子である。

 さっきは誰も突っ込めない雰囲気だったが、この際だからハッキリ言おう。


「だってあの香織だぞ。荏原恋歌を倒すための訓練をしてたなんて言われても、そんなの急に信じられるかよ。今までそんな素振りは全く見せなかったじゃんか」

「まあ、その通りだけどさ」


 空人たちと一緒に自警団として見回り活動を行うことはあっても、香織が戦闘訓練をしたり、ましてや実際に能力者と戦う姿なんて今まで一度も見たことがない。


 活動を終えた後は家に帰るのも早い。

 忙しい蜜のために家事でも引き受けているのだと思っていたのだが……

 実は毎晩ひとりになってからは、ずっと荏原恋歌打倒の修行を行っていたのだそうだ。


 蜜がそう言うのなら嘘ではないのだろう。

 しかし、素直に納得はできない。

 なにしろあの香織なのだ。


 出会った時からどこか抜けていたし、年上ということも忘れるようなか弱い容姿も相まって、おおよそ争いからはかけ離れている少女だと空人は思っていた。


 もちろん同じ北部自警団の仲間としては頼れる人物ではある。

 だが、それはあくまでサポート役としてのことである。

 あの香織が荏原恋歌を倒すなんてあり得るか。


「とにかく小石川がやる気だってんなら任せてみようぜ。心配なのはわかるけど、こればっかりは他に手段がないんだから」

「心配とかそういうわけじゃねえよ」


 空人は認めないが、実は図星なのである。

 戦いなんて似合わない(と思っていた)香織は空人たちにとって守るべき対象だった。

 最前線になんて送りたくないというのが本音であるが、何かあらぬ誤解を受けそうな気がして、つい照れ隠しの悪態をついてしまった。


「たださ、あのどんくさい香織が蜜師匠の足を引っ張らないかって考えると心配で……」

「小石川センパイを悪く言わないでくれますか!?」

「うわっ!?」


 妙に甲高い女の子の声が強烈に耳を打った。

 振り向くと、声のイメージぴったりな可愛い女の子が立っている。


 この空人より頭二つ分ほど身長が低い少女の名前は江戸川ちえり。

 今回の作戦では空人や清次と共に水学生徒会の足止め役を任された北部自警団の仲間である。


 学年は一つ下で、本来なら今年度から水学の後輩になっていたはずだ。

 戦乱の始まりと同時に休校になったせいで、残念ながら一度も高校に通ったことはない。


「センパイがどんなに努力してるかも知らないで勝手なことばっかり! そんなんだから空人さんは女心がわからない奴だって言われるんですよ!」

「だ、誰がそんなこと言ってるんだよ」

「私がです」


 空人はこのちえりという少女が苦手であった。

 どういうわけか彼女は初対面の時からずっと空人を敵視している。

 不用意に香織のことを悪く言おうものなら、今みたいに噛みつかれることも珍しくなかった。


 仲良くしたいと空人は思っている。

 だが、こう目の敵にされては取り付く島もない。

 こうなった時に取れる手段は一つ、一刻も早く会話を切り上げて逃げることだ。


「わかったわかった。今後の参考にしとくよ。そうだ清次、早く帰ってさっきの続きやろうぜ」

「さっきの続きってなんだよ」


 空気を読まないノリの悪い相方の反論をスルーし、空人は早歩きでその場を立ち去った。


「あっ、待ってくださいっ。話はまだ……」


 後ろから聞こえる甲高い声に耳を塞ぐ。

 ちえりの姿が見えなくなると、空人は憂鬱な気分で溜息を吐いた。


 香織のことも心配だが、彼が本当に気になっているのは別のことである。


 麻布美紗子さんに変わって新たに生徒会長になった赤坂綺。

 彼女は出会ったあの頃とは変わってしまったのだろうか。

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